悪役令嬢、婚約者候補とデートする。
その日、わたしは早くからばあやにお茶の用意を言いつけて、真剣に昼用のドレスを選び、そうして庭散策に挑んだ。
お気に入りの襟の詰まったベビーブルーのドレス(ただし、常のごとく首もとが透けてるセクシー仕様だ) に、バスケットを提げて。
自分でおもてなししたいのと、素敵な年上の彼に、いいところを見せたいけなげな乙女を装って。
……その実、焼き菓子と共にプリティを詰めて。
紅茶のポットは、やけどしたら危ないからと、ばあやが持ってる。
前庭は今日も綺麗に整っている。
青々した芝生、綺麗に剪定された薔薇の生け垣。
季節の花があちこちに植わったそこは、見事としか言いようのない場所。
「いつ見ても素晴らしいですね」
「ありがとうございます、我が家の庭師も喜びましょう」
手を伸ばしてやっと届くような……適切な距離を開け、にっこり微笑みあうわたし達は、完璧な紳士淑女と見えただろう。
(「さて、どうしますかね」)
「薔薇の種類も随分と多いようですね」
(「とりあえず、話をするには……やっぱり、四阿しかないんじゃないかしら」)
「早咲きと遅咲きのものを揃えて、長く花が鑑賞出来るようにしているんですの」
(「じゃあ、その方向で」)
「ふむ、成る程。それだけの種類を揃えられるのも、名門ならではですね」
「ふふ、恐縮です」
ほぼ声を立てないひそひそ話。
少し離れた位置から追ってくるばあやと、執事の息子のエリックには聞こえないようにと。
普通の会話も挟みつつ、本日の打ち合わせする。
と、いうのも、未婚のわたし達は、二人きり会うのは不適切であるという縛りがあるからだ。
本当に貴族って面倒臭いよね。
(「ぐぬぬ……我もその際には参加するのだ」)
バスケットの中から、苦渋に満ちた渋い声が聞こえる。
……ポリポリというなにかを齧る音がするのだけれど、もしやプリティ、お菓子をやけ食いしていないでしょうね?
思わずひきつりそうになる笑顔を何とか気合いで立て直し、うふふ、おほほと、婚約者候補と笑顔で語り合い、散策する。
そこはいつか、二人で歩いた場所だ。
あの時は奥様がたのイヤミに負けて余裕なくって、腕なんて掴んじゃったなぁ。
……淑女にあるまじき行いでした、はい。
その次はプリティが脱走した時で。
励まされちゃったんだよねぇ、上手いこと。
本当に、何度彼には助けられただろうか。丘の上でも、そしてある意味で今日も……。
気の向かない婚約を引き延ばす意味では、彼が来た事で、助かっちゃってるんだよね。
あーあ、本当にもう、何だろうな、この人は。
そんな、わたしの心中も知らぬげに、彼は今日も隙のないエスコートをする。
「水路の上は危険ですね、お手をどうぞ」
「まあ、ありがとうございます」
水を回した水路に掛かる白い小さな橋。彼は小粋に手を取って、わたしを渡らせる、貴族三男ベネディクトこと、ドエース。
ああ、小憎いくらいにスマートな振る舞いだ。
彼の言葉に一喜一憂し、ドキドキと胸を高鳴らせ。
そんなわたしに、バスケットの中から注意の声が飛ぶ。
(「まただ、ご主人はどうして敵に対しそう無防備なのだ!」)
……そうなんだよねぇ、こんな素敵な紳士だけれど、敵なんだよね、この人。
本当にそこのところは不思議でならないのだけれど。
「少々、歩き疲れましたね。休憩しましょうか」
「では、いつかの場所で。四阿はいかがでしょうか?」
和やかに語り合い、互いに頬を染め。
初々しい雰囲気を作り、後ろに控えた付き添いの使用人らにもその仲を見せ。
頃合いと見て……更に進展するようにと、場所を移す。
よくやるよねぇ、内心で思いながらも、見た目は完璧な貴族のデートを装って。
ふっと、笑いあうわたし達。
お疲れさまだよね、お互い。
そうして、辿り着いた迷路の先の四阿で、わたし達はようやく話を始める。
対面するように、石のテーブルを挟み座るわたし達。
テーブルの上には、ばあやがサーヴしたお茶と、わたしの提げていたバスケットから取り出したさまざまな焼き菓子が並ぶ。
お茶で喉を潤し、もてなす側として先に焼き菓子を頂いて毒味を済ませ、そうしてお茶会が始まった。
「まあ、最初に聞くのはこれだよね。どうやってお父様と知り合ったの」
遠目に、不適切な事はない証拠と、目付の執事の息子とばあやを置きながら。
見た目にはにこやかにわたしは言った。
「そりゃあもう。結社の裏の手も表の顔も使って、ね?」
僕は本気だって言ったでしょう。彼はわたしを本気で誘惑するように、甘い声で囁く。
覿面に、赤くなるわたし。
ギリギリと誰かさんの歯ぎしりが、膝の上から響いた。
「ああ、そうそう。君の事だから多分気にしてるだろうし、最初に言っておこう。あの丘はちゃんと復元したし、ギャン・グーは生きてる」
まあ、どちらも完全に無事とは言い難いけど、とドエース。
もちろん、見た目にはわたしを誘惑するような艶っぽい笑みを浮かべての言葉だ。
あの丘とは、思いでの丘の事で、ギャン・グーとはトゲトゲ巨大化した不良幹部の事だろう。
うん、まあ……それは確かにホッとするね。色々ありすぎて微妙に忘れかけてたけれど、人殺しとか、わたし的に絶対背負いたくないものだもの。
「むうう……感謝はせぬぞ。だが、ご主人の心の負担を減らした事は加点致そう」
そして、わたしの膝の上から、渋い声でプリティが呟く。……お菓子をバリバリとやけ食いしながら。
「神の使い、君には悪いと思ってはいるんだよ? でも何度も言うようだけれど、僕と結社は、なるべく平穏に力を得たいと思っているんだ。それには、彼女がどうしても必要でね」
わたしの笑顔は微妙にひきつる。
「それは、ちょっと……」
そんな愛のない理由で嫁ぐとかイヤなんだけど、とわたしが言おうとしたら。
「それこそ冗談ではない! お主が主導して、ご主人の婚約を台無しにしたようなものではないか!!」
プリティが鋭く突っ込んだ。おお、言いたい事を言ってくれたよ。
流石は頼りになる使い魔だね。
「ああ、そうだったね。そうか……参ったな」
珍しくドエースが言葉を詰まらせた。表面上は、笑顔だけどね。
「だが、そこは結社の機密が関わってね、一存では弁明も出来ないんだよ」
うん、それって半分はバラしてるようなものだね。
でもねぇ。
ほら、わたしも大好きな友人達も、彼の企てで婚約者に引き裂かれたようなものじゃない?
まあ、友人らは婚約者の本音を聞けた上で、浮気を理由に色々と強気に出られるようだし、助かってる節も、あって……。
……おや?
なにかを気づきかけ、しかしはっきりとは分からぬままにわたしは首を傾げる。
深い愛を確かめあい、笑顔で抱きしめあう恋人もいれば。
思いを交わさぬ者らは、負い目を抱えて……?
何だか妙だ。それは分かる。
でも、分からない。
「今は言えない。いつかは、ちゃんと全てを話したいけれど……。でも、君を恋しく思う気持ちも本当だ。意地悪な顔も、てんで可愛い乙女な君も、大好きなんだよ、ねえバーバラ」
「いきなりストレートに攻め込んでこられると困るんだけど?」
笑顔は必死に保ったまま、わたしは気もそぞろに、彼から熱く口説かれていた。
……遠目には、微笑ましそうに使用人に眺められながら。




