元通り
次の日、千尋はいつもの二つ結びに眼鏡をかけて登校した。
もともと、昨日だけおしゃれしただけなので、「毎朝は挫折した」と、千尋が口をとがらせて言えば、「挫折が早ええよ」「三日坊主さえもできんのか」と、クラスメイトから笑われるだけだ。
それに合わせて、千尋もわざと拗ねたような顔をしていた。
「千尋、お昼外に出るわよ」
4時間目が終わった途端、お弁当箱をひったくられて、由美がさっさと歩いて行ってしまった。
千尋は食べてもらおうと思って持ってきていた紙包みを抱えて、それについて行った。
「どうしたのよ」
由美がやってきたのは、職員室前の中庭。生徒はなかなか来ないし、先生たちも中庭でお昼を食べている生徒など気にもかけない、意外な穴場だ。
千尋のお弁当を抱えたまま、さっさとベンチに座って、由美が不満げな顔で問いかける。
今朝、由美は全く千尋をからかうこともしなかった。
どうしたと問いかけられるのも、今日初めてだ。
「ゆみいぃ~」
情けない顔で突然泣き出した千尋に、由美はぎょっとして、とりあえず、千尋が持っていた紙袋を受け取った。
拗ねたり怒ったりはよくするが、千尋に泣かれたのは初めてで、実はどうしていいか分からない由美は、分からないなりに、千尋の腕を引っ張って隣に座らせた。
「フラれちゃったよおぉ」
顔を覆って本格的に泣きだした千尋の言葉に、さらに驚く。
「えぇ?告白したの?いつ?」
「してない・・・そのクッキー持って行って、受け取ってもらおうとした」
由美が膝に乗せた紙袋を指さして、千尋が鼻をすすった。
これ、クッキーか。そんな場合ではないが、千尋の作るお菓子は優しい甘さで非常においしいので、由美はちょっとテンションが上がる。
「ってことは、受け取ってもらえなかったってこと?」
「そう。迷惑って言われた」
ぐしゅぐしゅ鼻をすする千尋を横目に、袋を覗き込めば、可愛らしい形のクッキーが入っていた。
昨日、受け取ってもらえなかったクッキーは自宅に持って帰って、家族に食べてもらったが、残った分を袋に入れて持ってきたのだ。
西田先輩の体の大きさを考慮して、ものすごく大量に作ったのがあだになった。
「だから、由美、食べて」
「や、そりゃ、私は嬉しいよ?」
そう言いながら、由美は自分のお弁当を食べる前に、クッキーを一つかじった。うん、おいしい。
さくさくで、紅茶風味にナッツが砕いたものが入っていた。
いつもより手が込んでいると思う。これを食べずに突き返すっていうのは・・・・・・。
「もったいないわね。甘いのが嫌いとか?」
「分かんない・・・。剣道部は差し入れを受け取らないことになっているって。待ち伏せされるのが迷惑って言われて・・・・・・」
さすがに、「こんなの」と言われたことは言えなかった。
由美は絶対に否定してくれる。「その男、ぶちのめしてくれる」と、怒ってくれるだろうことが容易に想像できた。
それを分かって、期待してしゃべるなんて、みじめだと感じた。
「へ~?大きく出たわね。成敗したいわ」
待ち伏せなんて、呼び出しと同じくらいに告白の定番だ。それをされて「迷惑」と言ってのけるなど、どれだけモテるのだ。
・・・と思ったが、千尋に連れられて見た「西田先輩」は、決してモテるタイプじゃなかったと思う。背が高いことはポイントが高いが、背が高いだけでなく、ごつい。『主将』と呼ばれてしかるような、古いタイプの容姿だった。
そいつが、千尋が待ち伏せことに対して『迷惑』と発言したと?
「しばくわ」
「待って待って。私が迷惑なことをしたのがいけなかったんだから、ちゃんと気を付けなくちゃ」
由美に言わせれば、「迷惑」と言うことはもちろん、思うことさえ許さん。
こんなかわいい子がわざわざ自分に会いに来たのだ。スキップでもガッツポーズでもして喜ぶべきところだ。
身内びいきが入りすぎた由美の思考にあたふたしながら、千尋は、目を赤くしながら、
「ありがとう」
と、つぶやくのだ。
これ以上言っても、無理をして笑って「大丈夫」と言うだろうな~と思い、由美はその場は食べる方に移行させた。




