第34翼 神の息吹を越えて12
いつもお読みいただきありがとうございます。
エピローグ。
《SPCTRaS》静岡支部の元支部長、風吹龍一のクーデターから数日。
昏睡から覚醒したレイが聞いたのは、実質的な《WINGS》の解散だった。
「そっか、フブキさんはまだ捕まっていないんだね」
「ええ、そのようです。あの怪我で動けたとも思えませんし、何者かが逃亡扶助した可能性が高いです」
桃色髪の少女、鳳凰寺双羽は、果物ナイフを器用に扱う。
もちろん、背中を病室のベッドに付けたレイの隣に座りながら。
手元には、ウサギの形に切り分けられたリンゴが並んでいる。
紙皿の上で団欒する、紅白の小動物たち。
「いただくね」
それを、爪楊枝でぷすりと刺して口に運ぶ。
「手が早いですね、レイ君。リンゴ、好きなんですか?」
「美味しそうだったから手が……って凄く嫌な言い方だなぁ、それ」
今回の事件では、民間人の死傷者は比較的少ないと報告されている。
《纏輪》使いにも重傷者はいこそすれ、死者は出なかった。左手首を吹き飛ばされたハガネなど、すっかり病院食をがっついている始末。
《纏輪》使いの生命力には、ほとほと呆れるばかりだ。
チヅルが、レイと同じく《纏輪解放》したというのも充分驚いたが。
「それにしても、また長野に来ようなんてね。あと、シブミさんが生き残ってたことに驚いたよ」
「出張していたらしいですからね、ものすごい悪運ですよ」
フタバと一緒に病室で笑い合う。
「あと、レイ君のお姉さんの説得が大変だったんですから……色々な意味で」
「はは。ウチの女性は妖怪染みた勘を持ってるからね……」
(確実にフタバと付き合ってるのがバレたな、フタヨも一緒にだなんてバレたら……考えるだけでも恐ろしいな)
携帯端末の電源を入れるのが怖い。
画面をオープンした直後に、マコトからフォンコールが飛んできそうで。
「ツバサはどうなったの?」
「ああ、彼女は――」
一応、他の《WINGs》組員同様に目隠しして拘束されているらしい。《纏輪》使い数名と自動化された銃火器による厳重な措置がとられており、面会は出来ないそうだ。
「まだは顔を合わせることもできないんだね」
「そこは、もどかしい所ですよね。本部のお偉い様方は、何人か過去の責任を問われて辞任したらしいですが、今の私たちへの対応が変わる話では無さそうなので伏せます」
「支部再建の目処もまだたってないんだよね」
本部は本部でてんやわんやしていて当てにならず。かといって、レイたちがどうにか出来ることではない。
「今は、ゆっくりと休みしょう」
「うん……」
フブキが言った大天使の言葉は気になるが、世界がどうこうと言われたところで、レイが出来るのは精々人と天使の架け橋役くらいだろう。
多分、頭の悪いレイは、そのときにならないと理解できないから。
「こら」
「痛い」
「レイ君すぐ顔に出るんですから、変なこと考えないように」
フタバにおでこを指先で弾かれた。
「そうだね。今は……」
上下式の鍵を指で下ろし、窓枠に手を掛ける。窓を開けると怒られるが、病院の換気の不十分な空気はもう嫌だ。
昔ならからからとホイールの回る音がしたんだろうか。
隙間から吹く風は、そんな感傷に浸らせてくれることはなかった。
「僕らが、守れるものを守った。それで……良いよね」
「はいっ!」
フタバが太陽のように微笑む。
「あーっ、レイ、目覚めてんじゃんよ! いてえ! 何すんのホトリちゃん」
「クロ先輩、ここは怪我人の部屋デス。静かにするデス」
「ホトリちゃんもお静かに」
元々、軽傷で済んでいたクロと足を完治させたホトリは、変わらず騒がしい。
それを嗜めるフタバもいつも通りだ。
フタヨはこの光景を見て、大笑いでもしているのだろうか。
「これが平和、なのかな」
ふと心の中の言葉が口に出ていた。
「あったり前だろ。ま、このクロ様がいりゃいつだって平和ってもんよ!」
「クロ先輩はともかく、私は平和だと思うです」
そのやり取りで、レイは納得を深める。
フタバは失笑しながらも、言葉を紡いだ。
「恒久の平和はない。でも、続けていけたらいいですね、レイ君」
「……うん。僕も、そう思う」
束の間だろうが、一時だろうが平和には違いない。
レイたちはこの先、フブキが大天使と呼ぶ存在と対面するかもしれない。
その時は、己が片翼に誓った通りに動けばいい。
――人と天使の間に生まれた半天使、片翅嶺として。
――片翼の纏輪――Fin
これにて完結。
いろいろと言いたいことはあると思いますが、『片翼の纏輪』の今後については、活動報告でさせていただきます。
これまでこの作品にお付き合いいただき、本当にありがとうありがとうございました。




