恋しくて
千尋は、剣道部見学にはいかなくなった。
放課後、斎川君が部活に行っているのを、無意識にか、眺めていることに由美は気がついた。
というより、斎川が剣道部だったことに、千尋が見ていたことによって初めて知った。
西田先輩の後は斎川か?とか思ったのだが、そんなに切り替えが早くはないだろう。
武道場の方をふと、気にするように、顔を向けていることもある。
「何見てるの?」
「へ?何も見てないよ。普通に前見てたよ」
どうにも、無意識か、隠しているのか。
はっきり言って・・・・・・、
「いらっとするのよ」
「なっ、なにがでございましょう」
机に座ったままの千尋の頭を由美が両手でつかんで真上から睨み付けている。
千尋が横目で確認すると、教室にはもう人がいなくなっていた。
「うじうじうじうじうじうじ……とお!」
「あいたたたた!痛い痛い!」
手を放してもらえたが、ずくずくこめかみが痛い。
由美を見上げると、ふんっと声がしそうなほどに思い切り見下されていた。
『みおろされた』のでなく、『みくだされた』のだ。
千尋にも、分かっていた。
ふと気がつくと、武道場を気にしていることも。
放課後、剣道部へ行きたい気持ちを抑えるために、火曜日、水曜日、木曜日・・・と、どんどん教室にいる時間が長くなっていることにも。
ついでに、それを見た由美がイライラしていることにも。
「そんなになるなら、部活くらい、見学に行けばいいのよ!」
由美は、文句を言われる筋合いなどないと言うのだ。
そんなこと言われても、剣道部を見たいわけじゃない。西田先輩が見たいのだ。
その本人に迷惑がられてまで行けるだろうか。
「ええい、いつからそんなウジ虫になった!イラつく!」
ウジ虫!ひでえ!
悩む乙女が全然別物のワームになったよ!?
「土曜日9時、本校武道場にいて、練習試合があります」
突然変わった由美の言葉に驚いて顔をあげれば、目が合った途端、
「行け」
低い声で命令された。
「行って、告白してしっかりとフラれてこい」
ひどいことを腕を組んで命令してくる親友の顔を、千尋は呆然と見上げ続けた。
「そうして泣け。思う存分泣け。今の状態じゃ泣くに泣けなくて、しっかりと落ち込むこともできないんでしょ?行って来い」
「も、もうちょっと時間を・・・」
「ああ?時間があったって、迷惑がられてんなら、無理でしょうよ。時は金なり!十代の輝かしい時間を無駄にしてどうすんの!もったいない!」
時は金って・・・・・・。
繊細な恋のいろいろが、残念すぎるよ。
だけど、多分・・・きっと・・・そう思いたい・・・、励ましてくれている。
だから、唇をかんで、千尋は小さく頷いた。
いつも結んでいた髪はほどいて、肩に垂らした。眼鏡をかけて、できあがりだ。
休みと言えども、学校に行くときは制服でないといけない規則がある。
部活も課外も制服なのだから、用事で来る生徒も制服でしかるべきってことだ。
制服だから、髪型と眼鏡くらいしか返送できないのだが、そういえば、この普通のめがねをかけた顔は見られていないじゃないかと気がついた。
もう、絆創膏もないし、髪をほどいたことで、印象も随分違うはず!




