悪役令嬢、ラスボスに遭遇する。
ゆっくり体を休めて、献身的なばあやのお世話を受けて。
何より気の置けない人が側に居ることで安心も出来たのだろう。気力体力共に充実した休日になった。
「うん、今なら……お母様とも話せる気がする」
まあ、ヘコむのはヘコむんだろうけど。
「ゾフィア様とですか。ならばこのマーゴもお供致しますわ」
わたしの言葉に、朝食後のお茶を用意していたばあやが反応する。
彼女としても、心配なんだろう。
なにせ、昔からわたしが泣いたり落ち込んだりは、ほぼお母様……ゾフィア様が関係していたからね。
そんなばあやに、わたしは微笑み返した。
「ありがとう、心強いわ」
微笑みあうわたし達に、仲間外れにされたとでも思ったか、膝上に乗せたまんまる白い魔王系マスコットが囁き声で主張する。
(「ご主人、我も忘れずに連れて行くのだぞ!!」)
(「うんうん、分かってるって」)
こんな二人がいれば、わたしも百人力で、お母様と対決できるってものだ。
なーんて、意気込んでいた、誘拐事件より三日後の朝のこと。
その日は朝から、使用人達がバタバタと忙しそうにしていた。
「ねえばあや、何だか朝から忙しいけど、どうしたのかしら」
ばあやの淹れたお気に入りのお茶を傾けていたわたしは、首を傾げる。
「そうですねえ、何でしょうか。ちょっと聞いて参りましょう」
と、のんびりばあやが執事に何事かを聞きにいったところ。
驚きである。
なんと、王都から滅多に帰ってこない多忙のお父様が、わざわざ屋敷に帰って来るんだって。
うーん、これはまた波乱が起きそうな予感だよ。
先触れがあってから、数時間経った頃に。
立派な紳士が、側近らしき銀髪の青年を伴って馬車から降りてくる。
うん? ……銀髪?
わたしは思わず、すらりとした長身の青年の顔を確認しようとするが。
「姫様、領主様の御前ですよ」
後ろに控えたばあやにそう注意される。おっと、いけないいけない……。
お母様が籠城中の関係上、屋敷で一番偉い女性は、わたしと言うことになるのだ。
ここは、しっかりと礼儀正しく領主のお迎えをしなくてはならない。
わたしが執事やばあやと共に、領主の帰りを待っているそこは、両開きの立派なドアから続く玄関ホールだ。
磨き抜かれた大理石の床、頭上には巨大なシャンデリア。
吹き抜けの天井を支える立派な柱の側には、美的価値と財産価値が伴った工芸品などが置かれている。
奥には緋色の絨毯の敷かれた優美な大階段。
屋敷の顔だけあって、歴史あるわが家の玄関ホールは一見の価値のある美しいものなのだ。
「お帰りなさいませ、主様」
執事の号令で、左右にずらりと立ち並んだ使用人達が最敬礼をする。
それはよく教育されている事が分かる、美しく揃った礼で。
玄関口のポーチから姿を現した仕立てのよい三つ揃いスーツを着た男性は、それを受け、鷹揚に頷いた。
「うむ、結構」
その人は、怜悧なヘーゼル色の瞳に、秀でた額を露わにした茶髪のオールバックが似合う、鼻筋の通った端正な顔立ちをしていた。
年の頃は四十前半の、貫禄ある男性で。
彼の名は、ディミトリアス・アヴァリーティア伯爵。
……つまりは、わたしのお父様である。
「ふむ、丁度いい。皆が集まっているならば、私が居ない間に何があったか聞かせて貰おうか」
お父様の泰然とした態度に、常になく緊張していた使用人らは、ほっとしたように息を吐く。
玄関から夫婦の部屋までの短い間にも、用件を済まそうとしてしまうのは、ワーカホリック気味のわがお父様の癖だ。
それが普通に出てくるっていうのは、誘拐事件を重要視してないようにも見えるね。
……何のつもりなんだろう? 内心に首を傾げる。
お父様に限って、意味もなくこんな事するとも思えないけど。
大階段の前でお母様の代理で立つわたしを無視するのも、どんな意味があるやら。
思わずわたしはお父様の顔をじっと眺めてしまう。
(「姫様、姫様」)
わたしの不躾な視線に気づいてばあやが注意を飛ばす。おっと。
そそくさと視線を外す前で、わたしの横に控えていた執事がお父様の前へ進み出、声を上げる。
「は、簡単にですが報告させて頂きます」
いつもの流れ。
いつもの空気。
皆が弛緩し、気分を和らげる。
そうなると、また奥様教の皆様が騒ぎ出すのである。
それは直接犯行には関わらなかったグッラ家紹介の者達だ。
彼女達は、今日まで宿舎に押し込まれていたが、領主の帰還ということで、この場に並ぶ事を許されたらしい。
……まあ、現行犯だけでも十名以上が抜けた格好だからね、数だけでもってことで。
お父様の移動に併せて付き添いつつ、簡略ながらも領政や家政につき説明する執事。
それを見送る、使用人達の列。
(「なんだ、領主様も奥様と同じ気持ちだったのね」)
気のゆるみか、こそこそと、話はじめるグッラ家の者。
(「あの「傷物」 の誘拐の事も知っているでしょうに、全く気にしている様子がないわ」)
(「一応、領主の娘じゃない? 処罰があるかと思えば、拍子抜けね」)
くすくす笑う少女達と、頷く青年ら。
どれも、お母様が目を掛けていた使用人達だ。
話はその程度で、わずかに二言三言。
雑談にも満たないささやかなものであったけれど。
ぴしりと揃い、領主の帰還を迎える者らの中でのその態度は。
……かなり、目立って浮いてたんだよね。
「ああ……これ、かな」
わたしの呟きに、後ろに控えたばあやが訊いてくる。
「何でございましょうか、姫様?」
「誰がグッラ家寄りで、誰がわが家の本当の味方か……お父様は、それを見たかったのかなって」
わたしは思わず、広げた扇子の裏でほほえんでしまった。
これが、お父様の狙いだとしたら上手いね。
あの一瞬で浮き彫りになったよ。
お父様は玄関ホールを横切り、そのまま二階の夫婦の部屋へと、常の通りに向かうと思われた……が。
歩みを止める。
――ゆっくりと、騒いでいた一角を鋭い目で睨んで。
「……で、私の留守の間に、随分な事が起きたようだが。申し開きはあるか」
低く通る声を、その一角へと向けた。
お父様のフェイントに、グッラ家の者らは動揺。
古参らは、まるでその言葉を見通したかのように澄まし顔。
浮き彫りにされたその反応の差は顕著で。
「申し開きなどございません。私めの力及ばず、お嬢様を危険に晒した事……どのような罰も覚悟しております」
お父様の右腕の執事が口に出せば、他の者らはそれに倣うしかない。
ますます、罪の意識のある者らは縮こまる。
これはいわば茶番。
筋書きが決められた演目だ。
わたし達の演じるところのそれで、今後の流れを決定づける為に、それと知りながらなぞるもの。
お母様が居ないところでやるのは姑息だって?
……そこはねぇ。
だって、先にアヴァリーティアに喧嘩売ったの、お母様じゃない?
それにしても、緩急の付け方が上手い、上手すぎる……!
わたしはこっそりと名役者なお父様を賞賛しつつ、今度こそ礼を失しない程度に視線を動かして、お父様の視線の先を見る。
流石に、グッラ家の者らの衝撃はすごいようだね? 誰も彼もが、怯えたような顔で下を向いている。
一緒に青くなってるのは、グッラ家寄りのわが家の家臣達かな。
その数は全体で三割程度、か。結構な人数を味方にしてたんだなぁ、お母様。さすがはカリスマ。
……カリスマに対して、お父様はラスボスって感じかな。
そのラスボスの睨みに、しんと静まり返った玄関ホールは、いまや凍り付かんばかりの雰囲気だった。




