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悪役令嬢、赤面する。

 思い出すのは、あの日のこと。

 わが家に潜入中の彼の手を引き、強引に連れて行った裏庭での会話。

『言ったろう? 秘密結社の闇は深いってね』


 ……ええ、言ってたわ確かに。

 そしてわたしは、彼の言葉に貴族との繋がりを考えた。


 でも、まさかお父様と直接話せる程の背景を持つだなんて、そんな事考えつかないでしょうよ!?

 このラスボスお父様と、肩組み合うぐらいの仲良しなんて誰が考えるのよ、無理だってば。


 わたしの予想を遙かに越えた人脈を築いてる様子のドエース……いや、今はベネディクトだっけか……に、驚愕せざる得ない。


「おお、驚いているねぇ、わが愛する娘さんは」

「ハハハ、全く可愛らしいですね」

「おや、分かるかい?」


 男二人はわたしの驚き顔に、してやったりと肩など小突きあって笑っている。

 ……こ、この、仲良しさんめが。


 世代を越えて分かり合っちゃってる二人においてけぼりのわたしは、こちらをからかうように細められる彼らの視線を見て、広げた扇子の裏でむうと膨れた。


 そんな私に向けて。

「驚きましたか? お嬢様」

 胸に手を当ておどけた礼などするドエー……いや、伯爵家三男のベネディクト青年とやら。

 その姿に、あの日の完璧使用人、アウルムを思い出し……むかっときた。


「お、驚かない訳がないでしょう!? 貴方、本当に何者なのよ!」

「おや、随分と砕けた態度だね? いつ仲良くなったんだい」

  思わず立ち上がり声を上げるわたしに、興味深げなお父様である。


 ハッ!? しまった! と思ったがもう遅い。

 扇子の裏でホホホと上品に笑い「そんな、何もありませんわ」 と取り繕っても、お父様はすぐにベネディクト青年の方へと水を差し向けてしまう。


「で、どうなんだ?」

 目が笑ったままのお父様の誘い水に、息を合わせたかのようさっと乗る青年。

「あれは……そうですね、私が伯爵に無理を言い、使用人として潜入した頃の事です。丁度バーバラ様主催の茶会がありまして。当日の献立(メニュー)で、どうしてもバーバラ様に直接に聞かねばならない用件が出来たんですよ。その時に、連絡を変わって貰いましてね。少々お話する機会を得ました」

 さらさらと、まあ立て板に水の如く話す青年の姿に、わたしの眉間のしわは深くなる。


 ここまでは、いい。

 ただの事実だからね。

 でも、悪のりした彼が何を言い出すか分からないから怖いんだよ。ドエース……いやベネディクトって、いつもわたしの思いも寄らない事をするんだもの。

 突発的な事に本当に弱いんだってば、わたしは。


「ほう……? で、それだけかい?」

 興味津々で目を輝かせたラスボス様は、更に踏み込む。……お、お父様ぁっ!!


 心得たりと語り出すベネディクト青年。絶対後で締め上げると思いながらも、殿方同士の会話に口を挟む事は出来ない。

 うう、立場の弱い女性貴族って、こういう時には本当にどうしようもないなぁ。



 ところが意外にも。

「当日は、口さがない暇人の方が多いようでした。バーバラ様を詰る言葉に、忠義の家人達は酷く辛そうな顔をしていましたね」

 その言葉は、わたしが知りたかった当日の裏方の話に繋がる。


「バーバラ様は何も悪くないのに。それが家人の中では共通の認識でしたしね」

 そう言って、彼は肩を竦める。

「お嬢様の信頼を裏切った某子爵の息子の事を悪く思う事あっても、「当家の宝」 であるバーバラ様を悪し様に言う者はいませんでした」

 あら、裏ではそんなことに? ……流石に使用人にまで気を回していなかったから、彼が語る視線は、とても新鮮に思える。

「……家人でなく、奥方に付く者は別として」

 ……ああ、うん。それも分かってた。


 別の視点から見ると、そんな事が起きていたんだねぇ。

 へえ、とわたしが興味深く聞いていると。


 更に続けて、微笑みを湛えた青年は話す。

「私が連絡に向かったその時、バーバラ様が少々落ち込んでいたようだったので、少しばかり励ましの言葉を言ったのですよ」

 そ、それは、言っちゃいけないやつだ!!


 わたしは視線で青年を止めるけど、お父様は瞳を輝かせて先を催促する。


「ほう? ……続けて」


 お父様の言葉に私は思わず胃の辺りを押さえた。

 気を利かせたばあやは、胃に優しいハーブティを差し出してくれた。……この場の味方はばあやだけだよ、本当に。

 わたしは涙が出そうになりながら、青臭いハーブティを飲む。


 ベネディクト青年は歌うように、そのけだるげな美声で語る。

「所詮は、いち使用人の話でしかないのですが、バーバラ様は私の言葉に真摯に耳を傾けて下さいました。その時の事を、覚えていて下さったのはないでしょうか」

 おお……無難だ!?

「……そうそう、私の事を多少は好ましいと思って下さったのか、わが前で頬を赤らめる姿はとても可愛らしかったですよ」

 と思ったら、これだよ。

 目を細めて優しく笑う、退廃的な美貌の青年は妙に色っぽい。その表情に思わず赤くなりながら、うらめしく思う。

 そこまで親にばらすのか……こ、この鬼畜さんめ!!


「いやあ、伯爵が自慢されるだけの事はあります。バーバラ様は、良い主人でいらっしゃるようだ」

「そうかい、そうかい」

 娘を誉められ嬉しげに笑うお父様はなかなかの親ばかぶりである。

 が……しかし。


 あれは、自分の主催の席の事だ。

 上手く立ち回り、他者の言葉などに揺らがぬのが貴族の娘として当然の態度だというのに。

 たががいち使用人に弱みを見せたなんて、そんなのただのマイナス点でしかない。

 お父様にわざわざ言う事ないでしょうに、意地悪だよ。絶対、今の話でわたしの評価シートに赤点が付いたよね。


 当日の赤裸々な話の連続に、頬を赤くして扇子の裏に顔を隠すわたし。

 正直、泣きたいわ。

 ソファの上で縮こまりぷるぷる震えるわたしに、唯一の味方、ばあやが助けの手をさしのべる。


「旦那様? ご友人と盛り上がるのは良いですが、そこまでにしては如何でしょうか。お嬢様に恥を掻かせるのはどうかと」

 ひんやりしたばあやの声にビクッとなり、父は「いやまさか、ハハハ」 しゃっきりと背を伸ばして、ゴホンと空咳など零し。

 お父様は言葉を濁して話をやめた。

 効果はばつぐんだ。


「ま、まあ。この後の晩餐などでも色々とね、話をだね」

「はい。名門伯爵家の晩餐、楽しみにしております」

 そんなやりとりにも、ベネディクト青年は品のいい笑みを浮かべそつなく応える。

 むう、貴族男子の演技も完璧とか、本当に何者なんだろうなこの人は。


 なんて、わたしが彼の存在に疑問を覚えている裏で……。



(「んんっ。まあ、詳しくは晩餐の後の遊技室ででもやろうじゃないか」)

(「おや、例のコレクションも拝見出来ると?」)

(「うむ、うむ。君は実に見所のある青年だからね。秘蔵の酒も出そうじゃないか」)

(「嬉しいですねぇ、私も酒には目がなくて。では、私も思い出せる限りにバーバラ様の可愛いお姿をお話しましょう。仲良くなった同僚から聞いた話もあるのですよ?」)

(「それは素晴らしい!! いやあ、この一年程娘さんのプライベートをなかなか聞く機会がなくてね。いやあ楽しみだなぁ。その時は君の見たかった愛する娘の肖像画も交えてやろうではないか」)


 ……なんて、親馬鹿お父様と意気投合した青年が話してたなんてことは、わたしは知らない。


 うん、そんな残念な会話なんて、聞いてなんかないのだ。

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