悪役令嬢、ベッドで飛び起きる。
目を開けると、見慣れた天蓋が見えた。
わたしはふかふかのベッドに寝かされているようだった。
「……!?」
わたしは状況を理解出来ず、ベッドから跳ね起きた。
その勢いでベッドから降りて、室内履きを突っかける。
遮光性の高いカーテンで覆われた窓、蝋燭も灯さない寝室は薄暗い。
だが、窓の外から僅かに漏れる光からして、夜にはなっていないのだろう。
勢いよくカーテンを引く。
「まぶし……」
わたしは光に目を細める。
空は夕日に赤く染まっていた。
部屋で寝ているのはいいけれど、前後の記憶が繋がらない。
「ええと、確か……」
お母様がわたしをいらないって言ってるのを聞いて。
悲しくて逃げて。
丘の上に行って、プリティと話してたら……不良男に踏まれて。
死にそうになったとこに、ドエースが来て……。
「…………ッ!!」
わたしは危うく悲鳴を上げそうになった。
そうだった。あこがれの人の腕に抱かれて。
しかも暴漢に襲われたのか、その人のシャツの前は開いてて。
……ってことを意識したら、あまりの状況に、わたし気絶しちゃったんだっけ。
「ほんと一日で、色々あり過ぎだよ……」
わたしは二階の自室から夕日を眺めつつ、ため息を吐いた。
「お嬢様? お目覚めになられましたか」
専属メイドがノックと共に声を掛けてくる。
「ええ、起きたわ。入ってきていいわよ」
「失礼致します」
晩餐の時間が近いからか、派手な色のドレスを用意したメイドが部屋に入ってくる。
「……ところでわたくしはどのくらい寝ていたのかしら」
まさか、丸一日寝ていたなんて事はないわよね?
「ベリル様とのお庭のお散歩中に、体調を崩されたお嬢様を送ってきて頂いてから、ですから……そうですね、数時間程度お休みになられていたようですね」
今日はそういう設定なのね、手堅い内容だわ。
「そう。ところで、ちょっと執事に相談があるのだけれど……」
寝間着から着替えさせようと動きはじめるメイドへ、わたしはそう声を掛ける。
うっかり気絶してる暇なんてないのに、わたしったら本当にだめね。
お母様の事を何とかしないと。
「では、お夕食の後に、」
「いえ、出来れば前にして欲しいわ。お父様へ連絡があるの」
逸る気持ちを抑えて、飽くまで上位の者らしい態度で申しつける。
「そうでございますか、ではそのように」
話が終わると、メイドはドレス係の助っ人メイドに執事への連絡を頼み、わたしへの着付けを再開する。
まあ、晩餐用とはいえパーティドレス程に人手のいるものでなし、背中のボタンが難敵なだけですものね。手伝いの手が減っても、問題はないわけ。
わたしは手を上げ下げして着付けられ、鏡台の前に座って大人しくヘアセットを頼み、続き間の居間へと足を運ぶ。
果たして、長いすの上のベッド代わりの籠には、白くて丸い物体はない。
……またプリティの姿が見えないのだけれど。
何かしら、悪い予感がするわ。
支度が終わったわたしは、深紅のドレスの裾を捌いて一階の居間へと急ぐ。
早足で居間の入り口まで辿り着くと……。
「お呼びとお聞き致しました。お先にお入り下さいませ」
ロマンスグレーなおじさま執事が、丁度到着したようだった。
執事と共に居間に入り、豪華なソファセットに座ったわたしは、単刀直入に用件を告げる。
「お父様に早馬を出して頂戴」
執事は怪訝とした顔をする。
お父様の預かる領地は、王都の目と鼻の先で、辻馬車でも二日程度で辿り着ける程の距離だ。
それなのに、わざわざ早馬を出せというのが大げさに感じたのだろう。
「早馬とは、どのような用件で……」
「わたくしの代用品を見つけたお母様は、己が親戚筋から子を貰い受け、わたくしという名の家財を金満家に売りつけてしまわれるようです――と言えば、平和な頭の貴方にも、緊急性が分かるかしら」
哀れな、親に売られそうな娘でなく。
貴族の娘として。
わたしは、わざとのように高慢な態度で執事に言った。
「――ッ!! それは、誠でございますか」
執事である彼は、お母様派でなくお父様派であるとはっきりしている。
わたしは無駄を省いて直裁に言う。
「お母様の妹の子、と言ってたかしら。『彼』 自身にその気はなくとも、名門アヴァリーティアの血を一滴も引いていない他家の者がこの家を牛耳るなど……わたくし辛抱なりません」
彼は真剣な顔で頷く。
執事のこの男性は、古くからわが家に使える生粋のアヴァリーティア派であり、お父様の右腕だ。
頭の中では、冷徹な計算が行われているだろう。
わたしを売って利益を出し、お母様へ尻尾を振って、新しい主の下で繁栄する未来と。
わたしが家を継ぎその子を主として、血統を守る未来。
どちらがよりよい未来か、と。
彼の灰色がかった青い目がわたしを射抜くように見つめる。
――覚悟を決めたように、彼は言った。
「私めは、アヴァリーティアの臣。余所の血など主と仰げません」
「失礼ながら此度の件の代筆をさせて頂きます。お嬢様の用箋は……」
焦ったような彼の顔は珍しい。
おもしろいものを見たと思いながら、わたしは答える。
「いつもの、わたくしの執務室にある筈です。鍵は貴方が持っているでしょう? 緊急時です、急ぎましょう」
館の全マスターキーは、お父様の右腕である彼が管理している。
かといって、主の目のないところで、主筋の娘の私物を扱う訳にもいかないので、わたしが一緒に赴き、監督につくのだ。
「有り難うございます。では、ご一緒頂きます」
わたし達は連れだって、二階の執務室へと急いだ。
「すぐにでも信頼の置ける者に手紙を届けさせます。お嬢様は安心してお待ち下さい」
初老の男性とは思えないようなきびきびした動きで、彼は広い屋敷内を横切り、玄関へと向かう。
その背にわたしは声を掛けた。
「ええ、貴方の正しい判断をわたくしは決して忘れないわ」
お母様が敵に回った以上、わたしが真に信頼出来る者は少ない。
彼は、わたしの生命線だ。
「これからも、期待しています」
「光栄に存じます」
彼は振り向き、わたしに主へ向ける最敬礼を取ってから、また早足で玄関へと歩いていった。
……はあ。
ひとまずは、わたしが出来る事をしたよ。後はプリティを捕まえて、お母様から順に、魔法を解かせないとなぁ。
しかしほんと、あのまんまる生物は一体何処に行ったんだろう?
なんて思いながら、夕飯に向かったら。
晩餐の席には、プリティがいた。
……つまり、わたしの従兄弟のベリルこと、天使のような少年の席が、長い長いダイニングテーブルに用意されていたのだ!!
それも、わたしよりも上座の席にな!!
お母様の姿が見えないのは、まだ痛むわたしの心の安定にいい事だけど……。この席順はいけない。
屋敷内の者にはプリティの方が後継者に見られてる、ってことだもん!
わたしは一見優雅に足を運びつつ、しかし背には冷や汗を流していた。昼間より、影響力増してるじゃないのよ!?
……まだ、昼間の惨劇から間もないのに、懲りてないのかな?
わたしは、変態親父に大金で叩かれドナドナされるのかな!?
「ご主じ……いや、バーバラ姉上! 腹が減ったであろう、一緒に食べようではないか!」
にっこり笑顔はかわいいけど、それどころじゃないって、この魔王系マスコットはまだ分かっていないようだ。
天界の生き物だし、地上の世情にうといのも分かるけど、本気でいい加減にして欲しい!!




