悪役令嬢、茶会当日……噂好きおばさんに絡まれる。
結局、年頃のお嬢様をお連れの、敵情視察組の奥様達は、皮肉を言い終わると、「気分が優れないので」 と言って帰った。
……ええー。本気でわたしに嫌みを言いにきただけなの? どんだけ暇人なの?
呆然とするわたしをよそに、今度は、お母様が応対する相手が怪しい事を言い出した。
ちなみにその人物達は、身なりこそきちんとしているものの、頬肉が垂れ下がるようなやたらふくよかな、声の大きい元気な婦人だった。
「……ええ、奥様、本当に。お嬢様も奥様の若かりし頃によく似てお美しいですし……流石はアヴァリーティア家の娘さんですわ!」
「ところで、これは、噂。あくまで噂ですけれど!」
ここでいっそう、その大きな声を張り上げる。
「お嬢様の不貞に!! 先方からお断りされた!!」
そしてなぜか、続く言葉は声を低め。
「……なんて恐ろしい噂が社交界で蔓延しておりますの」
ふ、不貞?
それは、あれだよね? 婚約者以外の殿方とえっちな事をしたとかいう……。
「まあ、本当に?」
「まあ、酷い」
「本当に、まことに酷い噂ではありませんか! ええ、わたくしは信じておりませんよ?」
そして、また声を張り上げ。
「アヴァリーティア家の跡取り娘のお嬢様が、不貞!! 不貞!! など!!」
はい、大事な事なんで二度言ったのですね。
さも他者から聞いたように言うが、もともとこのご婦人らは、社交界の迷惑騒音おばさんとして有名な三人組。
招かねば余計にうるさいから呼んだけど、仲良くする気にはなれないタイプの噂大好きおばさんだ。
過去、このおばさん達の為に被害を受けた貴族は多い。
彼女らの謹慎を誰もが望んでいるけれど……結構な良家の後ろ盾があるみたいで、なかなか処分を下せないでいたという。
そして、今度はわたしが被害者役、と。
今回のわたしの婚約解消についても、どうせおもしろおかしく、拡大解釈を叫んで回って、ないことないこと社交界に広げたのだろうに、何とも厚顔なおばさん達だ。
そりゃ、公害扱いされても仕方ないよねぇ。
「お嬢様のご不幸を、こんな風に賢しげに言うとは、本当に酷いものですわ!」
「ええ、こんな真面目そうなバーバラ様が、結婚前から遊び回る不貞な女! などと!」
楽しげに。
「不貞だなんてねぇ!!」
とっても楽しげに。
「そうですわ、不貞なんて最低な言葉を!!」
頬肉をピクピク笑わせながら。
公害おばさん達は、わたしを滅多打ちにして楽しむ。
……そうですか、そこがご婦人方の噂のポイントなんですね。自白、ありがとうございます。
しかしまた酷いなあ。わたし、男性とのおつき合いなんて今世で婚約者が初めての事だけど、彼とは手を繋ぐのがやっとだったのに。
それでもドキドキしたのに。
うう、大事な思い出が汚された気分だよ……すっごい落ち込む。
お母様は、彼女らの「自白」 を、静かに聞いている。頭ではきっと報復内容を考えているんだろうなぁと分かる、凄みのある笑顔を浮かべてらっしゃる。
その、恐ろしすぎる笑顔の方にこそ気を取られて、どん底まで落ち込まずにいられたのだから、ここは感謝しなきゃいけない、かな?
「そうそう、下級貴族の方が本気でお嬢様と愛人関係を結びたいと逸っているそうですわね。妾に出来ないかなどと」
「まあ、愛人!!」
また楽しそうに声を張り上げて。
「男漁りの不貞女など、愛人関係が一番だという事らしいですわねぇ。全く男って……」
「しっ、口が過ぎますわよ。そんなに不貞、不貞、と」
うーん。彼女らの会話に一体何回不貞という言葉が出たのだろうか。
お気に入りワードなんですね、不貞。
「あ、あら? 済みません。ここだけの話でございますわ……わたくしは信じておりますわよ? バーバラ様の事を」
あ。お母様が鮫のごとき笑みを浮かべてらっしゃる。
にこり、と微笑んで。お母様は口を開く。
「まあ、まあ。皆様、情報提供を感謝致しますわ。皆様が信じていらっしゃる通り、わたくしの娘は貞節を弁えた娘です」
静かにゆっくりと……声も張り上げてないのに、その言葉は茶会に使っているサロンルーム全体に聞こえているのが分かる。
「当然、今回の婚約破棄も、相手の不貞が原因でしたの。しかも、己の立場も忘れて、庶民の娘と関係を持った、とか」
悲しげに首を振り。
「あれだけ長年に渡って、かの子爵家には”支援”しておりましたのに、相手の不貞によって家の繋がりも切れましたでしょう? 共同事業も白紙です。わが方も大きく損をいたしましたし……」
それはそれは、恐ろしい程の美しい笑顔で言う。
「最低、ですわね」
「これで、先方の言い分もよく分かりましたわ。わが娘の不貞と触れ回ったと」
「ち、違……」
ああ、なんてことだ。お母様が本気で追い込み始めた。
「ええ、分かっております。お優しいお三方は先方を立てていますのね?」
「そ、そういう訳では」
自分の”嘘”で、子爵家が潰れたら。
彼女らは気が気でないだろう。
処刑台に登る程の”嘘”をついた、だなんて。
「わたくしのこの長い両手と遠くまで聞こえる耳で、ご期待通りにわが娘に恥辱を与えた者らは必ず全てを取り上げて差し上げますから、是非とも、お三方も楽しみにしていて下さいませね」
死亡宣告、カウントダウン入りました。
「ヒイッ」
あ、おばさんの一人が泡吹いて倒れた。
わが家の裏家業と、お母様の信奉者達のネットワークがあるもので、実際、裏なんて簡単に取れるんだよねぇ。
おばさん達を呼んだのは、もしかして……逃げられない処で追いつめる為?
お母様怖い。
な、なんなんだろう。
このお茶会、始まる前から波乱に満ちてるんだけど?
わたしは、気を落ち着けようと広げた扇子の裏で深呼吸する。
すーはーすーはー。お、落ち着かない。
さて、最後にゆっくりとやってきたのは。
「まあ、彫像に無名の工房を使うだなんて。去年はお嬢様のご不幸もありましたし……。先方に余程のお詫びを重ねられたご様子。相当、お困りなのですよね?」
「わたくしなどが心配する事ではありませんけれど……我が家がお助け致しましょうか? うちの”分家”の、子爵が、バーバラ様の為に席を空けて待ってますわ」
どうして皆わたしに、おじさんをあてがおうとする。
我が家の零落を勝手に確信し、己の軍門に下がれと威圧的に接してくるお母様の社交場のライバル婦人達だが。
でも、先ほどのおばさん達と比べるとなぁ。
パンチが足りないよ?
……茶会は本当に、魔境だ。
娘のライバルを蹴落としたい、あるいは己が天下を取りたいご婦人が、言葉の影に毒を潜ませてこちらを攻撃してくるのだから。
何人もの人に、過去を抉られてわたしは半死半生。張り付けた笑顔の裏では既に涙も枯れ果てる、わたしだった。




