悪役令嬢、頭痛を堪える。
わたしがゆっくりとダイニングルームを歩む中、クスクスと嘲笑する娘達の姿に、わたしは大いに呆れ、それ以上に不快を覚える。
「ああ、早く消えてくれないかしら」
「本当、何様だっていうのかしら」
声を低めて、しかしわたしに言い聞かせるようにと、敵意を明らかとする彼女達の言葉は、それこそ何様だ。
主筋を主筋とも思わず、罵倒しあざ笑い。
顔も知らぬような新人使用人が、ここまでわたしを憎むとは、一体。彼女らにどんな事を話していたのだろうか。
……お母様は。
もう、傷つく事もないと思ってたけど、それなりに酷い気分だわ。
悪意ある言葉って、本当に心を汚染するものね。
さて。わたしはゆっくりと広いダイニングルームを巡りながら、考えを続ける。
わたしがここで彼の招きの通りに座ったら?
わたしが彼よりも下位であると認めたと、そう取る事も出来る。
……つまり、わたしの顔も見たくないお母様は、可愛い「息子」 の家中での地位をを押し上げる為に……。
この席を用意した。
まあ、そんな事でいいのだろうか。
ただ、その程度でお父様がわたしから次期領主の指名を移動させる訳もないし、てんで意味のない事なんだけれど。
そんな事、分かってる筈なのに……一体何のつもり……。
「……ッ!?」
その時、魔法少女で鳴らした感覚が、警鐘をあげる。
わたしが受け取ったのは、多数の人が潜む気配だ。十人までとはいかないが、それなりの人数。僅かに金属の擦れる音がするあたり、その者らは武器を帯びているだろうと思われる。
わたしはあえてゆったりと歩調を落とし、無礼な態度のメイドを睨むふりなどして……。
扇子を広げ表情を隠してから、視線のみをそちらに向けた。
そこには、晩餐に招待された貴族の使用人らが留まる為の続きの間の扉がある。
今日は晩餐に招待した貴族など居ないのだから、そこに人の気配があるなど、おかしな話。
では、本来暴露するべきでない情報をあそこまで姦しく話したのも、拐かしの人員が用意されているからだったと?
だとしたら。
「本当に、終わりね。お母様は……」
例えわたし一人を葬ったとしても、それでこの伯爵家がどうにかなる話なんて、それこそ夢物語だし。
わたしはゆっくりと大きなダイニングテーブルの周りを歩く。
この場にいるメイドらは、隣に潜む怪しい人間達といい、何らかの使命を負ってこの場にいるのよ、ね。
もともと、女性使用人については、ビネー婦人の影響が大きい。
ああ、ちなみに、ビネー婦人はお母様が実家から連れてきた人間なの。そういう意味でも完全なお母様派で、仮にグッラ派とやらがあるとして……グッラ派筆頭と言える存在なのだろうと思う。
お父様派筆頭が、先ほど相談したあの執事で、言わばアヴァリーティア派筆頭。彼らは男性使用人達に影響をもつわ。
で。
今日はなぜか、普段なら男女入り交じる料理のサービス係りが、女性しかいないの。
完全にハメられた感じねぇ。まあ、本当の本当にわたしを売るつもりなら、わたしはわたしの全力で抵抗するけどね。
惜しみなく、それこそ魔法少女の力を使ってでも。
……ただ、どうしても。
解せないのよね。
こんな小細工をあの切れ者なお母様がやるだなんて、どういうこと。
他の者なら別として、あのお母様が、幾らお父様と不仲とはいえ、主筋の娘を拐かして売るなんて足の付きやすい方法を取るものかしら?
幾らお母様の高名があったとしても、お父様とやりあって無傷とはいかないわよ?
少なくとも、お母様の実家は名実ともに相当なダメージを食らう筈。最悪、爵位すら取り上げられるかも知れない程に。
……あるいは、それも覚悟の上なの?
わたしは、広げた扇子の裏で唇を噛む。
「あなたはどこまで狂ってしまわれたの、お母様……」
わたしが丘へ逃げた数時間で、何か出来るとは思えなかったし、直属の部下を使って家中で騒ぎを起こされてはと、そう思ってお父様に連絡を付けては置いたけど。
思った以上に張り切ったわね、とても状況は悪いわ。
今にも動きだしそうな隣の部屋の武装集団と、わたしを囲むメイド。
包囲網の、築かれた後のことは。
思い当たるところは一つしかないのよ、最悪よ。
……本当に、たった一人しか居ないアヴァリーティア伯爵家の娘を売るおつもりなのね、お母様。
わたしは、ようやくひと巡り。
ダイニングルームを、ぐるりと周りきっては、いまだ主の席に座るプリティに冷たい視線を向ける。
「ご、いやバーバラ姉上……?」
わたしの凍った視線に、プリティは怯む。
まあ、彼がこの席に座ってる事自体は、別にどうでもいいの。
そこは怒ってない。
彼は世情に疎いマスコット、いえ天界の生き物だし。
ずっとぬいぐるみ生活続けてた訳だし、マナーなんて知らないのだろうから、多くは望まないわ。
多分、わたしが彼より下の席に着く意味も分からず、ただわたしと一緒にご飯をと聞いて、案内された席に着いただけの事だろう。
だからわたしが聞くのは、目下の一番の疑問。
「ねえ、ベリル。お聞きするけれど、あなたまだあの「いたずら」 をやめていなかったの?」
じっとりと睨んでやると、真っ青になりながら彼はふわふわのピンクブロンド頭を振る。
勿論、「いたずら」 とはお母様や家の者らに掛けた「よい子になーる」 魔法のことよ。
意味に気づき、激しく首を振る彼の様子からして、確かに魔法は解いたみたいだけれど。
……そう、魔法は解いたの。
じゃあ、何でこんな茶番をお母様は続けてるのかしらね?
こんな、無意味な事を。
あら、何だか本当に熱が上がってきた気がするわ。
心労が祟ったかしら……。
わたしは額を押さえて思わずため息を吐く。するとビクッと、プリティが震えた。
いいようの無い不安と不快を覚えつつ、わたしは更に聞く。
「ところで、あなた。この席順に何か感じるところはないのかしら?」
わたしは当然、立ったまま。
末席に用意された椅子には座らずに言う。
「む? 我はお誕生日席であるな。ご主、バーバラ姉上は……むむ?」
お誕生日席って。
なんなのその気の抜ける言葉は。神様は本気でこの使い魔におかしな言葉を教え過ぎだよ。
自分が上座に当たる席にいる事に、彼はようやく疑問を持ったらしい。
「うむ……むう?」
わたしに用意された席……下座にあたる席を見て、赤い目をぱちぱちと瞬かせている。
わたしはこみ上げる不快を何とか押し殺しながら、お母様によく似た悪役顔で、冷酷な笑みを浮かべながら。当人曰くお誕生日席に座ったプリティを見下ろす。傍目には、大変恐ろしい笑顔であったろう。
――その裏で。何故お母様は、存在しない「妹の子」 を、わがアヴァリーティアに据えるだなんて妄想を、続けるのかしら、と。
そう考えていた。
「わたくし、おかしな物を見せられて、気分が悪くなってしまったわ。部屋に帰ります」
そう言って、踵を返すその合間にも。
考え続けていた。
……まさか。
わたしを嫌い過ぎて、都合のいい妄想の産物……代用できそうな年頃の少年の存在を、信じ続けることにしたなんて事は……流石に、ないわよね?
後で、魔法の悪影響が本当に無かったのかプリティに聞いてみなきゃならないわ。
明らかに状況がおかしすぎるし。
「……いいえ、貴方がお帰りになるのは、グリード男爵様の家ですわ、グリード男爵夫人バーバラ様」
そう言って、わたしの前に立ちはだかったのは……。
満面に喜色を浮かべたビネー婦人と、メイド達。
そのタイミングを見計らい、メイドの一人が扉を開け、隣室からは戦闘集団が飛び出してきた。
「こやつら、頭がおかしいのか!? ご主人が男爵婦人だと? 大体そのグリードとやらは誰だ!!」
わたしの隣で叫ぶプリティ。うん、今はそれどころじゃないからね?
「ああ……最悪」
呟きと共に扇子を閉じる音が明瞭に響く。
メイドらが封鎖したダイニングルームの扉を押し開け、男性使用人らが突入してくる。
想像上最悪の展開が、目の前で繰り広げられる事となりそうだ。




