学校
次の日、学校に行くと、案の定笑いものになった。
「何そのでっかい絆創膏!?こけた?こけて、おでこぶつけるの?なんでっ?あははははは!」
由美の大きな笑い声に、クラスのみんなが近寄ってきて、口々にはやし立てた。
「え、なにそれ!すげー!」
「わんぱく小僧よりでかい絆創膏してんじゃん!」
「その眼鏡どこで売ってんの!」
千尋はむすっとしたまま、眼鏡を外し、
「黒板見えない。ノートとれない。テストのヤマだってはれない」
そうつぶやくと、クラスの雰囲気はがらっと変わった。
「大丈夫?早く治してね」
「め、眼鏡似合う!なにかけてもすっごい似合うよ!」
それはそれで微妙だちくしょうめ。
クラス皆のなだめに応じて、眼鏡をかけなおして席についた。
ただ、むすっとしたままの千尋に、障らぬ神には・・・ということで、そそくさとクラスメイト達は離れていった。
「あ~、おかし。それで昨日遅くなったんだ?どうやって帰ったのよ?」
由美だけが、まだ目の前で笑っていた。
さらに、千尋の乱れまくった乱視を知っているため、興味津々で聞いてくる。
さすがに、昨日の状態で知っていたら、心配はしてくれたはずだ。
今、無事にここにいるから大笑いしているだけで。そうだと思いたい。
「こけたときに一緒にいてくれた先輩がね、偶然一緒の方向で、連れて帰ってくれたのよ」
「先輩?誰?」
「知らない。西田って言ってた。剣道部だった」
「はあ、剣道部かあ。なんか、すっごく格好いい人がいるって聞いたことあるなあ」
由美も千尋も残念なことに、その手のことに興味がないため、よく知らなかった。
ただ、わが高校の剣道部が強いらしいことは知っている。
毎年ではないけれど、県大会に進むことはよくあるし、今年は関東大会にも出場している。
西田先輩は背も高くて、軽く千尋を持ち上げられるくらいなので、力もある。……剣道って力いるのか?などという疑問がわくが、千尋にはよくわからなかった。だから、多分強い人なのだろう。根拠がさっぱりよく分からないと言うところが千尋だった。
「放課後、見に行ってみようよ」
「え?やだよ。こんな眼鏡で」
すかさず断る千尋に、由美は驚いた。
「お礼とか言いに行かないの?眼鏡割れてたから、顔が良く分からないとかいうオチでしょ?見たくない?」
オチとかいうな。しっかりと理解している由美に口をとがらせる。
見たいにきまってる。決まってるけれど・・・。
「来週、コンタクトができるって言ってたから、それから、行く・・・」
コンタクトの下りで、由美が驚いた顔をして、すぐに、にやりと厭らしい笑いを浮かべた。
これだから、付き合いの長い子って困る。
由美と千尋は小学生の頃、塾が同じで、中学で一緒の学校になった。
実際に仲良くなったのは中学生からだが、お互いに小学生のころから知っている、それなりに長い付き合いの友達だ。
千尋が非常に運動音痴かつ、不器用であることも知っている。
それゆえ、「コンタクトなんて、自分の指で目つぶししちゃうよ!」という悲しい理由でコンタクトは使っていないことも、もちろん知っている。
その千尋が、コンタクトを購入したという。
「へっえぇ~?」
わざとらしい声に、反応はしたくないが、少し顔が熱い気がした。
「何よ?」
「ふふ。別に?」
たくさんからかわれるかと思っていたらそうでもなく、含み笑いをしているだけ。その態度に、却って顔に熱が集まった。
「じゃあさ、やっぱり見に行こうよ!」
由美が机の上に身を乗り出して、さっきよりも小さな声で言った。
「人の話聞いてたの?嫌だってば」
「剣道部って、『西田』何人いるだろう?」
唐突に言われた言葉に、思考が止まる。
「うちの剣道部は部員多いよ~。珍しい苗字じゃないしね。『西田』が3人も4人もいたらどうする?記憶が新しいうちに、探した方がいいって」
もしも、分からなかったらどうするの?そんな風に言われて、・・・・・・あるかもしれないと思う。
先輩を見たのは、私が一人の時だけだ。
姉も見たことは見たが、一瞬だったし、わざわざ学校に来てもらうわけにもいかない。他の人に、あの人でした?などと聞くこともできない。
さらに、私を助けてくれたのはあなたですかって、聞いて回るのかと言われれば、恥ずかしすぎる。
どこの童話のお姫様だ。泡になりそうだ。・・・・・・その場合、探しているのは王子か。
一週間が過ぎて、千尋の中の美化されすぎた『西田先輩』を探すのは困難を極めることは想像に難くない。
あの美声が耳の中に残っているうちに探した方がいいかもしれない。
千尋が揺らいでいるのが分かったのか、由美はさっさと予定を決めていく。
「私は6時からバイトだから、その前までつきあうね。放課後、急いで武道場に行こうね」
はしゃぐというのに近いほど嬉しそうな由美に言われるまま、千尋は頷いた。