悪役令嬢、荒事に巻き込まれる。
わたしがため息と共に音を立て扇子を閉じると。
隣室から武装集団が、ダイニングルームの入り口から男性使用人が、双方雪崩を打つように突入してきた。
状況をすぐには理解出来なかったのだろう。
扉を開けたばかりの無頼漢は胴間声を上げ、手下に指示する。
「あの金髪の派手な女だ! 捕まえたらさっさとずらかる……ぞ!?」
そしてぎょっと目を剥いた。
それはまあ、驚いた事だろう。何せそこには、目的の人物である伯爵家の娘と。
同時にわたしを守るように、自分たちの方へと押し寄せる、男性使用人らと。
「衛兵ッ! あの者らを取り押さえよ!」
「ハッ!」
……そして、衛兵らの姿があったのだから。
衛兵へ号令を掛けたのは、執事の息子である上級使用人だ。いわば男性使用人のナンバーツーである。わたしの代には彼に家政を任せる事になるだろうから、未来の右腕候補ということにもなるね。
彼の声に続くよう、立派な武装に身を包んだ、衛兵らが、両開きの扉を押し広げて進入してくる。
鎧の擦れる、ガチャガチャとしたけたたましい音も、今は頼もしい限り。
屋敷の外でも、変化があった。
夕闇迫る中、篝火が焚かれ、衛兵等があちらこちらで声を張り上げている。
どうやら詰所にも連絡が届いたらしく、ならず者を外に出さぬよう、包囲を開始したようである。
「ああ……本当に、終わりが始まるのね」
とても残念です、お母様。
……さあ、お母様とのお別れの時だ。
「な、あのババア! 裏切りやがったか!?」
リーダー格が睨みつけるのは……上品な格好の上級使用人であるビネー婦人だ。
「そ、そんな……ちゃんと奥様の言いつけを守り、今日は女性使用人以外この部屋に、近づかないようにと言いましたのに……何故」
そのビネー婦人と言えば、わたしの合図に呼応し突入してきた使用人らの姿を信じられない様子で、ふらりとよろめき、呆然と呟く。
ならず者達は相当怒っているらしく、婦人を睨みながら、その軽い口でわたしに色々と情報をくれた。
「てめぇが、荷物を隣の駅舎まで運ぶ簡単な仕事だって言っただろうがっ!? 何が簡単な仕事だ、屋敷の連中は全員、その金髪女を追い払いたくってウザくって仕方ねぇ、ただの処分だから誰も構わねえ、すぐ済む仕事だと、言ってたじゃねぇかっ!」
男の胴間声を聞き、その内容に呆れる。
あらあら、リーダーさん、貴重な証言ありがとう。
万事上手くいく筈だった誘拐の手引き。
絶対の自信があったからこそ、婦人以下誘拐犯らは、今。
本来あらざる介入者の登場に、硬直してしまっていた。
その隙を突いて、衛兵らと腕に自信のある男性使用人らが、誘拐犯らの制圧を開始する。
分厚い筋肉に戦歴を語る傷跡、腕に覚えはあったのだろうリーダーの彼は、迫る衛兵に必死の抵抗をするけれど、四方から迫る槍と盾の檻に閉じこめられば、流石に無力だった。
そもそも、装備の質も違えば人数も違うんだから、力自慢でもどうにもならない場面だ。あちらは数を絞った潜入側、こちらは幾らでも呼び寄せられる訳で。
「ヒイイッ! な、何だよこれはよっ」
情けない声を上げ、隣室に駆け戻った手下らもまた、逃げ道を封鎖するよう別口から衛兵がやって来るから、逃げ場を失い立ち竦む。
これら全てが、僅かな時間の間に繰り広げられた。
「ご苦労様。ここに居る者らの処分は貴方達に任せます」
うんうん。わたしの合図をちゃんと理解して、十分な手勢を連れて来てくれたようだね、うちの使用人は優秀だ。
それにしても……お母様は何か勘違いしていると思う。
上位貴族に顔の広いお父様。
そのせいか、王侯貴族達に頼られ、王都のお仕事で家を空けがちだ。
その間、領地に残り家政を任されるお母様は、確かに屋敷内での影響力は高いものだけれど。
だからって全員、お母様の無理筋な命令を聞く訳がないよね?
ビネー婦人だって。
使用人の頂点として揃って並び立つ、お父様の忠臣の執事を見てきただろうに、何で彼が見て見ぬふりをすると思ったの?
ああ、やっぱりおかしい。何かが歪んでるよ。
これは、魔法のせいだろうか。早めにプリティに魔法の影響を聞き出さないと。
わたしはゆっくりと、大きく開いたダイニングルームの出入り口へと足を運びながら考える。
おそらく、当初の予定では……。
お父様贔屓の、男性使用人らを遠ざけ。
お母様派の女性使用人らでわたしを取り囲み。
プリティ、いえベリルの下座に座らせて、おのおのの溜飲を下げてから。
敬愛する奥様の心を傷つけたわたしを、隣に潜ませたならず者のグループにより屋敷から連れ去り。
好色な男爵に売り払い……。
そうして、幼女趣味の男爵の手で、わたしを……。
そんな手筈だったのだろう。
彼女らが信じるように、わたしが全ての使用人に嫌われていれば、それは成ったかも知れないね。
後はわたしが魔法少女で、荒事に慣れていた事も敗因の一つか。不良男のあの後では、大して驚く程の事でもないしねえ。
それに隣に潜めてた手勢は、わたしにとってはバレバレだったから、余裕で対応出来るし。
まあ、これはビネー婦人にとっては予想外にも程があるだろうけど……。
普通なら、たかが女の一人、荒事に慣れた男達が絡めば無力なものだ。わたしは手筈通りなら、使用人らへ合図を送り手勢を側に潜める間もなく、ならず者に拐かされた筈。
何せ、隣室までならず者を引き込む事は出来たんだんだしね。
……計画の半ばまでは、確かに上手くいっていたみたいだよ、お母様。
なんて考えつつ、優雅に歩いていると。
「お、奥様の敵めっ! 何で、お前が主の顔で衛兵を動かしているの……「傷物」 の癖に!!」
男性使用人に取り押さえられたメイドが、わたしを睨みそう言うけれど。
わたしはそちらをちらりとも見ずに、そのままドレスの裾を優雅に揺らして、余裕の態度で進む。
おかしな言葉に動揺なんてしない。
急いだり、焦った様子なんて見せないわ。貴族の娘として恥ずかしいもの。
それでも、こんなストレスの溜まるところに長居なんてしたくないからね。
さっさと部屋に帰るべし、帰るべし。
そんなわたしの横にプリティがやって来て、困惑したように声を掛ける。
「な、何だったのだ。あのならず者どもは、何故屋敷の中にいるのだ、ご主人」
「さあ、最近のお母様の考える事って、ぜんぜん分からないんだよねぇ、ほんと。訳なら本人に聞いたら? もう疲れたし、わたしは部屋に帰るよ」
わたしは彼だけに聞こえるように小声でそう返す。
「う、うむ……?」
突然の状況に困惑しきりといった様子で、しきりに首を傾げるプリティ。
それには構わず、わたしはただ出口へ向けて歩く。
そこに、甘えたような女達の声が上がった。
「べ、ベリル様ぁっ! わたくしグッラ家の者ですわ! あ、貴方様に忠誠を誓った健気なわたくしを、どうか助けて下さいませぇっ!」
「そう、そうですわぁ、グッラ家の若様! わたくし達を処分しては、貴方様が不利になるばかりですわ!」
「次代のアヴァリーティア当主として! どうかお情けを下さいませ!」
あらまあ。お父様派の者に捕まってるのに、割と余裕ね、メイド達ったら。
うーん、ここは、一応の念押しとして、言っておかないとならないのかな。彼女らは何故だか、お母様のお家乗っ取り成功を信じきってるようだし。
「……ところでベリル。この者らが言う通りなのですか? 貴方が、この名門アヴァリーティアの血を一滴も引かぬ、グッラ子爵家一門、つまりは外戚の貴方が……この家の跡取りなのですか?」
「ご、ご主人?」
わたしは困惑気味のプリティ、いやグッラ家のベリルを横目に見ながら続ける。
「外戚でありながら、そのようなおかしな事を考えているのならば、わたくしあなたを今すぐ外に放り出さねばなりません。勿論、冗談でしょうが……」
そもそも、お母様がわたしを粗末に扱うのは今が初めてではない。婚約破棄のその次の日から、わたしのわたしは分かりやすく彼女に辛く当たられていた。
なので、多忙のお父様との書簡の遣り取りの間に、わたしは一つ保険を貰っていたのだ。
「必要ならば、お父様から頂いた領主代理の権限にて……あなたを、アヴァリーティア家の敵を、排除せねばならないわ」
「え……」
「そんな……」
わたしの言葉に、動揺がその場に広がった。




