悪役令嬢、フィクサーに指名される。
・前庭での話し合い……いや、デート? も終わり。
それから三日ほど宿泊したドエースだが、やる事があるのだと言って帰っていった。
「今度こそ胸を張って君を貰いに来るよ。……君の隣は、予約したからね。勝手に誰かを座らせないように」
甘く、甘く。
ひどく優しい瞳を向けて、彼はわたしを見て。
そして帰っていった。
……ああ、本当に、心臓に悪い人だ。
この三日間、口説いて、口説いて、口説きまくった彼。
「その髪型、よく似合ってるよ」
「なっ!」
「怒ってもきつい顔しても無駄。言ったよね? 僕はその意地悪そうな顔も好きだって」
「へっ!?」
「また一つ好きなものを見つけたよ。君はあの老メイドの前ではてんで可愛くなっちゃうんだね? そんなあどけない姿も可愛いな」
「ふぁっ!?」
その度にわたしの顔は、勝手に赤くなって、彼を喜ばせて。
プリティにぷりぷり怒られながら、おはようからおやすみまで、ひたすら心臓を高鳴らせていた。
まったく、酷く疲れた三日間だったよ……。
わたしがお客様……いや、婚約者候補に振り回される間。
「いやあ、あの人も本当に凄いよねぇ。あの周りを巻き込むカリスマ。的に回したくないものだ」
そんな事を言い、紫煙を吐き出すお父様は、籠城を決め込んだお母様に面談を求め、そしてどうにか会話にたどり着いたという。
「まあ……それで、お話はどうなりましたの?」
一階の家族の居間のソファに座り、わたしはお父様に聞く。
「気づけばまた少数ながら、うちの者を内通者に引き入れていたようだった。とはいえ、あの一角近付いた時点で切ると、はっきり通告はしていたから、片手に満たないものではあるが」
それでも凄い事だよと、首の後ろに手をやってため息を吐くお父様。
「彼女は昔から、狂信者を作るのが本当にお得意でね。以前から仕込みはあっただろうが、それでも恐ろしいばかりだよ。わたしははっきりアヴァリーティアより叩き出すと言っておいての不始末だ」
「そ、それは……本当に、凄いですね」
この短い間に、お母様教信者、また増えてたのか……。
お父様の目を盗んで、どうやって屋敷から引き入れたんだろう?
ビネー婦人や密かに潜ませていたグッラ家の家来……彼女の手足はもがれたというのに、まだ負けないつもりとは、すごい精神力だ。
わたしには到底、真似出来ないよ。
「ま、何とかね。屋根裏やら地下やら、私の目が届かない所でコソコソしてたようだけど、手口も見えたし」
流石に二度目は許さないけどね、と、小粋に肩を竦めるお父様。
茶目っけ溢れる態度だけれど、見た目は相変わらずどこの黒幕。
まあ、十七年近く娘をやっていると、そんな貫録あふれるお姿も、頼もしいばかりですけどね。
「その様子ですと……まだ、あきらめてませんの?」
わたしはちょこんと首を傾げる。ついでに、家族だしと、ばあやを手伝いお父様のお好きな渋めのお茶を淹れてみる。
まあ、たまにはね? 親孝行もするのですよ。
お父様にお茶を差し出すと「おや、悪いね」 と笑顔でお茶を飲んでくれる。
まあ、何とも重苦しい話だしねぇ、サービスぐらいしますよ。
一年ぶりだからと、娘に目がない子煩悩なお父様は、忙しい中わたしとの時間を毎日作ってくれている。
お母様との胃を痛くする面会と比べると、何とも癒される時間だ。
そんな親子のふれあいの間も、厳格な表情でお父様の背後を占める執事の顔色は優れない。
彼もまたこの数日間、お母様と信者を相手にやり合って来たのだろう。
……やり手の彼が目に見えて疲れてるんだから、まあそれは酷いものだったのだろうね。
彼に聞けば、当主の登場にも籠城をやめず、扉越しの会話では埒があかないと……。
最終的に、攻城用の槌を持ち出し、兵士らに扉をぶち壊させたって話である。強行突破だね。
歴史ある屋敷の、立派な扉を破壊……。最高級の木を使った一枚板の両開き、そのひと揃いを、破壊? 修復に幾ら掛かるんだろうか。
家計を預かる執事としては、そりゃあ心身ともに疲たことだろう。
わたしは向かいのソファに戻りつつ、遠い目をする。
お父様は、身体を包み込むような立派なソファに背を預ける。
「あの人は本気だよ? やる気もやる気さ。聞けば、今回の事も暇を飽かせた上の手遊びだったって言うんだから質が悪い」
そして一つ、ため息。
「あの人はね、もう十何年と暇を飽かせていたんだそうだ」
お騒がせな社交界のカリスマ。表も裏も操った二人を娶せ、互いを監視するように持ち込んだ。
それからこの二十年程は……平和だったというわが国だが。
「私達が扉を破って踏み行ったその時に、彼女はこう言った。『どうでした、わたくしの趣向は。驚いたでしょう? けれど、貴方の可愛い可愛い傷物をわたくしなどに預けるから悪いのですよ』 まるで悪気なく、そう言ったのだ」
酷く苦々しく、まだ煙を上げる煙草を大理石の灰皿に押しつけながら、お父様は言った。
「は……? それは、あの、つまり」
二十年前、国を揺るがせていた二人の巨頭。
その片割れであるお母様。
「もしかして……お母様は、お父様と、昔のように……」
疲れたようにソファに沈むお父様を見下ろして、わたしは呟く。
「本気で勢力戦を、したかった、とでも言うのでしょうか」
わたしの命を弄んで、罠を仕掛けて、人を操り。
一年掛けて仕込んだ罠で、お母様はお父様を王都から呼び出した?
それは、それを認めるのは。
娘として、辛いのだけれど……。
しかし。
憂い顔で、お父様は眉間にしわを寄せて、静かに頷いてみせた。
ああ……。
「昔のように、私とやり合いたかったのだそうだ。そして、私が長年掛けて彼女の牙を抜いてきたのが祟った。この数年、彼女が持ち合わせた「駒」 は、たった一つ。……愛する娘さん、君しかいなかったんだ」
その言葉に、わたしはふらりと、ソファに倒れ込む。
ああ、ああ、なんてことだろう。
お母様はただ遊びたかったんだ、長年の好敵手と。わたしはその「駒」 でしかなかった。
お母様にとって、それだけの……価値しかないモノでしかなかった。
そんなの、知っていたけれど……。
ばあやがわたしの背を支えるよう、そっとその手をさしのべる。
暖かな手を頼りに、呆然とソファに座るわたし。
時間にしたらきっと数分だ。
短い報告だったのに、わたしはどっと疲れてしまった。
そんなわたしに、お父様はさっくりとトドメを差してくれる。
「まあ、何だ。私は思うのだけれどね。この際二人で隠居しようかと」
「……はあっ!?」
思わずわたしは、淑女の振る舞いも忘れて立ち上がった。
真向かいのお父様は苦笑している。
「結局のところ、権力なんてものがあるから使おうとするのだろう。あの人も私も、根っからそういう性質なんだ。表には出ず、裏からこっそり人を操るのが楽しくて堪らない……そんなところがある」
もうこれは病気みたいなものなんだよと、お父様は言う。
「全てを手放してしまうのが、あの人の為にもなるのではないかとね」
いっそすっきりした顔で、お父様は言う。
「あの、わたくしにそんな重い事を話さないでくださいませ……」
この国の巨悪が二人、消えるとか。
そんな重大発表を言われても、どうしようもないんですけどね?
「いやいや、君と彼と、二人が纏まりそうだからこそ言うんだ。君達にはそっくり基盤を譲るつもりだから」
まじめに、止めてください。




