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悪役令嬢、庭に足を運ぶ。

 わたしは、プリティを捜す。

 主には苦情を言う為に、だ。




 昨日の大暴走……友人らへないことないことを言うあの様子を見たのもあって、一抹の不安があった。

 前々からどうにも、奴は家の中で自由に過ごせない事に不満を持っていたからだ。

 いわく、『ご主人の忠実な使い魔の我が、ご主人の根城にて、コソコソしているなどおかしいではないか』 だそうで。

 そう言われても、白くてまるいぬいぐるみが二足歩行で歩いてるとか、単純に恐怖でしかないし。ゼンマイ人形って言い張るにも、文楽人形みたいな精巧なのはこの世界にはないし、動く無機物ってだけで拒否反応酷そうだ。第一ね、この世界は魔法が、遥か昔に廃れてるんだよ?

 そして、昨日のお茶会のとき。

 ……友人に従兄弟呼ばわりされて、妙にうれしそうだったんだよね。わたしの従兄弟に収まろうと、根回しするのはいかにもな感じだ。未成年の、分家の子が本家で幹部候補の修行とか、よくある事だし。

 何より、便利な呪文、『みんないい子になーる』 がある以上、奴が本気になったら奴を止められないという事実が恐ろしい。


 まあ、つまり。

 我が家のメイドとかが、危機なんだよね、うん。あの口八丁で操られちゃうかもなのだ。


 そんなわけで、わたしは家中を駆けめぐる訳だけれど。

 あ、一応、お嬢様らしくドレスの裾を乱さぬ程度の早足で、だよ?

 でもまあ、日頃無駄に鍛えちゃってるわたしの健脚が、またしてもメイドを突き放してしまう訳だ。


「あ、いけないいけない」

 でもまあ、いいか。

 貴族の娘らしくないだ、はしたないだなどと。

 ……お怒りになる方は、もういないんだもの。




 わたしは何となく、中庭に足を踏み入れる。

 きれいな緑の芝に、季節花が植えられた前庭は、いつもの通りどこまでも整いきっている。


 ……別に、ドエースが現れないかなんて、そんな事は思ってないよ。

 困った時に悪の幹部に助けを求める魔法少女なんて、そんなのおかしいじゃない。

 都合よく、ヒーローみたいに、わたしを励ましてくれる訳なんて、ないじゃない。


 今までがおかしかったんだよね……。

 ふっと自嘲の笑みが漏れる。


 でも思わず、わたしの目は広い庭のあちこちへと向いてしまって。


 こんな事を思い出すのも、プリティのせいじゃない?

 悪い男だ離れろだ言うからだよ?

 誓ってわたしは、敵である彼の事なんて……。

 なんとも……。


 ううん、本当は期待してるんだ。

 この緑の美しい場所ならって。

 見慣れない金の髪の、お仕着せ姿の青年が、『どうしたの、また泣きそうな顔をして』 ……そう言って目元を優しく撫でてくれるんじゃないかと。


 ――もう随分と会えていない気がする、あのどこか気だるげで、それでいて優しい声を、捜してしまっていた。




 そんな、感傷に浸っていた時の事である。


 ――華やかな大輪の薔薇のような人の声を、聞いた。

 その人は、続柄として実母。今は誰よりも遠い人間の、華やいだ声であった。



「まあ、わたくしの可愛いベリルは優秀なのね! どこかの役立たずと違って、本当に素晴らしいこと」

 それは薔薇の垣根の前。

 わざわざ外で茶を喫する為に担ぎ出したものか、ひと揃いの白いテーブルセットが並べられたその場所でで、美しい婦人と美しい少年が、肩を並べるようにして座っている。


 見たこともないような美しい笑顔を浮かべて明るく笑って、少年の頬を撫でる母の姿と、困惑を隠せないひきつった笑みの赤い瞳の少年。

 二人の空気はとんでもない落差であるが、その時どうしようもなく動揺していたわたしには、それすらも分からなかった。


「どうして、お母様……そんな笑顔を、わたしが知らない顔を、よその子に向けるの? なんで?」

 わたしはかすれた小さな声で、それをつぶやくのが、やっとで。




 その間も、お茶会は続いている。

 お気に入りの上級使用人すら下げ、手ずから茶を淹れ、菓子を取り。

 何くれとなく白い少年に尽くす母の姿は……。

 実の娘であるわたしですら、見たこともない姿であり。


「ベリルはなにが好きなの? 貴男のお母様が取って差し上げるわ、何でもお言いなさい」

「お、叔母様。落ち着くのだ。我は主じ……バーバラ姉上と代わるものではな、」


 誰がどう見ても子煩悩な親の、やりすぎる程の可愛がりの光景に見えて。


「もっと早くにあなたを呼べば良かったのよね。やはり、女は駄目よ。家の事だって、従兄弟の殿方が継げばいいだけでしたのに……本当に賢しいばかりで、わたくしの顔に泥を塗って」

 そこで彼女はきつい顔の眉間に、深いしわを寄せ。

「早く片づけてしまいたいわ、あんな傷物の家具(むすめ)など」

 そう、吐き捨てる。


「な、なんと言う事を……」

 肩を抱かれるようにして横に座る、ピンクブロンドの華奢な白い少年は、しきりに頭を振っているようだけど。

「いいのよ、わたくしの可愛い息子。あら、弟の子? 妹の子だったかしら? でもいいわよね、養子として貰ったのだから、貴男はわたくしの子よね?

 毎朝毎晩に鏡の中に見る険のある顔だちの美女は優しく彼に微笑み掛けるばかり。


 プリティの術のせいか、はたまた彼女の願望のせいか。

 目の前の天使のような男の子は、彼女の息子として、ここに「在る」 となったようだ。


 母は。

 身代わりを作る程に……。


 それほどまでにわたしが憎かった?


「まあかわいそうに、真っ青になって。いいのよ、大丈夫、胸を張りなさい。家具(むすめ)の事はきちんと、わたくしの友人の品格ある方に引き取って(しょぶんして)貰うから」

「主人の父上、いや、叔父上がそんな事を許すものか! あの方は苦心して主じ、バーバラ姉上に立派な婿をと!」


 続けて飛び出るのはわたしの、傷物の家具の処分計画。

「あら、やあね。旦那様とて、かの方の資産の前には家具(むすめ)などどうでもよくなるでしょう。とても高く買ってくださるのよ。それに立派な跡継ぎが……貴男がいるのに、ねぇ?」


 喉の奥が干からびて、目の奥が熱くて。


「傷物に家を継がせるなんてと、わたくしの父も母も前々から不安に思っていたもの。『わたくしの妹の子』 である貴男を支援してくれる家門の者は多いわ。おびえなくてもいいのよ?」

 白い少年はとうとう悲鳴を上げる。


「我はそんなものではない! わ、我はただ、この家で居場所をと思っていただけだ、ご主人の隣にいつも居たいから! 何なのだ、貴男は!? どうしてそこまで我の主人を、憎むのだ!」


 わたしもまた、庭から……わたしを憎む者から、逃げ出した。


 その背に、投げられるように言葉が続く。


「あらだって、あの子はわたくしに泥を塗るし、それに男子ではないじゃない。はじめから女などいらなかったの。わたくしは、男の君しかいらないかったのよ」


 ……正直、その後の事は余りはっきりと覚えて、いない。

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