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片翼の纏輪(旧作)  作者: 物語あにま
片翼の纏輪
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第4翼 片翼の纏輪4

いつもお読みいただきありがとうございます。

アドバイスをいただき割り込み投稿で元の話を分割しました。ご迷惑をかけてすみません。

 《SPCTRaS》の青年クロの手助けを得たレイ。彼は大移動する民衆の中にまじっていた。

 九分九厘、クロは身体を張って自分たちを逃がしたのだ。

 一方的に名前を知るレイからすると、酷い自責を覚える、自己犠牲的な行いだった。

 無論、勝算の無い一戦ではないのだろう。そう信じて、レイも逃げ出した。


(クロ……は、《SPCTRaS》として助けてくれただけかもしれない)


 がむしゃらに一方向へ足を進めるレイ。

 このまま振り返らず走り続けたなら、きっと命は保証される。そうしたらレイの明日は変わらずに来るだろう。

 もしくはこの騒動でしばらく休校が続くか。


(ご飯が食べられる。誰にも邪魔されることなく安眠できる。友達とくだらないバラエティの話で盛り上がって……)


 大人の階段を意識する手前の未来までの妄想。

 青春を謳歌するビションが、レイを誘惑する。


(でも、それはクロが僕にくれたもの(未来)じゃないのか?)


 一つの疑問が沸騰間際の小さな泡ぼこのように、ぽこりと浮上する。

 自問自答が泡の大群となるのにさほど時間は用さない。

 思考が煮だっていく。


「……」


 景色に変化はない。

 相変わらず逃げ惑う人々。

 その中で、同じく忙しなく走るレイ。

 長らく無言で動き続けていたレイは、静かに人の少ない横道へ逸れる。

 脚は壁際でぴたりと静止してしまう。

 意識して制止したのかは定かでない。

 項垂れると、雨に濡れて黒っぽく変色したアスファルトがこちらを見返す。


「クロも、真っ黒だったな」


『お前、良い奴だな』


 これが出会って数分のクロからの評価。

 聞いた直後は嬉しかった。

 だというのに、今はどうだ。

 クロの一言は、服の上から染み入る雨のように、レイの全身を濡らしている気がした。

 クロの言葉で身体中ずぶ濡れになっているようで、それを必死に否定したかった。

 レイは左手をだらんと下げた右上腕に添えた。


「そんなこと、あるわけ……」


 「ない」。この最後のたった二文字が口に出来ない。言葉にすることがどんな国語表現より難しい。

 単純な事実をレイは痛烈に思い知った。

 唯一精神的に緩んだクロとの会話が印象強くリフレインした。

 もう、隣の大通りの喧騒がまともに聞こえない。


「いてください……!」


 このまま逃げても、家族は何も知らずにレイの無事を歓喜で迎えてくれる。

 姉は抱き締めて、思いの丈をぶつけるだろう。幼い頃からレイを猫可愛がりする、二つ上の姉ならばやるはずだ。

 自分の命を守り、家族の元に帰った良い奴(、、、)として。


「着いてください!」


 クロのことなど無かったことにして。


「落ち着いてください!」


 レイは、悲鳴に負けず絞り出される声に反応して、重すぎる頭を上げた。

 今度こそは間違えなかった。


「あの子だ……」


 《SPCT》からレイを守ってくれた、桃色の髪を振り乱す少女。

 首元の襟には《SPCTRaS》を示すバッジがきらりと主張している。

 どこかにもう一人、水色の際立つ女の子がいるだろうが、レイの頭に彼女の姿は出てこなかった。


「君、何をしている! 早く避難しなさい!」


 我に帰ったのは、警官隊の一人がレイに声をかけたときだった。

 居たのか、といまさら彼らの存在を認めるのは、それだけ必死だったから。

 誘導に従っていたときはつゆほども意識していなかったというのに。

 自分の虫の良い精神にへどが出そうだった。


「は、はい」

「よし」


 たどたどしく返した応答に、警官は軽く頷いて離れていく。

 この人だって怖いはずなのに。

 例え仕事だとして、レイに同様の行動が出来るか。出来るとしたら、そこには義務感だけではない、別の原動力があるはずなのだ。

 会ったこともない人を助けるような、愚直ながら純粋なココロが。

 今度こそ、レイの膝に弱々しくも力が入る。


(匙を投げたい)

(なんで僕がやるんだ)

(もう、黙れ)


 弱音を吐く臆病な自分を殺す。

 レイは失いかけたプライドで、心の性根に巣くう膿を握り潰した。


「僕は」


 一時間前に想像していたのは、あやふやな自分。

 何か出来るなんて傲っていない凡人で、漠然と生きるのだろうとすら思っていた。


「それでもクロを守りたいんだ……!」


 洗濯糊とホウ砂と水でできたスライム。

 さっきまでのレイの中にあった不定形な自画像は、当て嵌めるなら確かにスライムだった。

 どんな形も取れる、故の不安定。

 どっち付かずの自分を象徴していた。

 だから、その柔い精神に芯を突き立てる。

 追い込まれて逃げる選択しかできない自分を否定するために。

 これは俗に言う賢くない選択だった。

 けれどレイは、胸の奥でひっそりと芽生えた勇気を踏みにじる真似はしたくなかった。

 端的に表したなら、それはひたすらワガママな欲望。

 レイとピンク色の髪の彼女との距離は、すでに歩みにして数歩もなかった。


「す、すみません! お願いします。少しでいい、話をする時間をください!」

「え、君」


 《SPCTRaS》の少女は、余裕の失せた表情でレイの対応をした。

 避難民の誘導というのは、特に暴徒化寸前の市民の扱いは、《纏輪》を持つ彼女たちでさえ難しいのだろう。

 それがよく伝わっるワンシーンだった。

 レイは、失礼を承知の上で言葉を遮った。


「あの人が……クロさんが、復活した《SPCT》と戦っているんです! 誰か助けに行けないんですか!?」


 レイが選択したのは、クロの危機を伝えること。それが最善だと思ったから。

 しかし、快諾される予想に反して、相手の少女は唇を噛みしめた。


「本部からの連絡で状況は把握しています……しかし、民衆の護衛も私たちの義務です。これ以上戦闘に人数を割くことは認められていません……!」


 その本心は、友軍として駆けつけたい気持ちで溢れているに違いない。

 だが、皮肉にもそれを不可能足らしめているのは、レイを含む醜い民衆だった。


「そんな、他には……!」

「ここ静岡に派遣されているのは、小隊長である私、鳳凰寺二羽と部隊員の二名のみです」

「たった、たった三人ってことですか!?」


 支部職員を含めれば、その限りではない。

 そんなことはレイにだって分かる。

 だが、《SPCT》という災害に対してあまりにも人員が少なすぎた。


「他支部からの増援は早くて三十分。それまではクロに持ちこたえて――」

「なら、僕はクロさんを助けます!」


 レイの決意が、流れ行く民衆の中で目立つことなく響く。

 普段のレイは別に恩を感じたりだとか、正義感に溢れているわけではない。

 友達と適度な距離を保つし、簡単に見限ることだってある。

 だけれど、受けた情の区別すらつかない訳じゃない。


「僕はクロさんに返すものがあるので」

「あっ! 警官さん、その人を止めて!」


 フタバはレイの行動に見当がついて、誘導作業についている制服警官に命令した。

 こと《SPCT》に関することにおいて、彼女たちは一般警察よりも権限が強いのだ。

 青のシャツに紺の対刃防護衣を着込んだ男が、レイの前に立ちはだかる。

 犯罪者とでも思われているのだろうか。

 そんな被害妄想をしつつも、レイは果敢に走り抜く姿勢を貫いた。


「止ま」

「すみません!」


 通らせてもらいます、と心の中で謝罪した。

 レイが取った行動は人を盾にすることだった。

 勿論のこと、無理矢理力ずくで人間を壁にしたわけではない。

 自分と警官の間に人が位置するよう、無い知恵を絞り出したのだった。


「なんてこと……!」


 《SPCTRaS》の戦闘員は人間の身に余る力を保持する。

 故に、一般人に手を出せない。

 しかも任務中の出来事であり、そこにレイのような自殺志願者を救助する余地など無なかった。

 だからフタバは呆然とその一部始終を眺めるしかなく。

 同年代だろう青年が人混みに逆らって消えていくのを、遠目から見逃すことしかできない。

 レイもまた、突発的なスニーキングミッションに混乱していた。

 人生の内でお上に歯向かうなど想定していなかったからだ。

 必然、脳内が落ち着くと同時に、走りながらほっと息を吐いた。


「やった……やったぁっ、抜けたぞ!」


 喜ぶ姿は無邪気そのもの。

 気を張り続ける必要はあるものの、一応の成果にはしゃぐ余裕が生まれていたのだ。

 それからのレイの行動は実に軽快に進んでいると言って良かった。

 逆方向に進む人の群れが、呼び掛けやハンドサインもなく、彼を避けるからである。


「クロ、僕は君に当たり前の平和を返したい!」


 避難民として逃げる途中に、我に帰ることが無ければ、レイはクロの安否を気遣うこともなかったはずだ。

 けれどクロの真意を汲み取ってしまった。

 危険を省みない後ろ姿を目にしてしまった。

 そんな青臭い考えの元、レイは一目散に、一心不乱に足を濡れた路面に叩きつけた。


「もうすぐあの場所が見える、かな」


 言葉の終わりに一息つこうと思っていた矢先のことだった。

 「オン」という咆哮が、街のビルに反射して聞こえる。

 微かではあるが《SPCT》とまばゆい金色輪の威光を目視できる。

 とにもかくにも、レイは望んでこの地獄に戻ることに成功したわけだ。


「いる。動いてる。生きて、いるっ!」


 クロが近くにいたなら酷い三段活用法だと呆れてしまう言葉だった。

 レイがかの青年戦闘員の生存を願っていたことに対する裏返しとしてもである。


「ク」


 果たしてレイは後に付くロの一文字を発声できなかった。

 というのも元を正せば、彼ら超生物同士の闘いに介入する術がないからだ。


「そうだよ、僕に何ができるんだよ。囮か? ハハッ」


 急な課題を押し付けられたような理不尽は、レイを現実に振り返らせる。

 漫画の主人公のように、勇を示して大敵に立ち向えない。

 英雄譚の一綴りにレイの名が載ることなどあらゆる可能性において有り得ないのだ。


「でも……やるって決めたじゃんか、僕」


 《SPCTRaS》の小隊長と名乗るフタバに大見得張って啖呵を切った。

 レイがその事実を自身の胸に突きつけると、まるで刃物で脅されたみたいに腹部がくっと引き吊る。


「っん、ぷはっ」


 何もできないなら、レイはなおのこと考えねばならない。

 現状打破の一策に思考の全てを巡らせる。


「使えそうな物が、あるわけ無いか」


 片腕でポケットの中を探る。

 指先に感触は返ってこない。

 もう片方には、無くすわけにはいかない財布様。

 無い知恵を絞った挙げ句、ついに石ころでも投げてやろうかと思ったときだ。

 レイはふと上半分が倒壊したビルの辺りに目をやる。

 それから自分で出した結論にゾッとした。

 雨に濡れた身体も相まって効果はひとしおである。


(僕は泥棒に成りたくてここに来たんじゃない、けれど……)


 とても実行して良いものではない。付け加えると、大抵の人間からは誉められないことである。

 死んだ人の物を戴き、その上勝手に使おうなど。


「罰当たりだけど、もうこれしかない。僕にビルが壊せるわけもないんだ。なら、やれることはやらないと……!」


 気持ちを固めた瞬間にレイの頭が跳ね上がる。

 目には闘志に似た決意が宿っていた。

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こちらリメイク版及び第一部の続きとなります→片翼の纏輪~片翼の天使たちが羽を休めるその時まで~http://ncode.syosetu.com/n5651dj/
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