相川
翌日、いつもと変わらない女子集団にうんざりしながらも、顧問に呼ばれて武道場外で打ち合わせをしていた。
「練習試合の件なんだがな」
「なんで、それを俺に言うんですかね」
「大川に言っても無理だからだよ」
大川というのは部長だ。
何事にもおおざっぱすぎる部長。夏の大会が終わって、すでに3年生は自由参加になっているが、大学は剣道の推薦で決まった大川部長は、未だに部長の名を冠して剣道部に出入りしている。
一方的に浩一を次期部長だと言いながら。
3年の副部長は、普通に「受験生になるから」と言って、ほぼ顔も見ないというのに。
「俺だって、部長とか無理ですよ」
「……他にいないんだ」
細かいこと考えてくれるやつが。
顧問の心の声が聞こえた気がした。
あれだけの人数がいて、どうして人材不足なんだ。もっと部長の座を取り合えよ!
そんなこんなで、まだ部長も副部長も決まっていないという有様だった。
「マネージャーが欲しいです」
浩一のつぶやきに、ため息が返ってきた。
「こっちだって、居てくれたらどんなに助かるか。だが・・・無理だろう?」
顧問の視線が武道場にたかる女子に向けられた。あの中から選ぶ?絶対に嫌だ。
・・・・・・と、その集団から這い出してきた女子に目が留まる。
顔に似合わない大きな眼鏡をかけて、おでこに絆創膏をくっつけて出てきたのは、昨日会った、相川という女子だった。
隣の子に引っ張られながら、よろよろと出てきた相川は、首を振りながら何かを訴えていた。
荒垣のファンだったのか。
これだけの人数がいるのだ。相川がそれに含まれていても、何も不思議ではない。ない、のだが・・・・なんとなく、むっとしてしまった。
「で、西田。頼むよ。試合日程、伝わるようにしてくれ」
顧問の声に、我に返って日程の確認をした。
「大川も出たいとか言ってるから、一応調整してやってくれ」
「先生から引退しやがれって伝えてください」
「じゃあ、試合日程はそれでいいか」
無視しやがった。浩一は顧問をじと目で睨みながら、了承した。
「はい。現地集合させるので、お願いします」
顧問にそう返事をしていたとき、ふと視線を感じて顔をあげた。
相川と視線が絡んだ。
―――――と、思った瞬間に逃げられた。
なんだそりゃ。
ちょっと待て。昨日、保健室に連れていって手当てしてやって、自転車に乗せて送ってまでやったっていうのに、いきなり無視か。
浩一のことが分からなかった問うことは無いだろう。
あの逃げっぷりは、しっかりと認識したうえで逃げたと思う。
「に、西田?どうした。顔が怖いぞ。そんなに気に入らないのか?」
顧問のおびえたような口調などどうでもいい。とにかく、相川が自分を見て逃げたということが、非常に気に入らなかった。
次の日も、相川は練習を見に来ていた。
今まで気づかなかっただけで、いたのかもしれない。今は絆創膏をおでこに貼っているので見つけやすい。
捕まえようと、相川がさっきいたところを通れば、逃げていく後姿が見える。
なんなんだ。俺が何をしたっていうんだ。感謝されこそすれ、避けられる筋合いはない。
次の日も、次の日も。
浩一のことは避け続けるくせに、練習はしっかりと見に来る。
荒垣のことは大ファンらしい。
金曜日、いい加減イライラしていた浩一は、武道場につく前に捕まえてやると授業後、早々に校舎から武道場への最短距離に待ち構えてみた。
すると、ぴょんぴょん跳ねるように相川が近づいてきた。
何か考えながら走っているのか、目の前の浩一には気づかないまま、そのスピードのままぶつかってきた。
「ひゃっ!?」
「おっと」
全くスピードを緩めずに来るとは思わず、避けもせずに待っていたのだが、浩一にはじかれて転がりそうになった相川を抱きとめた。
「大丈夫か?」
結構な勢いでぶつかってきたが、ケガをしているところを再度ぶつけで押したのだろうか。微動だにしない相川に声をかけた。
「相川?どこかぶつけたか?」
呼びかけると、びくりと、体の全てで驚いている雰囲気が伝わった。
そうして、名前まで呼びかけたというのに、何を思ったか、
「人違いですっ……!」
そう言いながら、走り去っていった。
・・・・・・なわけねーだろ!
心の中で盛大に突っ込んではみたものの、聞こえるはずもなく、聞かせる気もない。
気持ちを切り替えるために、大きく息を吐いて、武道場へ向かった。
今日は、荒垣とあまり話さないようにしよう。八つ当たりしそうだ。




