悪役令嬢、丘で風に吹かれる。
丘の上で風に吹かれて。
「よりにもよって、何故あやつなのだ! 最低だ、最悪だ!」
頭を抱えて大げさに嘆くプリティと。
それを前にして、何とも言い難い気分のわたし。
好きとか嫌いとか。惚れたの惚れないのとか。
わたしは、まだあのショックが続いてるし、そんな気分じゃないのに、なぁ。
「…………はぁ。ドエースとわたしがどうとかは今はいいから、プリティは落ち着いて。とにかく、まあ座ろう。はい深呼吸ー」
プリティの肩を掴んで、わたしは強制的に彼を草原に座らせる。
その目の前に、わたしも膝を抱えて座って。
「彼にはさ、確かに会いたいけど。だって励ましてくれるのも優しくしてくれるのも、彼なんだもの。くじけた時に頼っても仕方ないよね」
「ご主人!」
赤い目を見張り叫ぶプリティのふわふわ頭をあやすよう撫でながら、わたしは小さく首を振る。
「はいはい、興奮しない。続きがあるから、まあ聞いて」
わたしは、プリティに向かってか、自分に対してか、わからないけど。
ぽつぽつと、頭の中を整理するように、口に出してみる。
「たださ、プリティも会いたいだけで、好きと決めつけるとかちょっと強引じゃない? だって、わたしは傷物でも嫌われてても、貴族の娘で……お父様の決めた相手と結婚する事が決まってて」
そのたびに、プリティのかわいらしい顔は曇っていって。
わたしはまた空笑いを浮かべて、自分を、嘲笑う。
「貴族の娘にさ、選ぶ権利なんてないんだよ、そもそも。ドレスの一着だってまともに着れない、お金の払い方、料理の仕方ひとつ知らないわたしが市井で独りで生きるなんて無理だし」
ガスレンジもホットプレートもないこの世界で、料理?
考えるだけでぞっとする。
薪に火を点ける事すらままならないわたしが、かまどや薪オーブンでの調理など、焦がすか生煮えかのニ択しか思い浮かばない。
だいたい、火加減とかどうやれっていうのよ?
ああ、淑女のたしなみとして手芸ぐらいは出来るから、どこかの工房に住まわせて貰えるなら何とかなる可能性はあるか。
これでも、レース編みは得意なんですよ?
旦那様の持ち物にお家の家紋の縫い取りをして差し出すのは、妻の役割ってもんですし。
それでも、朝晩の食事や衣服の着替えに、人の世話になるしかないけれどね。
「本当ね、誰の手も借りずに一日だって過ごせないのよ? わたしは。面倒な女なの」
わたし付きのメイドですら似たようなものだと思う。
彼女らもまた良家の娘で、かまどの煮炊き番などした事のない存在だ。
多くの人達の手が掛けられ、貴種として育てられたわたしという存在は。
……非常に手の掛かる、綺麗なだけのお人形なのである。
「こんなわたしがさ、自由恋愛なんて無理なの。だから何ともならないって」
わたし本人ですら思うんだもの。
半日たりとて、独りでいられるとは思えないなって。
本当に、わたしというものはてんで無力である。
「ご主人……」
くしゃりと、かわいらしい顔を歪める美少年の頭を撫でながら、草原の上でわたしは彼に笑いかける。
「泣きたいのはこっちの方だよ、プリティは反省してよね? 前にも止めたよね、家の中が混乱するよって。なんでお母様に「よい子になーる」 を使ったの」
「ご、主人と、お屋敷でもい、つも、一緒に……」
ひくひくと喉をひきつらせる、かわいくて可哀想な彼。
真っ白なドレススーツが汚れるのも気にせず、赤い目の目元をさらに赤くさせて、少年姿のプリティは涙目で言う。
でも、悲しくてつらい目に遭わせられたわたしの身にもなって欲しいのだ。
「それは、分かったけど。いつものぬいぐるみ姿でだって、今までは問題なかったじゃない? お母様が鬼の霍乱で本気でわたしをよそに売ったら、お母様の実家があなたを担ぎ出したら、まじめにお家騒動が起こっちゃうんだけど。今まではお父様とお母様で繋がってた派閥が、真っ二つね」
お父様とお母様は、それぞれに裏にも表にも信者を持っていらっしゃる立派なカリスマでいらっしゃるから、これがヘタな冗談でないのが笑えてくる。
裏でも表でも有名な我が家の、その中核たる存在がわたしの両親だ。
男性貴族界のドンと、女性貴族界の華が大喧嘩?
いやな未来しか考えられないんだけれど。
かろうじてわたしという子どもで繋がってた二つの派閥の衝突とかね。これは、社交界も派手な賑わいを見せるんじゃないかしら。
「そ、れは……申し訳、なく、思っている」
「まあ、そんなつもりでやったんじゃないとは知ってるけど。あの人とわたしは、本当に駄目なんだよ、もう最初からどうにもならないくらいに、駄目なの」
「ご……しゅじんっ」
「ほらほら、男の子でしょ、泣かないの。でもまあ、立派な親戚の男子なんて見つけたら、娘と取り替えるくらい、お母様には簡単な事なの。年回りがいい子がいなかったから仕方なしにわたしと取りおいてたぐらい、あの人にとってわたしは……」
とうとう大きな赤い目から、ぼろぼろと涙を零しはじめたプリティ。わたしはそのふわふわ頭を撫でる。
分かってる。
本当にこの魔王系マスコット様はわたしの事が大事だって。
でも、彼女にとっては……。
虚しい笑いが、こみ上げてくる。
「わたしは、いらない子、なの」
……ああ、なんてわたしの存在は、お母様にとって軽いものなのだろうかと、しみじみと思う。
だからだ、それだからいけない。
『君にはそんな顔は似合わないよ』
そう言って、彼に優しく笑って欲しくなる。
無駄に高いわたしの矜持を煽って見せたり、わたしの乙女心をくすぐって。
いつものように都合よく、驚く程に上手に弱ったわたしを上向かせてくれるあの人に、会いたくなるの。
ドエースでも、アウルムでも、ねえどっちでもいいから。
こんな時こそ、来てよね……いつもみたいに、簡単にわたしを操って、こんないやな気持ちを吹き飛ばして欲しいのよ。
……心の底から、会いたいよ、あなたに。




