お礼
可愛くラッピングしたクッキーを胸に抱きしめて、シミレーションしてみる。
『西田先輩!あの、この間は、ありがとうございました!』
『ああ、相川じゃないか』
『あの、これ・・・お世話になったお礼です』
『え!?これを俺に?』
『作ったんです。お口に合えばいいけれど』
『すごい!なんておいしいんだ。ああ、君の作った味噌汁が毎日食べたい』
きゃ。先輩ったら気が早い。いやん。
千尋が全く役に立たないシミレーション・・・妄想ともいう・・・をしている間に、急にざわざわと、数人の男子生徒の声が近づいてきた。
途端に、緊張が走った。
逃げたいけど、今逃げても間に合わない。だったら、金曜日に引き続き走り去る後姿を見せるよりは、固まったままでも、この場にとどまった方がいい。
よし、シミュレーション通りに・・・なるわけがない!
どうしようどうしようとあたふたしていると、
「あれ、相川」
クラスメイトの男子が声をかけてきた。
見慣れた顔と一緒に、知らない男子が5人ほど一緒に立って、こっちを見ていた。
西田先輩はいない。
「え、まさかお前も荒垣狙い?そんな感じ、なかったのに」
千尋が胸に抱えた明らかにプレゼントと分かる包みを見て、クラスメイトの斎川くんが驚きの表情を見せる。
「あれ、斎川君、剣道部だったの」
それならば、ノートとか、テストのヤマとか、いろいろと貸しのある彼を利用するという方法があったのに。
「……不穏なこと考えられている気がする。オレ無理だぞ。荒垣に女の繋ぎ取るだけで女子の総攻撃に会うんだ。すっげー怖いんだぞ、あれ!」
会ったことがあるのか。
周りの男子も、かわいそうな子を見る目で斎川君を見ていた。
「荒垣君じゃなくてね、西田先輩はまだ・・・・・・」
「西田あぁ!?」
千尋が言いかけている途中で、斎川君の隣に立っていた男子がお声をあげた。
「なんで西田っ!?えっ、こんな・・・こんな・・・」
・・・・・・こんな?
一応、自分の中では可愛い状態なのに。小さいのはどうしようもないが、そう言われるほどひどくはないと思うのだが。
少し落ち込んだ千尋に気がついて、斎川君が声をあげた。
「部長、多分逆の意味に伝わってます。こんな、の続きを・・・」
「俺じゃなくてっ?荒垣でも、俺でもなく、西田っ?」
斎川君がいれてくれようとしたフォローを遮って、部長と呼ばれた彼は悲鳴に近い声をあげた。
「あいつが、俺より先に彼女できるとかいう、えげつない事態になるわけっ?」
「部長、部長落ち着いて。相川、西田先輩は日誌書いてから来るから、もう少し後から来るから」
「西田な理由を今一度・・・!」
「だから、部長、今日はもう帰りましょう。悪いな、相川。また明日」
「やめてくれえぇ」
部長以外の数人全員の力によって、彼が連れていかれた。
千尋は結構、ショックを受けていた。
やめてくれって、そんなに西田先輩がかわいそうになるほど、自分の容姿はひどいのかと悩んでしまう。
生理的嫌悪感をもよおすほどの、ということだろうか。
今まで、メガネザルとかチビだとかは言われたことはあるが、そこまでひどい反応をされたことはなかった。
悩んでいる間にどれくらいの時間がたったのか、足音がして、はっと振り返った。
そこにいたのは、待っていたはずの西田先輩。
―――手作りのプレゼントって、もしかして、気持ち悪い?
その可能性に思い至った途端、急に腕の中のクッキーが恥ずかしくなって、後ろに隠した。
そんなに近くに来てからでは、西田先輩には見えていただろうけど、気持ち悪いとは思われたくなかった。
後ろ手にプレゼントを隠す千尋に気がついて、西田先輩は、少し不快そうに眉を寄せた。
西田先輩が靴を履き替えている間、千尋は頭をフル回転させていた。
声をかけなきゃ、お礼言わなきゃ、お話して・・・、まずなんて声をかけたらいいだろう。
「待ち伏せか?」
響いた、硬質な声に喉の筋肉がひきつれを起こしたように動かなくなった。
「しかも・・・差し入れという名の、気を引くためのプレゼントか」
西田先輩が、靴を履き終えて、ため息を吐きながら千尋に一瞥くれた。
差し入れではない。お礼の品だ。
助けてくれて、本当に助かったから……。
言葉にしたいと思うけれど、何も言えなかった。
気を引くためのプレゼントという言葉には、否定できなかった。
千尋は、勉強と同じくらい、料理も自信があった。
姉からも由美からも「おいしい」と、絶賛されるお菓子。
きっと、西田先輩もおいしいって、褒めてくれると思っていた。あわよくば、なんて思っていたことだって否定できない。
相手の・・・西田先輩の、都合なんて考えずに。迷惑と思われるかもしれないなんて、全く思わなかった。
固まる千尋から目をそらし、
「迷惑だ」
千尋の大好きな声で、冷たい言葉を発して、西田先輩は千尋の横をすり抜けていった。
西田先輩の足音が全く聞こえなくなった後で、震える声で、ようやく声が出た。
「ごめんなさい」
ぽつりと、暗い昇降口に響き渡った謝罪は、誰のもとにも届かずに、溶けて消えた。




