悪役令嬢、演技する。
ラスボス降臨に、凍り付く玄関ホール。
お父様はその貫録を遺憾なく発揮して、場を制圧した。
奥様教の皆様は、借りてきた猫のように下を向き縮こまっている。
まあ、その気持ちは分かるけど。
勝利を確信して、奥様は正しかったとばかりに「雑談」 し、笑いあったそのすぐ後、だったもんね。
――三日前の誘拐事件の件を問われたのは。
お父様ったら、フェイントが上手いわ。澄ましきって整然とした列の中で、彼らの動きは余りにも目立った。
その上で。誇らしげに前を向くわが家の信頼する家人と。
怯え俯く彼らの姿はくっきりと分かれてしまっている。そう、迷彩めいたお仕着せの群の中に逃げ込む事も不能なぐらいに、彼らははっきりと自分の所在を証してしまったのだ。
カリスマなお母様も凄かったけど、お父様がその上をいった瞬間よね。
ああ、全く誇らしいったらないわ! こんな凄い人が、わたしのお父様だなんて。
逃げられぬ罪人達を睥睨したラスボスもといお父様は、ゆっくりと視線をわたしの方へ向け、毛足の長い絨毯を踏み締めて大階段横のわたしの方へと向かってくる。
すかさず、外套を受け取る執事。あうんの呼吸だね。
……そして、わたしの前に立ち止まったその人は。
「久しぶりだね、また美しくなったようだ、わが愛する娘、わが一族の宝、バーバラよ」
お父様は、それまでの抑制された感情の見えない声とはがらりと変えて、愛情篭もった声を響かせ、その鋭い眼差しも暖かいものへと変えて。
愛する娘へと、語りかけたのだ。
……ああ、ここに来てこれとは。
とても効果的です、お父様。
たったの一言で、わたしの存在が彼のどんなものかを印象づけた。
「傷物」 とあざ笑う者等の印象を覆し、伯爵家の一粒種の存在を引き立たせて、「宝」 とまで言い放ち。
一連の流れの鮮やかさに、内心でわたしは拍手喝采。スタンディングオベーションものだと、名演技を讃える。
最早、わたしを「傷物」 と罵った者達は失神せんばかりに顔を青ざめさせている。
伯爵にしてラスボス……いや、高位貴族達が頼るリーダー格の、ただ一人の娘で。
一族の「宝」 を、殺害依頼込みで低級貴族に売りつけるとか――あり得ないでしょう?
そんな偉大なお父様に。
お母様似の、大輪の薔薇を思わせる笑みで、教養を見せつけるように優雅な所作で。
「わたくしの最愛のお父様。あなたの宝は、アヴァリーティア一族の娘は、この屋敷にてお帰りを待ちわびておりましたわ」
血族である事を誇らしげに言い。
「ほほほ、それにしても……わたくしが「低級」 貴族などに売られるなどという戯れ言、本当に何処から来たものでしょうか?」
可愛らしく小首を傾げ。
聞いておりませんわとばかり、当主に言えば。
「そうだな、全くだ。このように可愛い我が娘が、何処ぞの「低級」 貴族なぞにわが宝を売りつける賊が出たなどは、やはり空言であったのだろうな」
お父様がわたしの言葉を継いで、そう言う頃には。
その時には怯えて俯く一角を取り囲むかのよう、わが家の手の者らの移動が済んでいた。
怯える彼らには、そんな包囲の動きすらも分からぬようで。
お父様は尚も続ける。
「低級貴族の輩が、愛する娘を金如きで手に入れられると思っているならば、思い知らせてやらねばならぬ。それが誠であれば、我らが「宝」 を盗む者らは一族郎党、全て首を取らねば気が済まぬであろうな!」
当主は娘を溺愛していると。
一族の結束は堅いと。
そう、今にも失神しそうな者らへ、見せつけるのだった。
それにしても……わが父ながら、敵に回したくないなあ。
だって絶対に、逃げられそうにないもん。
そんな一幕の後で。
わたしは居間でお父様と共にくつろいでいた。
「そりゃまあ、私だってここまで酷い状況なら帰って来るよ。私の娘が誘拐されそうになったんだよ? しかも、実行犯があの人の右腕ときたからにはねぇ……私が対処するしかないでしょう」
そう呟くのは、居間のソファに深く座り、シガーをたしなみながら言うのは、何処の世界のフィクサーでいらっしゃるのか? という物々しい雰囲気のお方。
綺麗に整えた口元のお髭が、これがまた渋くて素敵なんだよねぇ。
その人もちろん、わたしのお父様なんだけれど。
ずいぶん口調が違うって?
この方、オンオフの時の態度がすっごい違うのよ。普段は結構、ラフな方なのだ。
「そうは申しますが、常には殆ど執事に任せて帰って来ないのだもの、わたくしもばあやも驚くに決まってますでしょう。もっと早く、連絡を下さいませんか」
対面に座ったわたしは、思わずぼやく。
「ええ、まったくそうですわ、坊ちゃま。急なお出ででは、わたくし達も大したおもてなしが出来ないではないですか」
ばあやがお茶と焼き菓子をローテーブルに並べると共に、苦言を呈す。
「いやあ、ごめんごめん。あと、ばあやはそろそろ坊ちゃま扱いはやめてくれないかな?」
きれいに撫でつけた頭を掻いて、お父様は苦笑。
「家人を忙しくする気の利かないご当主様なぞ、坊ちゃまで十分です」
ばあやはつんと横を向いて、でも甲斐甲斐しく好物を差し出す辺りが何というか、家族対応だね。
ちなみにこの二人、見た通りの力関係である。お父様の乳母やは、ばあやだしね。
「それで、肝心な時にお留守の領主様は、何用でいらしたのかしら?」
ばあやの言葉に乗るように、つーんと顎を上げてすねたようにわたしが言えば。
「いやあ、可愛い私の娘さん、もう一年ばかり顔を合わせないでいて、そりゃあその事は申し訳なく思っているよ? だが、王都でも色々あったんだよ。それに、私が屋敷に居座ると……まあ、あの人が、いやな顔をするものでね」
取りなすようにお父様は笑う。
そりゃあまあ、一年前、わたしが婚約破棄などして領地に引きこもる前は。
お母様の再来、新しき社交界の華なんて呼ばれて、社交界でもいい気になっていて……「元」 婚約者と共に夜会にもよく繰り出していたもので。
その頃には、王都と目と鼻の先のこの領地ならではで、通いやすくもあり。
あちこちのパーティに足繁く通ってた事もあって、王都のお父様とも、しょっちゅう顔を合わせていたのだ。
そう考えれば、親は親、子は子で生活を形成する貴族社会の中では、結構な子煩悩とも言え……。
この一年だって、屋敷にこそ居ないものの、これで筆まめで、誕生日や記念日などの折々のプレゼントも大好きで。
何くれと気を遣い手紙を寄越してくれてたんだよ。
先日の誘拐騒ぎの時だって、お父様の寄越してくれた領主代理権限が、危ういとこを救ってくれたわけだし。
だから、本気では怒ってなんてないんだけど。
親子のじゃれあいの一環だと思って、八つ当たりぐらいは許して欲しいと思うわけ。
第二の母とも言える人の苦言、わたしの拗ねた顔に、反省の色を見せたお父様は、しかし次の瞬間ため息を吐いた。
「しかしまさか、あの人がそこまで思い詰めてたなんてねぇ……」
この場合の「あの人」 とは、お母様の事を指す。
まあ……お父様としては、ショックな事でしょうね。
信頼して任せた筈のお母様に、まさかのお家乗っ取りを企てられるなんて。
そこは、同情するけれど。
「……なあ、愛する娘さん。少しばかり、昔話を聞いてくれないか」
複雑な胸の内をさらけ出すように。
そうしてお父様は、わたしに話だした。
――それは、二十年前、二人の若者が、社交界で頭角を表し始めた頃の、お話だ。




