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悪役令嬢、熱を出す。

 夕飯を食べに行こうとダイニングルームに向かったら、誘拐事件が発生。

 何を言ってるんだと我ながら思うが、あったんだからしょうがないよね。


 そんな事があって。

 主犯のビネー婦人操るところの黒幕の、お母様に本意を聞こうというところで……。

 激動の一日に、体が悲鳴を上げたのか、わたしは熱を出してしまった。


 我ながら情けないなぁ……と思いつつ、お母様派の使用人らの処分とならず者らの後始末は、執事や執事の息子に任せる事にする。



 濡れた布を額に乗せてうんうん唸ってるわたしを、枕元にいるぬいぐるみを装ったプリティが心配そう見守っている。

 それをよしよしと撫でながら、わたしは休養に励んでいた。

 まあ……本当にね、昨日一日いろいろあったし。

 ここは、休暇だと思って少しのんびりしようか。



 そんな風に、肝心の後始末が人任せになってしまい何とも格好のつかない事になったけれど、一つだけいい事があった。


 数時間程眠ったろうか。昼間にふっと目が覚めると、額に乗った濡れ布を冷えたものに換える甲斐甲斐しい使用人の姿が見えた。


 専属メイドの誰かだろうか? それにしては……何だか手厚すぎる。

 いつもの病気の世話なら、薬の時間や食事の世話以外は、部屋の隅に控えていたと、そう記憶しているけれど。


 わたしはぼんやりと、甲斐甲斐しく働く人の姿を見る。

「あら、お目覚めですか姫様。寝汗を掻かれたでしょう、起きられたのならば、折角ですからさっぱりと着替えてしまいましょうか」

 にこやかにその人は言って、小さな小太りの体を揺すり、慣れた様子でぼんやりとするわたしの背を支える。

「あら、このぬいぐるみは姫様のですか? 少々邪魔になりますから、あちらの椅子の方に置いておきましょうね」

 それ……プリティ。


 ぱたぱたと身軽く動く影。

 わたしの熱を計るよう、額をそっと押さえる手のひらはふっくらとして暖かい。

 思わずその手に、額を擦り付ける。

「まあまあ、どうしましたか? 今日は何だか甘えたさんですねぇ」

 そんな優しい言葉を、優しく髪を撫でる手を。専属メイド達が持つわけもなく。


 彼女達からもたらされるのは、一定の距離から近づく事のない、ただ礼儀の伴っただけの冷たい交わりだけだ。


 ならばこの人は……だれ?


 皺だらけのふっくらした顔には、優しい笑顔。

「さあさ、良い子ですから両手を挙げて下さいな。あら、年頃の姫様には子供扱い過ぎるかしら?」

 陽気な声は明るく響き、わたしの調子に合わせて、寝汗を拭き新しい寝間着に着せ替える。

 のろのろのとした動きにも、急かすようなことはなく、その手際は熟練のものを思わせる。


「はい、よく出来ましたね。お体もさっぱりなされたでしょう。お熱の方は大分下がりましたようですね。食欲はございますか? では、少しはお腹に何か入れましょうか」

 わたしは頭を横に振るか縦に振るかで答えるだけ。

 そんなかすかな動きで読みとって、心地よく過ごせるように整えてくれる。


 そんな人は、彼女しかいない。


「本当に、ばあや? いつ……帰ってきたの?」

 眠気の残ったまま、まったく素の状態で甘えた声をその人に向けると、白い髪をシニョンに結った小柄な老女は優しい笑顔で答えてくれる。


「姫様、長らくお側を離れて申し訳なく思いますわ。このマーゴが、今日からはしっかりお側でお世話させて頂きますからね」

 まあ、こんなに細くなってしまって。そう言って目元に笑い皺を寄せ、わたしの手を取るこの人は。


 優しい手の感触に頬がゆるむ。彼女の暖かな手が、気疲れにいつの間にか細っていたわたしの手を、優しく暖めてくれた。



 彼女は父の代からわが一族の身の回りの世話をしてくれている家臣で、わたしの大好きな使用人のマーゴ……マーガレット婦人だ。

 彼女の娘もわたしの乳母を勤めてくれてたりして、家族でわが一族を支えてくれていたのだけれど、ここ六年ばかりかな、理由あって屋敷を離れていた。


 あれは……わたしが十歳の頃かな。

 お母様が実家のグッラ子爵家から上級使用人のビネー婦人を呼び出し、彼女と共に女性使用人達を仕切はじめてから……ばあやとビネー婦人が、衝突しあうようになってしまって。


 わたしの教育にしろ、メイドらの仕切にしろ。

 お母様の実家の流儀をそのまま持ち込もうとするビネー婦人と、我が家の慣習をそのまま維持しようとするばあやで、毎日のようににらみ合いが続いて……。


 で、折り合いがつかないまま、家中の雰囲気がギスギスしていった。

 外の者と内の者とで争いあうような空気の中では、仕事だって滞る。混じり合う事なく、いがみあうだけの日々。

 そんなことが、一年ぐらい続いたところで……お父様が、普段は家にいない自分よりはお母様の好きにしたらいい、と。

 お父様側が折れてしまった訳である。


 で、とりあえずは家中の仕切を執事に任せ、王都にばあや達を呼び寄せる事で一応、家内の平穏を守ったのだが……。


 ……その流れが、今回の陰謀劇に繋がったかと思うと、あの時の判断が良かったとは言えないかも知れないなあ。

 結果論になるし、今更だけれど。



 まあ、何にしろ。

 今回の事でお母様の屋敷の影響力がぐっと下がった関係で、ばあやら古参も、領地のお屋敷に帰って来れる空気が出来たと、そういう事らしい。


 ちなみにお母様だが、誘拐事件の失敗と側近の捕縛を知って、二階の奥の、広々とした主人の部屋の中に、残りの手勢を連れ込んで籠城中だという。


 ううん……何というか、しぶといね?



「それにしても、ばあやが帰ってきたのは心強いわ……」

 だって、これから確実に、家の中が荒れるもの。


 幾らお母様が悪いとは言っても、何年も家中を取り仕切っていた人がいなくなった影響は大きい。


「グッラ家流に仕切られていた家中を、古くからのわが家流に戻さねばならないものね」

 わたしの呟きに、側に控えたばあやは、深くうなずく。

「そう、なりますねぇ……。明日にも確認せねばなりませんかしら」


 ……家中の混乱は、しばらく続くものだろうと思う。


 さらに、お母様の監視の目だった、三人のメイドが離れたのも心理的には楽だ。折角真面目に勤めていてくれたのに、こんな言い方は悪いけれど。

 彼女らは誘拐事件には関わってないだろうから、今のところは監視を付けて別棟の宿舎に軟禁中である。


 何せ彼女らも、お母様信者だ。身近に勤めてる彼女らの目があるせいで、日々の演技が大変でねぇ。

 わたしの場合、悪役令嬢は演技だからさ。かといって少しでも本性出すと、怪訝な顔するし。 

 それも慣れたは慣れたけど、病気の時にまで疲れる事はしたくないのだ。



「食欲もありそうで、ようございました。姫様のお好きな、リンゴのすりおろしたのをお持ちしますからね」

「うん」

 頭を撫でるふっくらした優しい手。ああ、この手が大好きなんだよなぁ。

 わたしは子供のようにうふふと笑ってしまう。


「まあ、どうしましたか、いきなり笑ったりして」

「ばあやが側に居て嬉しいなーって」

「そうですか、わたくしも姫様のお世話が出来て嬉しゅうございますよ」

 そうしてにこにこと、二人で微笑みあう。


 そんな訳で、心底リラックスしたわたしは、次の日にはベッドから起き出して、部屋のティーテーブルでオートミールなんて食べちゃうぐらいに元気になれちゃったのだ。


 うん、やっぱり気を張らないで自然に過ごせるのはいいことだよね。

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