悪役令嬢、癒しを探す。
「……あら? プリティの姿が見えないよ」
わたしは、朝から淑女らしくない早足で、お家の中を探し歩いていた。
「すねて逃げてったけど、夜にはベッドがわりの籠の中に小さくなって寝ていたし……朝にはちゃんと話せると思ったのになぁ、本当、どこいったんだろう?」
今までなら拗ねてもいじけても、わたしの側を離れた事なんてなかったのに……。
それは、お茶会の日の次の朝のことだ。
「はー、もうお茶会の主催なんてやりたくなーい!」
わたしはその時、隣室でプリティが寝ていると信じたまま、メイドに洗顔や朝の身支度の世話を受けながら、ドレッサーの前で大いにぼやいていた。
結局、弾む足取りで会場に帰ってみれば。
そこには、お母様のお友達であるご婦人がたからの、ありがた迷惑な婚約者の押し売りでした。
『バーバラ様、わが家の次男なら年回りも合いますし……何より優しい子ですの』
おっとりした優しい方から去年振られましたが、嫌みだろうか?
『わたくしの家の三男はどうでしょう? 少し強引なところはありますが、母には優しい子なのです』
脳筋は、跡取り娘のサポート役にはちょっと……。
『あら! それなら我が家の次男はどうでしょう。文官として王城でも勤めておりましたし、バーバラ様を支えるにはふさわしい子ですよ』
汚職バレで失脚なされた方は……ちょっと。
まあ、そんな感じで、嫌がらせのような婚約者を押しつけられそうになりながら、笑顔で必死に回避する胃に痛い時間が、長々と続き。
……まさか、ロスタイムまで粘られると思わなかったよ。
そんなわけで、折角わたしの友人で固めたわたしの席には戻れず、お母様のお友達のありがた迷惑に付き合わされて終わった、酷い一日だった。
散々な昨日を振り返り、身支度を整えて、隣室のプリティにグチに付き合って貰おうとリビングに移った時だ。
……彼の失踪に気づいたのは。
「プリティ、本当にどこ行ったの!?」
我が家は二階建て。二階が主人……わたし達家族の私室やゲストルームなどが集められていて、一階が社交の場となっております。
午前中一杯、お屋敷の中を探したけど、見つからなくて、流石に心配になってきた。
もしかして、お客様の荷物に紛れて外に出て行っちゃったとか!?
「ど、どうしよう、本当にどこ行ったの……?」
涙目で家具の下やらをのぞき込み、探し回るわたしは、隠し通路から出入りし、清掃に励むメイドらの邪魔になること請け合いだった。
ごめんね、ちょっと横を通りますよ。
「ううー、見つからないよー」
しょんぼりと肩を落とし、前庭に出てきたわたしに、悪の結社幹部ドエース……もとい、使用人アウルムが声を掛けてきた。
「お嬢様、朝から何かをお探しのご様子ですが、如何なされましたか」
まさか、魔法少女のマスコットが夜逃げしました、なんてバカ正直に敵に言える訳がない。
「気のせいです。あなたは自分の仕事に戻りなさい」
わたしはつーんと横を向いて、そう強がるけど。
スッと目元を長い指先で撫でられて、思わず目を瞬かせる。
「目元が赤い。強気な君が泣いているのを知って、僕が放って置ける訳がないだろう」
そう言って、彼は痛ましげに目を細める。
ま、またこの悪の幹部は! どうしてわたしの心を揺らすような台詞がポンポン飛び出すのかなぁ……。
「な、何でもないってば」
取り込まれてはならないと、わたしは彼を振り切ろうと、薔薇の生け垣で作られた迷路の方へ足を動かす。
彼は、そんなわたしの後を追ってくる。
「本当にどうしたんだい? そんな誤魔化し方も君らしくない。いつもはもっと毅然と僕をあしらう君なのに」
「放っておいてよ、本当に何でもないの!」
こ、こいつ、いつになくしつこい!
「ほら、そんな風に余裕ない返事をして。肩に力が入ってるよ、もっと力を抜いたら?」
どこか気だるげな、いつものドエースの口調は、ゆるくてのんびりで、聞いてるだけで脱力しそう。
「知った風な口を利かないでちょうだい!」
「そんな事を言って。さっき、僕の顔を見た時ほっとした顔をしたろう? 心が弱ってる証拠だよ」
……実際、一定の距離を置き、わたしの後ろをついてくる彼の、そのゆるい、あるいは優しいとも言える声音に、癒されているのは確かだ。
泣きそうなぐらいの不安は去って、今は探し方が甘かったとか、使用人達に白くてまるい生物の事を聞けば良かったのではとか、午前中の自分の行動を反省し、次の手を考える余裕も出てきた。
「……確かに、今の反応はおかしかったかも。やっとと冷静になれたわ」
薔薇の迷路の真ん中。
屋根の掛かった洒落た四阿の前で、わたしはくるりと振り返り――。
「その……怒鳴ってごめんなさい。今朝からちょっとイライラしてて……」
「謝らないでよ。僕の方が気の立ってる君に声を掛けたんだし、自業自得だろ」
見慣れない金髪にお仕着せ姿のドエースは、そう言って肩を竦める。
わたしはますます縮こまるけど。
「それより、お付きのメイドまで振り切っちゃったのはまずくない?」
「うん、まずい……」
こくりとわたしは頷く。うん、今朝の行動はどこを切り取ってもお母様のお怒り案件だ。
「じゃあ、迷路で迷った事にでもして。部屋まで送るから、もう一度ちゃんと考えてから行動しなね」
そう言って、はい、と。彼は当たり前のように片手を差し出してくる。
おずおずと、わたしはその手に自分の手を重ねる。
「指先まで冷えてる。どれだけ焦ってたの」
クスリと笑う彼に導かれながら、再び庭に戻る合間に……。
わたしは、彼から不思議な質問を受けたけれど。
その問いに対しての答えをまじめに考えられたのは、プリティを探し出すことで頭が一杯だったから……。
ドエース、あるいはアウルムと称す彼が、わたしの前から消え去ったのちの事だった。




