悪役令嬢、現実から逃げ出す。
「あはは……わたしって結構、お母様の事好きだったんだなぁ」
魔法のステッキに横座りし、空を飛びながらわたしはむなしい笑い声を上げた。
見下ろせば、お父様の預かる領地……現世のわたしの故郷の風景が広がっている。
のどかな田園風景だ。
高台にはご領主様……お父様のもつ壮麗な館があり、敷石がきちんと並んだ広い道が整備されている。
田舎だけれど良い土地だ。
いつかは、わたしが継ぐはずの……土地だった。
逃げたってしょうがない。
それは分かってる。
お母様が勝手をする前に、速やかにお父様に連絡して無謀な行為を止めねばならない。
プリティがどこまで、自分の居場所作りの為に「いい子になーる」 を使ったか分からない以上、混乱を避ける為にも早期に解決すべき。
それが正しい、分かってはいる。
でも、今は無理だ。
今、だけは……。
「誰か……助けてよ」
嗚咽に途切れ途切れになる声を紡ぐ。
でも、ひとりぼっちのわたしを救ってくれるわけがない。
「なんて……無理だよね」
だって、天下の悪役令嬢だもの。
フラれ女で、女性貴族社会でも、鼻つまみもので。
母にすら嫌われる女、だもの。
「あはは、本当にわたしって……何なんだろ」
我ながら笑っちゃう!
何のために貴族らしく過ごしてきたのかしら。
何の為に!
高慢で派手で嫌みな。
お母様そっくりの貴族の女を、気取ってきたのか!!
恨みがましく思っても、意味などないと。
分かっているけど、切なくて。
「あぁなんだ、わたしって意外に……好きだったんだ」
お母様のことが。
顔も忘れがちなお父様より、放任気味でも側にいるお母様の方が、わたしにはより身近な存在だったようだ。
「なんだなんだ、意外だなぁ……!!」
空笑いが勝手に浮かんで。嗚咽に絡んでおかしな風になる。
それがよけいに、笑いを誘った。
わたしは魔法を解いて、昼用のドレス姿で木の根本に座り込んでいた。
そこは、のどかな町を見下ろせる丘の上。
一度だけ、家族三人で遊びに来た事のある場所だ。
召使いらが馬車一台分の荷物を広げて、草原の上にカーペットを広げ、椅子や机を並べて始める、それは大仰なピクニック。
お父様は誇らしげに、自分の領地のことを語って。
お母様はそれを笑顔で聞いていて。
ちいさかったわたしは、両親が楽しそうだからと、わけも分からないままにこにこと笑っていた。
「あの頃は……幸せだったなぁ」
まだ、わたしがこの世界が創作世界と知っておらず。
お母様もまだ、放置気味ではあったけれど、言葉の意味もわからぬ子を相手に暴言など言ったりはしなかったし。
ああ、そうとても平和だった。
平和、だったからこそ。
来ればきっと辛いと分かっていても、わたしはこの場所に来てしまった。
「わたしが自然が好きな理由も……この丘の記憶のせいだったのかな」
三つ子の魂なんとやら。
幼い頃の記憶が、自分の好きなものまで決めてしまうのだから、因果なものだ。
わたしの好きなもの。
わたしの好きな食べ物。
わたしの好きな友人。
わたしの……好き、な。
好き、だった人。
「ぜぇーんぶ、現世のものじゃない。過去なんてどこにいったのやら」
今のわたしを形作るのは、生まれ直してからの人生そのものだ。
だからこそ。
「辛い、なぁ……い、らない……なんて」
お母様にとってわたしは、なかった事にしたいぐらいに、プリティ、いや「妹の子」 ベリルを我が子としてまでも、いらない子と言われたのは……。
「悲しい、なぁ」
「そんな悲しい事を、独りで言うものではない」
ぽつりとつぶやいたわたしに、そう声を掛けるのは……。
「ドエース……!」
あのどこか気だるげな、けれど優しい眼差しでわたしを見るあの人であって欲しい。
そう願い振り返った先にあったのは。
ピンクブロンドのふわふわな髪を風になびかせる、天使のような白い少年だった。
「……やはり、ご主人は辛い時には、あの者に助けを求めるのか」
姿に似合わぬ渋い声で、少年は苦い笑みを浮かべる。
「プリティ……ごめん。でも、今はわたしに近づかない方がいいよ」
「何故?」
「だって……あなたが悪くないって分かってても、わたし絶対、プリティに八つ当たりする」
あの、薔薇の生け垣の前で見た光景。
母に誉められる姿。
母に可愛がられる姿。
かつてわたしが欲しくて、与えられなかったものを全部、さらっていったプリティを、どうしてもわたしは憎く感じてしまう。
「ずるいって、いやだって、わたしが、お母様の子供なのにって……!」
それは醜く罵って、プリティを困らせることだろう。
それじゃあ、わたしはとことん愚かな人間になってしまうから。
「ご主人……我には、弱音は吐けないか」
「無理だよ。プリティはなんにも悪くないんだもん」
「悪くはなくとも、我のせいでご主人は気分を悪くした。聞かなくても良い事を聞いた……」
しょんぼりと肩を落とす姿は、可愛くて可哀想で。
だから、わたしはよけいに意地を張る。
「いいの。お母様とわたしの折り合いがつかないのはいつものこと。わたしは、べつに平気」
わたしの空笑いが、むなしく丘の上に響く。
「ご主人、我では駄目なのか? 我では、支えられぬのか!?」
必死のプリティの声はわたしに届くけど。
だってあなたは、望まれて。
だってあなたは、お母様が欲しかった、男の子で。
だからわたしは、木の根本で、虚ろに笑いながら、こうとしか言えない。
「ごめんね……」
「……だがっ、どう願っても、あいつはこない! あの男は、もう……!!」
叫んだ途端に、しまったと言うようにプリティは口元を覆った。
「プリティ、あなた、なにを知っているの? ドエースが……アウルムが、消えた理由を知っているの?」
わたしはふらりと立ち上がった。
少年に駆け寄り、だんまりを決めた少年の肩を掴んで揺さぶる。
「あの人はどこなの!」
「それは言えぬ! ご主人は分からぬままで良い! あの男とは二度と会わせぬ!!」
まるで、わたしがドエースに会ったら何かあるみたいなことを言う。
わたしはまた、ムカムカがよみがえってきた。
「あーっ! もうムカつく! だいたい!! わたしがプリティを捜してた理由だってそれじゃないの!」
そうだ、そうだった。
お母様のあの言葉がショック過ぎて忘れてたけど、わたしがプリティを捜してた理由は別だったのだ。
「わたしがドエースに会ってなにが悪いの!? わたしは魔法少女で! あいつは悪の結社の幹部で! 騙された恋してるとか、周りでくっつけようとしてるのがおかしくて!!」
そう、プリティが悪いのだ。
友人達まで動員してわたしがドエースにこ、こ、恋してるとかそういう事にしようとするからおかしくなるのであって!!
「ご主人……まだそんな事を言っていたのか」
「何でそこであきれた顔をするのよ! だいたいプリティが悪いんでしょ! ビッチーナも、あの不良っぽい男も、みんな思わせぶりな事言うからよけいにわたしが気になるんだよ!? ドエースに会いたく……なんか……」
ない、なんて。
今でもあの優しくてけだるげな声で励まして貰いたいわたしには。
嘘でも言えない……けれど。
「ああ、やはり……最悪ではないか!! よりにもよってご主人が、あの結社の者に懸想するなど!!」
頭を抱える天使のような美少年の肩を掴んだまま。
「だから、ちがうってば」
これは恋じゃない。でも、会いたい。
明確な答えを出せないわたしは、プリティのふわふわ頭を眺めながら、途方に暮れた。




