悪役令嬢、昔語りを聞く。
その人は、金のシガーケースから葉巻を取り出す。後ろに控えた影のような執事が、当たり前の顔で火を点ける。
時刻は夕方になり、窓の外では傾いた太陽が全てを赤に染めていた。
お父様は、ゆっくりと葉巻をくゆらす。
ため息と共に煙を吐き出して、そして。
「一人は伯爵家嫡男。一人は子爵家の娘。位階の違いはあれど、二人とも当時の社交界では人気者だった」
深い声で、昔語りを始めた。
「私は……いや。青年と、美しき娘は、その頃の若手貴族らを引き連れては、互いに張り合っていた」
当然ながらそれは、ラスボスお父様とカリスマお母様の若い頃の話である。
自分の事として話すのは、流石に辛いか。ぼかしたような言い方なのは仕方ない。
「流行の発信……珍しい異国の品を取り寄せてみたり、何処そこの料理が何だ、嗜好品がどうだ、と。まあ賑やかに競っていたものだ」
当時の社交界は、とても華やかだったよ……お父様は遠い目をして、煙をくゆらせて。
「それだけならば、よかった。彼らの争いはついに政争にまで発展する。互いに、身内とも言える篤い友人らの為に、その権勢を使ってあれこれと、ね」
肩を竦め苦笑するお父様だけど、笑い事じゃない気が。
……お父様とお母様の争いかぁ。若かかりし頃といえ、二人が裏から手を回したとなると、そりゃあドロドロした戦いになったろうなぁ。
それも、表面には出ないような。
わたしはお茶を飲みつつ、遠い目をする。
「決して自分は出ないで、周りをそれとなく動かして……。一つのパイの分け前をどれだけ大きく切り取れるかを競った。それは、傍目には恐ろしくとも、当人らは楽しい遊技だった」
つまりは、若い頃から今と変わらぬ裏社会のボスだったんですね……。
魂が抜けたようになったわたし。ばあやはそっと好物のベリーパイを差し入れてくれる。
ああ、焼きたてのパイは甘酸っぱくってさくさくしておいしいなぁ。
……それにしても、パイかぁ。テーブルの上のそれを見て、マネーゲームに勤しんでいたお父様らの姿をそこに想い浮かべてしまい、何とも言えない気分になる。
「でも、中心となれば二人しかいない。分かり切った事だったさ、私たち……いや、青年と美貌の娘の仕業だと。小事なれど積み重なれば……国も動かざるえない」
ふうと、お父様は紫煙混じりの息を吐き。
「そして、国の後押しで、二人は婚姻する事になった。原因たる存在を固めてしまい、互いが互いを監視するようにと、そう。臭いものに蓋をする事にしたのさ」
独特の臭いのシガーを大理石の灰皿に置きながら、そう呟く。
話が終わったと見て、わたしは口を開く。
「ええと、つまりお二人は……国を騒がせた為に、互いの監視役として結婚し、二つの勢力は一つに統合され、て……?」
おや? それだと奥様教信者様の説明がつかないな。
思わず首を傾げる。
「一年前のあの事もあって、あの人の気が立っている様子だったからね。執事に任せて屋敷では自由に振る舞って貰おうと思ったんだ」
つまりは、お父様が直接視察を避ける事により……お母様の監視の目が緩んで。
その結果が、三日前の誘拐騒ぎ。
どうして? と思う。
どうしてお父様は、お母様から目を離したの?
お母様は、昔からわたしが嫌いだと。結構わかりやすく態度に出ていたのに。
「私たちの意志は統一されたと、そう思っていたんだよ。少なくとも、彼女はこの家に来てから、屋敷にグッラ家流を取り入れる事ぐらいで後はアヴァリーティアの為にその力を使ってきたからね」
お父様は悲しげに瞳を伏せて。灰皿から葉巻を取り上げると、またため息を隠すよう、深く煙を吸う。
まあ……そうだね。
お母様は確かに上手くやっていた。
婚約破棄の際にも相手方が悪いとはっきりさせて、わたしの……アヴァリーティア家の傷を深めないように配慮した。
わたしのお披露目の茶会でも、わたしを極力立ててくれた。
だから、あんな破滅的な事をしたのは……わたしも驚いていたのだけれど。
「もうあれから二十年は経つんだ。情が沸かない訳もない。私たちは、家族だ……そう思っていたのはどうやら、私の方だけだったらしい」
片思いだね。そう苦く笑うお父様。
お父様も意外だったのか。影のように控える執事の顔にも僅かながらに眉間に皺を浮かべている。
「少なくとも私は、あの人を大事に思っていたつもりだ。だが、私は彼女から離れるべきではなかったのかも知れないな」
切れ者らしくない、酷く弱い言葉にわたしは驚く。
「お父様……?」
どうやら、お父様は後悔しているらしい。
お母様から離れた事を。わたしが誘拐される隙を作った事を。
でも、ほんの数ヶ月前まではまとも……と言っては何だが、普通に奥様業してたお母様だ。
急な変節の責任を、というのは、何だか違う気がするんだけれども。
励まそうにも上手い言葉が出ない。
美しい白い磁気のカップに満たされた、お茶の赤い色を眺めながら、沈黙する。
どうしよう……お父様が落ち込んでる。
でもわたし、気遣いとか下手だし。
スパッと本音とか言うのは得意なんだけどね、それじゃ傷を深めてしまいそうな気がする。
ええと……ええと。
ううむ、こんな時こそ、あれで気遣い上手なプリティか、どんな時でも人を舞い上がらせるドエース辺りが、いてくれればいいのに。
なんて、ないものねだりをしてみたりして。
そこに、控えめなノックの音が響く。
「うむ? 話があるからと控えさせていたのだがな。まあ、丁度いいところではあるか。……マルコ」
お父様はさっくりと気分を変えたようで、いつもの泰然とした様子に戻ると、執事の名を呼ぶ。
心得たように執事は扉の前へ向かった。
……ええっ!? 話が終わっちゃったよ?
わたしが上手い言葉を思いつく前に、何だか空気が変わってしまった。
ショックを受けるわたしをよそに、執事はお父様になにやら告げている。
「……様が、一言ご挨拶をと仰っていますが」
「うむ、まあいいのではないか。とはいえ、本番は晩餐の席だから、その点は留意するように」
「お、お父様をお慰め出来なかった……」
「姫様、しっかりなさいまし」
でも、お父様を慰める事も出来なかったわたしはショックで、それどころでなく。
ばあやに激励されているうちに話が付いたようで、
執事は場を譲るよう横に退き……。
果たしてそこには。
美しい銀髪を肩口で切りそろえ、アンニュイな表情を浮かべた美貌の青年が姿を現す。
「ド……」
ドエース、あなた。
なんでそこに、いるの。
呆然と扉の方を見るわたし。そんなわたしの様子をよそに、どんどんと話は進んでいく。
お父様はおもむろに立ち上がると、すらりとした長身の青年の横に並ぶようにして、肩を叩く。
その態度は、気の知れた者に見せるそれ。
「彼はベネディクト・エヴァンゲロス。伯爵家の三男で、私の友人の甥っ子に当たってね。バーバラ、君の美貌を聞きつけて是非にと言って来たのだよ」
……なんか、おいしそうな名前だね。
しかしこれも金と同じで、偽名だろうかと考えてしまう。それにしては、氏素性がはっきりしすぎているが。
そして、とんでもない爆弾が投げ込まれる。
「君も知っているだろう? 何せ、本人の希望で、使用人の真似事で屋敷に出向いていたのだから」
「…………なっ!?」
今度こそわたしは飛び上がるようして反応し、声を上げた。
……ドエースが意味深に言っていた、屋敷に潜入した伝手は、お父様本人だったのかー!?




