悪役令嬢、頭を抱える
気の置けない友人達との楽しいお茶会。
その翌日に、わたしは鏡台の前でメイド達に朝の身支度を整えて貰いながら、内心頭を抱えていた。
昨日は本当に酷かった……。
どうしてあんな流れになったのだか、今でも意味が分からない。
だって、だってだよ?
ほぼ一年ぶりに、大好きな友人達と、大好きなお菓子やお茶をお供に語り尽くせると思ってたのに。
現実は、浮気性の旦那に困ってる奥様方の集まりみたいな、愚痴ばかりが飛び出して。
まあ、いい。そこはね。友人達が話すことでストレス解消出来るなら、それはそれでいいのだ。
問題はそこではなく。
愚痴を聞いていたはずが、なぜかわたしの恋バナに話が移行するとか。
ほんと意味が分からないんですけど。
それ、間違いだよ、違うんだよって言っても、彼女達は話を聞いてくれないし!!
そのうえで、白の王子だのと称されるプリティ(大) が、颯爽と現れ。
何故だか慣れた様子で社交を決めて。
そりゃあね、パワーアップで大きくなった時点で、いずれは誤魔化しきれなくなるだろうからって、適当な背景とか二人で作ってはみたけど。
あそこで出てくる必要はなかったと思うんだけど!?
しかも、銀の騎士? ドエースに至っては、どう丸め込まれたのか分からないけれど、プリティによってわたしを騙す悪い男にされちゃってさ。
みんなそれを信じて、わたしに真剣に諭してくるし。
『銀の騎士は、すごい女たらしだそうだな。女慣れした美形の男など、うぶなバーバラ嬢には太刀打ち出来ぬだろう。くれぐれも、独りで会ってはいけないよ? そういう男は、すぐに既成事実を作ろうとするんだ』
……婚約者様と何かあったんですか、ミゼット様。
『そうですぅ、グスッ。わたしのようにぃ、おモテになる殿方のぉ、戯れでぇ、疲れ果ててしまわれないかと不安なのですぅ~』
『わたくし達を見ていれば、分かるでしょう? 浮気男なんて相手にしたらダメ、気を許したら負けよ!! 気を強く持って、毅然と戦うのよ!』
もうね。なんで皆、わたしがドエースに誑かされてる事にしたいんだろう。
というか、すっかりプリティの話術に陥ってるわよね。
たった一度、しかも数時間しか話していないっていうのに、わたしの友人達を……よくも誑かしてくれたものだわ。
っていうか、本当の悪い男は、むしろプリティの事なんじゃないのかしらね!?
ほんっと、どんだけ話が上手いのかしら、まんまる生物の癖に。
わたしは鏡台の前の椅子に腰掛けながら、はああと、ため息を吐く。
すると、背後で炭火で熱したヘアアイロンを使い器用に縦ロールを作っていた専属メイドが、怪訝とした顔を作るのを鏡の中に見た。
「お嬢様、どうなさいましたか? 何か不手際が?」
わたしの背後に並ぶのは、朝の装いを助けるメイド達。
わたしは、凝った意匠の鏡越しに、彼女らの心配そうな顔を見つける。
朝食の席のドレスにアイロンを掛けるメイド、化粧担当のメイドも、気遣いの眼差しを向けていて……。
「大した事ではないのよ。ちょっと物思いに耽ってしまって。気にしないでちょうだい」
「なら、いいのですが……気分が悪いようなら、すぐに仰ってくださいませ」
いけない、いけない。
ついつい、周りの目を忘れてしまうがわたしの悪い癖だわ。
貴族の子女たるもの、隙を見せるなんてみっともない事このうえない事なのに。
こんな時、役に立つのがこの悪役顔。
お母様似のきつい顔立ちに気難しげな表情を浮かべてみせれば、ほら。
そうして、胸を反らせば。彼女らのよく知る威張りんぼな娘が鏡の中に現れるわ。
どこから見ても、立派な悪役令嬢の出来上がりよ。
それでみんなは納得して、仕事に戻る。
さ、今日も貴族の娘らしく、隙なく無難に振る舞わなきゃね。
立派すぎるダイニングテーブルで独りで朝ご飯。
朝餐の時に、お母様やお父様がご一緒する事は少ないわね。お母様がいる時はお小言だし、お父様はいつもお忙しいし、無理に一緒にとは思わないけど。
ぴかぴかに磨かれた銀器、美しい白の陶磁器に、軽めの朝食を済ませ、わたしはナプキンで口を拭うと席を立つ。
それにしても、いつ見ても、無駄な長さだわぁ……。まあ、お客様をお呼びする事もあるし、長大すぎるこのテーブルも時には役に立つのだけれど。
一応、主人としてお茶会は開いたし、わたしを夜会に呼べる殿方なんて、少ないし。
このところは、家庭教師からいくつか教示を受けるだけで、基本暇だわ。
わたしは傷物で価値が下がったとはいえ、わが家は伯爵ではあるけどちょっと有名な家なので、良家の第二子第三子から、お婿入りのお話は多いの。
むしろ、やり手の父から少しは譲歩案がでるのではないかということで……婚約前のお誘いより数が多いくらいじゃないかしら。
でも、婿一年前の不祥事もあってお父様が張り切って厳選しまくっているから、狭き門なのよねぇ。
人品に優れ内政をこなし、時には軍を率いられる騎士の能力を持つという……とんだ完璧超人だわ、これ。
それでも、お父様のお眼鏡に適った人が残ったという事実が恐ろしいわ。
そんなわけで、二週に一度ぐらい内々の親しい家の茶会にお呼ばれする意外は暇で。
わたしは、私室でお茶を飲みながら、親友セレクトの詩集だの、恋物語だのをぱらぱらとめくって暇をつぶす。
――そこで思い出すのが、あれだ。
昨日のプリティの事である。
どういうつもりで大きな姿で現れて。
どういうつもりでわたしが悪い男に騙されてるなんて吹聴したんだろうか? あのまんまる生物は。
意味不明だしすっごい失礼だよ。
ああ、思い出したら腹が立ってきた。
「……あれ?」
そこでわたしは、彼の不在に気づく。
「どうなさいました、お嬢様」
空になったカップにお茶を注いでいた専属メイドが聞き返すのに、わたしはぽつりと返す。
「わたしの丸いぬいぐるみ、また、長椅子にないようなのだけれど、どうしたのかしら……」
このむしゃくしゃをぶつけようとしたのに、当の本人がいないとか。
どういうことなのよ?




