悪役令嬢、晩餐を楽しむ(1)
しみ一つない真っ白なテーブルクロスの上には次々と凝った料理が供される。
伯爵家の権威を誇るかのような立派なダイニングルームには、金の燭台には煌々と灯りが点され、夜闇を華やかに輝かせていた。
「いやあ、流石は名門伯爵家ですね。何を食べても美味い」
ワインで口を湿らせながら、上品に、かつ健啖ぶりを披露する美貌の客人。
「そうかい? 美食家の君に誉められると、満更ではない気分になるね」
お父様はそうラフな口調で応えながら、家長の勤めとばかりに塊肉から器用に肉を切り分けた。
もてなしの最たるものとして、我が家のコレクションから銀器や陶磁器の用意を執事がしてくれている。藍の色も美しい品格ある陶磁器は、銀髪のドエースによく似合う。
わたしがまだ幼い頃。父も母も表面には円満で、父派母派の両派に分かれていがみあう事もない、誰もが笑顔であった頃に見た風景が、そこにあった。
……まあ、籠城中のお母様はここにはいないんだけど、ね。
客人の、領主が浮かべる満足顔に、料理をサーヴする使用人らの顔にも笑顔が浮かぶ。
そんな彼らの様子にまた私も、淑女の範囲を超えない程度に料理を食べ進めつつ、笑顔を浮かべた。
朝の急報にてお父様が帰ってくる事は分かってたし、そこで仕込みが出来たのは確かだけれど。
そこに来て急な来客。ほぼ、嫌がらせに近い状況ではあったのよね。
実際、ほんの数時間程でこの晩餐を作り上げたのはすごい事と思うよ。
わたしもお茶会を主催して分かったけど、一つの席を用意するにも大変な準備が必要だと知ってるし。
失礼にならない席順を決めて、家の権勢を誇るだけの美しい部屋を備え、献立を決め、銀器を磨き、煌々と灯りを点してお迎えする。
……うん、考えただけで胃が痛くなりそうな程の仕事量だ。
だが、急なお客様にもわが家の料理人は応えてくれた。
グッラ派に押され、冷遇されていたわが家の使用人達もよく働く。
ここ一年程は、お父様の目が完全に屋敷から離れたのをいいことに、ビネー婦人の取った姑息な嫌がらせ。
そのあおりを食って、下働きがやるような水仕事や裏方仕事に回されていたのが、純アヴァリーティア派とでも言うべき家人達である。
彼らは元の配置に戻されたばかりだろうに、それぞれがきびきびとした動きで料理を配膳していて、まる一年ほど現場を離れていたとは思えない程の立ち回りをしてくれる。
そして、ビネー婦人にすらその腕を惜しまれ、嫌がらせ人事によっても降格もままならなかったという……ある意味伝説の、わが家の厨房の守護者である料理長その人が、腕によりを掛けた料理なのだから、美味くない筈がないのだが。
彼らにも、本当に苦労を掛けたよね。
後で存分にねぎらって上げようと思いつつ、今は、お客人を最大限にもてなそうと張り切る、彼らの笑顔に恥じない主人であろうと思うのだ。
始終和やかに進む晩餐。当たり前なのに何故か落ち着かないわたし。ぼっち飯が長く続き過ぎ、誰かが居る晩餐となると針のむしろであった事が、どうもわたしの心を頑なにしているらしい。どれだけ毒されてるんだろうか。
「デザートはバーバラ様のご提案で新しい趣向のものだとか? 楽しみです」
マナー通り、会話と料理を楽しむ様子のお客人。
作法も完璧に、会話も途切れさせる事なく立ち回る伯爵家三男ベネディクトこと、悪の秘密結社幹部ドエースの余裕に、わたしは内心に鼻白む。
存在が胡散臭いんですけど、この人……。
そんな内心は表に出さず、派手な赤のドレス……残念ながら、我が家には晩餐用ときたら原色の物しかない……を纏った晩餐仕様なわたしは、優雅に微笑んで答える。
「ええ。ベネディクト様は珍しいものを好まれるとの事ですので、わが家のパティシエに命じて、少々風変わりなものをとご用意致しましたわ」
さて、ここからはちょっと本腰を入れて、少しずつ自らをアピールしていこう。
常にはパートナー任せだったわたしを知るお父様は、積極的な様子のわたしに、珍しいものを見たとばかり目を見張る。
「ほう、それは楽しみですね。茶会の時も楽しい趣向を凝らしておられたようですし……」
ベネディクト青年は、興味深げに目を見開き、軽く頷いて見せる。
表情豊かなそれは、人心を引き付ける魅力的なものだ。
「まあ、お褒め頂きまして感謝致します。ベネディクト様はわたくしまで気を掛けて下さいますのね、お気遣いがお上手ですこと」
負けじとわたしも、頬など染めて、手入れの行き届いた令嬢の繊手を頬に宛がい、可憐を極める。
何を競っているのかって?
男女の戦いですよ。貴族の魅力のぶつけあいですね。
惚れた者が負けってやつ。
すでに彼に惚れてるわたしが、最初から負けてるって話もありますけどね。まあそれはそれとして。
「ふふ、決してお世辞ではありませんよ。貴方はいつだって私を魅了なさる」
とか言って。
その艶やかな流し目で落としてこようとするのは、止めてくれないかしらね。
「まあ、おほほ……」
魅惑的な彼に本気で首まで赤くなるのを気力で制止し、わたしはわたしで、そっと視線を外し、美しくカールした睫を揺らして瞳を伏せて、恥じらう乙女の可憐を演出する。
「お父様とも親しいベネディクト様に誉められるのは嬉しい事です、とっても」
……しかし、この勝負むちゃくちゃ心臓に悪いなぁ。
何で二人してしらじらしい会話を続けているかと言えば。
とにかく、一刻も早く伯爵家の娘が、この面識少ない婚約者候補と、公式上仲良くなったという場面を作りたいのである。
貴族って本当に面倒だ。でもこの手順を踏まないで、二人きりで話す機会なんて作れる訳がない。
現状わたし達は、僅かに面識があるだけの、ただの知り合いにすぎない状態だ。
つい先日魔法では、苦い失敗してるし。
プリティを頼っての認識改変は避けたい方向。
となると、正攻法で。
会話を重ね、意気投合し、相手ともっと知り合いたいと願う。
……そのような場面を、自ら作るしかないのである。




