完治
週末、絆創膏が取れた。
ぐっと指で押せば、鈍い痛みはあるものの、ほとんど分からないほどしかもう、青くはない。
眼鏡も、新しいものになった。
そして、コンタクト。
眼科で、看護婦さんから根気よく練習させてもらった。時間はかかるけれど、自分で着脱できるようになった。
今日は少しだけ早起きをして、コンタクトを入れた。
いつも二つに結んだだけの髪も、前髪を編み込みアレンジして、ゆるく、斜めに結んだ。
鏡に映った千尋は、いつもの3割増しにはかわいいはずだ。
お礼用にと、クッキーも作った。
可愛くラッピングして、持って行く準備だけ、万端だ。
準備だけ、は……。
「はうぅぅ。どうしよう」
あの場ですぐに千尋だと分かったということは、千尋が剣道場に通っていたのを知っているということ。
「人違い」なんて、あんなに確信して・・・というか、疑う余地もなく呼びかけた人間に言って通じる話ではない。失礼にもほどがある。
でも、いつから知っていたんだろう。
記憶にある限り、目が合ったりした覚えはない。部活中、ずっと見つめているというのに、だ。
あ~、だけど、いつからかなんて関係ない。
1週間あって、近くにもいたのに、お礼さえ言わない女。
もしかして、そんな印象だろうか。
あれ、保健室まで運んでもらったときとか、家まで送ってもらったとき、私は挨拶したっけ?
「ありがとうございます」と、言うのは簡単だけど、千尋自身がしっかりと言ったかどうかが気になった。
千尋は、全く覚えていない。
・・・・・・まいった。
どうしたらいいとか、最善はなんて全く分からないけれど、お礼はしなければならない。
逃げた理由だとか、1週間こそこそしてた訳とか、お礼がこんなに遅くなった言い訳とか、あちこちに置きっぱなしにして、お礼はする。これしかない!
後は、後になって考えることにしようと思う。
そう決意して、この玄関で待っている。
部活が終わるのを、剣道場の遠くから眺めていた。
薄暗くなって、剣道部が終わり、部員が本校舎へ向かって行く中に、西田先輩はいた。
荒垣君はダッシュしていた。……元気だ。
それを嬉しげに追いかける女子も元気だ。そうして、荒垣君は、女子たちとかくれんぼをしながら帰るらしい。さすが、体力が違う。
そんなことを横目に見ながら、生徒昇降口で息を整えている。
まずは、お礼だ。まずも何も、お礼しかないのだが。