第31翼 神の息吹を越えて9
いつもお読みいただきありがとうございます。
VSツバサです。
なおこの両生類の戦闘観に、だらだら戦い続けさせるといったものは入っておりません。いつだって勝負は一瞬で決まる、です。
時が弄られているなどと露知らず、レイたちは惨劇の広場を目指した。
懐かしの《SPCTRaS》静岡支部だ。
「アレは……!?」
「フブキ支部長とハガネ支部長が戦ってる……!」
支部前の環状交差点の中心。そこでフブキとハガネが死闘を演じている。
旧友としての、組織のトップを務める者としての戦いを。
「それだけじゃねえ、ビンゴだ。ツバサもいる!」
「でもこれは酷い、です」
最後の一人とおぼしき支部長格が倒れている。
全員、命は繋ぎ止めていそうではあるが、血を流している者もいる。猶予は無いと考えた方がいい。
「懲りずに来たか、カタバネと羽虫ども」
息を上げながら、背の金色翼を広げるツバサ。
支部長格四人を相手に呼吸を荒げるだけで済ませる彼女は、一体どれだけの強さなのか。
「貴様らがそっちから来たということは、第二師団がミスをしたか。まあ、私は寛大だからな。叱らず、貴様らの相手をするまでだ」
「おい、見逃した奴を叱るってよ。もう勝った気でいやがる所が気に食わねえな」
「何度も言わせるな、貴様らに負ける私ではない。それにマイロードの御目汚しも避けたいからな」
ふふん、とクロは笑う。
「ならすぐに終わらせて、ついでにフブキの野郎の目に付かねえところにもご招待だ……!」
クロはいの一番に《纏輪》を開放する。《天絶》として金色輪、金色翼が漆黒に染まっていく。
「解放したか……聞いているぞ、斬るしか能のない力だと」
「そいつは過小評価をどうもォ、絶ち切れ《天絶》」
クロの《天絶》は、斬るのではなく絶つ。
今まで剣態と複合してしか使ってこなかった、《天絶》を空間を絶ち切ることに注ぐ。
これぞ、クロの奥の手。
四方を黒色の壁に囲まれたこの異空間は、外と断絶された完全孤立の場所。もはや場所という概念があるかすら怪しい。
その証拠に、指揮者の通信が受信されていないのだ。
「おう、テメエの力が空間を繋ぐなら、俺はそれを絶ち切ってやらあ……分かんねえようなら、これだけ覚えとけ。このクロ様と《天絶》に絶てねえもんはねえってな!」
口癖のソレを言い放ち、クロはカラスの翅のような色合いの纏輪刀をぎらつかせた。
「なんだったら、お仲間に助けてーって言って見ろよ。ご自慢の《天継》でさ」
「フ、フフ。羽虫が粋がるじゃないか。精々驕れ、貴様らの相手が暮色翼だと言うことをその身に刻んでくれる」
プライドの高いツバサが格下相手に煽られれば、こう返答することは見えていた。
「その慢心と共に沈め、輪開三十光」
「げ!?」
「させないよ」
とんでもない数の輪開光。
捌くことはとてもできそうにないと思ったレイは、金色翼を最大にまで広げる。
全員を十分に覆うレイの翼に、三十本の光柱が吸い込まれた。
「あっつ……」
「ほう、そこまで使いこなすようになったか、カタバネ」
「……ツバサの動きは色々参考になったし、僕だって長野で何も学ばなかったわけじゃない!」
片翼を伸縮自在に扱えるのが《降臨型》のハイスペックな所である。通常の《纏輪》で広範囲を防御したり、自分たちを包み込むことは不可能なのだ。
「ほほう、ならば殴るまで!」
「来ます、備えてっ!」
《纏輪開放》したクロを軸に、陣形を整えつつツバサへの対処。
接敵したのは、先頭で楯のように位置取るレイ。繰り出された拳を受け止める。
「重っ……!」
「軽い」
手の骨が砕けそうなほどの威力に、足が数歩下がる。
ツバサが腰をかがめ、レイの重心の真下に入ろうとした。
「がら空きぃ!」
「侮ってくれるな、羽虫」
後ろに回り込んだクロが黒染めの纏輪刀を振り下すが、下からうねって飛び出す金色翼に殴られる。
キッチリ、《天絶》の力を帯びた纏輪刀を避けていた。
ツバサの金色翼は、まるで仮初の命を与えられているように動く。
「が!?」
「《候空》、行きますよ」
「またそれか。流石にその力との合わせは厄介だ……解放、《天継》」
これでこの場で《纏輪解放》できる全員が本気になった。
クロやフタバが後悔していない技があるように、ツバサとて切り札の一つや二つ隠し持っている。
だれも想定できないような異常を起こす、奇跡の力を振るうのだ。
「貴様らに見せてやろう、私が……真の《纏輪》使いだ」
――右手の甲。
「……です?」
――左肩から上腕まで。
「おい、おいおいおい!?」
――両くるぶし。
「まさか……繋げたというのですか、無理矢理」
――最後に、背に二重の金色輪。
「僕の、《纏輪》も……」
レイたちの《纏輪》と全く同じ個所から、生成される新たなるツバサの《纏輪》たち。
それら全ての金色翼が堕天したように黒く在った。
ツバサは鈍痛の走る頭を押さえ、熱の篭った大笑いをしている。
「は、ハハ、ははは! 素晴らしい、これぞ……これぞ大天使をも超える領域だ!」
「気違いが……!」
「ありえない、です」
三対六枚の翼を持つ天使、熾天使ルシファー。
堕天使へと身をやつした彼女の姿は、その体こそ燃え盛っておらずとも、悪魔の王と呼ばれるに相応しい。
「この素晴らしい力、振るわずにはいられないな!」
ツバサの《纏輪》たちが一糸乱れず銃態となった。
レイの顔面から血の気が引いていく。
(マズい、さっきのが三十……今度は!?)
「輪開五十光、発射」
「五十だと……!?」
「《燦燦たる御身》!」
レイに何度も負担をかけてはダメだ。そう判断したフタバは、一人動く。
この黒い空間の中では、天候の変化が無い。ならば、フタバ自身が晴れとなればいい。
熱さのコントロールをし、周囲に自然発火を起こす。天候を司る彼女は、即席のファイアウォールを作り上げた。
「やるな、双翼の小娘……ん、どこへ!?」
「《建御雷の雨雲》」
フタバの手数は天候の種類だけある。
サンバーストによって起こした水蒸気をそのまま転用すれば、ツバサの背後を取ることなど容易。
雷雲になった身で、ツバサに触れる。
「悪しき想いに雷の裁きを」
「ぐ、ぎゃァァ………!? この、輪開全光!」
全方向に輪開光を射出する姿は、災害にも等しい。制御は全くなされていないが、百条近くの光が迸る。
それは天使に後光が差したようだった。ただし、あらゆる金色の光は、黒く変わり果てている。
「う……くぅ!?」
がむしゃらな攻撃を避け切ること叶わず、ホトリが足をやられた。輪開光に片方の太腿を打ち抜かれては、満足に動けないだろう。
事実上の戦闘不能だ。
解放済みの二人が猛反撃に移る中、レイは援護に入った。
「ホトリちゃん!」
「大丈夫、です。私だって……この隊の一員です。最後まで、戦い通して、そしたら、フタバ先輩とフタヨ先輩に内緒で膝枕してあげるですぅ」
「……わかった、無理はしないでよ」
(ホトリちゃんがこんなに強気なんだ、僕だって……)
レイは集中力を極限まで高める。
肩甲骨付近の筋肉が痙攣を始めるまで、あと何秒かかるだろうか。
「羽虫が! 一矢報いて良い気分か!?」
「タフだな、流石《降臨型》!」
「良い気分も何も、貴方たちのせいでぶち壊しです!」
三人が闘い続ける中、ツバサだけを輪開光で撃ち抜く。
指揮者の存在がない今、フタバたち二人と息を合わせるのは難しい。激しい戦闘の最中に、レイの言葉を聞き取る余裕はない。
安易に耳を傾ければ、作戦を実行する前に仕留められてしまう。
(くっ、二人が離れない。なら輪開光攻撃は止めだ。僕の剣態でどうにか潰せれば……!)
レイは蓄積した力をどうやってツバサに当てる物かと考える。
自分一人では到底できそうにはないが……。
二人の闘いに自分だけで参入しても、足元でうろちょろする虫のような物だ。
「レイさん」
「ホトリちゃん?」
「狙撃なら、私に任せるです。動き、止めて見せるですよ」
そうである、レイたちの中で狙撃が一番うまいのはホトリ。
レイは無意識に、彼女は戦闘続行不可能だと決めつけていたのだ。これは余りに礼を欠いていた。
その埋め合わせには信頼で応えるべきだ。
「ごめん、頼める?」
「どんとこいです。その代わり、時間は稼いでもらうです」
ホトリの輪開光狙撃の精密さは、狙いをつける時間があってこそ。
そのくらい持たせられなくては、レイにも頑張り甲斐がないというもの。
「一分、です。私が発射できる最大の輪開光をお見せするです」
「分かった」
「あうっ」
レイは、そのブルーハワイ色の頭頂に手を置いて、くしゃりと撫でた。
「期待してるっ」
「ばっちこい、です」
向き直るとクロが殴り飛ばされているところだった。近接戦でクロが押されているのに、レイに何ができよう。
「上等だよ、僕だってやる時はやるんだ」
レイは、ブーツの踵に思い切り力を込める。低いヒールに掛かった圧力が爆ぜ、人一人をはじく。
「うああああああ!」
「カタバネ、今更お前が出てくるかっ!」
「レイ君――くっ!?」
フタバが声を上げながら蹴りを喰らい、壁の端まですっ飛んでいく。
そして、動かなくなった。気絶してしまったようだ。
ツバサとて《建御雷の雷雲》のカウンターを受けるはずなのに、相当なりふり構わず闘っているのかもしれない。
「フタバ!? 巨翼鎚!」
「ハッ、自力勝負と行こうかァ!」
縦に伸ばした巨翼を二枚の黒い翼が十字に受け、黒い床が軋む。
「くああああ!」
「おおッ! たった二ヶ月でよくぞここまで成長したものだ!」
「あぁ! 少しでもツバサたちの次元に追いつきたくて……毎日、必死だった!」
「ぬっ……」
更にレイの金色翼が押し込む。それでもツバサは余裕を失わない。
《纏輪解放》によって上がった能力、そして《天継》が生んだレイの纏輪のレプリカ。
どちらも強い。
加えてクロとホトリのレプリカ金色輪がレイを狙い定める。
「部分的に、銃態……!」
「輪開十光!」
「ぐあ!?」
何もかも違い過ぎる。力も手数も、実力も。
腹部と肩に良いのを三発ほど受け、レイが押し敗れる。
力を入れていたために貫通は避けたが、骨は無事では済まなかった。
(あばらが凹んでるみたいに痛い、だけどまだ三十秒残ってる!)
痛めたことを表に出したら挫ける気がした。
レイの金色翼を引っ込め、円環の縁から八条の光を放出する。
「チッ」
「負けない!」
「良い根性だぜっ、《纏輪刀一式・水》!」
ツバサが両くるぶしの《纏輪》で輪開光をガードし、視界を塞いだところをクロが撫で斬る。
摩擦力を最大に使った、流れるような二連切り。
模造品の《双纏輪》、その双翼が切り落とされる。
《降臨型》の高防御力をもってしても、《天絶》の絶対切断能力には抗えない。
「がアアアアア!?」
いくらレプリカの金色翼とはいえ、痛みはあるのだろう。
ツバサは、苦痛に顔を歪めて後退する。
しかし、
「にがさない、デース」
金色輪を目一杯の直径まで展開した、ホトリがこの機を狙っていた。
輪開光数の合計二十、時間を掛ければ誰でもできると思うなかれ。
ツバサの輪開三十光がおかしいだけであって、実際の戦闘で十を超える数は使わない。
常識的なサイズの《纏輪》ならなおさらだ。
「チッ!」
ガード体勢に入ったツバサの周りに、一瞬だけ出来た金色の檻。
ここでツバサが無理にでも突破していれば、また少し結果は変わっただろう。
「無視するたあどういうことァ? 《雨天の滴り》」
「ガボッ!?」
液状へと身体を変質させた少女が、ツバサの身体を包む。
ツバサは何故動けると言った表情をしていた。
(まさか……フタヨ!?)
「アネキをヒデエ目合わせやがって、ぶっ殺すぞ」
なんともRPGのスライムを彷彿とさせる姿。だが、恐ろしいのは常軌を超える拘束力と窒息死を狙える水の体積だ。
身体の体積を全て水に変えて、人間を易々と包み込む。
どれほどもがけども、今のフタヨに物理攻撃はほぼ意味が無い。
「斬れ、クロ助ェ!」
「おう、ナイスだフタヨ。んで、覚悟しろよツバサ」
クロは《大纏輪刀・黒漆剣》を発動させていた。
鈍く見えるその刀身は、万物を切らんとする絶刀である。
「《纏輪刀二式・水蓮》」
クロは、敵をフタヨごと連続で斬る。
残る右手の甲、左肩、最後の砦である一対の《降臨型纏輪》の悉くを根元から寸断した。
ツバサ本体を切らなかったのは、殺しては何もならないと判断してだろう。
一連の驚愕行動に、レイは唖然とするもすぐに立ち直る。
(クロは、そんなことも分からずに仲間に刃を向けない! なら、フタヨは無事……!)
その証拠に《候空》が消えていない。
レイは金色翼を広げ、巨翼鎚の体勢に入る。
目標は……痛みに呻きながら、水泡に囚われたツバサだ。
「巨、翼鎚ァァ!」
「…………!」
その時、ツバサはなんと叫んだのだろうか。大きく口を開けた彼女が言った言葉は、きっとフタヨにしか聞こえていない。
だとしても多分、ツバサはレイを呼んだのだと思う。
レイが同じ立場なら、そう叫ぶだろうから。
「ごめん、目が覚めたら……」
話そう、と言う前にレイの金色翼はフタヨ諸共、ツバサを叩き潰した。
「……これフタバとフタヨ、大丈夫だよね?」
「問題ねえ、水になってるからな。斬っても突いても殴っても、この状態に何かできる奴なんてフブキの野郎ぐらいじゃねえのか? 他を知らんからどうとも言えないけどさ」
「おーいつつ、ったく蹴られたところが痛いぜ」
「フタヨ!」
飛び散った液体が身体を求めて彷徨っていると思ったら、見る間に人間の形を取る。
我らが部隊長、フタバとその妹、フタヨだ。
今は、気絶した姉に代わり、妹が身体を取り扱っている。
「あ、おい、レイ!?……抱き着くな、ハズイだろうが」
「あ、ごめん……ん?」
赤面したフタヨから離れると横から視線を感じた。
「へー……」
「ふうん、です」
さながら浮気現場を目撃されたようである。事実は異なるのに。
「「ち、違う。これは」」
「いーよ、いーよ。どんどん、やってくれ。見て見ぬ振りするから」
「寝取られた、です?」
(ああ、酷い……そしてホトリちゃんはどこでそんな言葉を覚えたの)
「一先ず、この空間を解除するぜ。そこで伸びてるツバサの腕は拘束したし、俺たちは退却だ、良いな? 途中で俺たちの《纏輪解放》は切れるから、一時間の休憩を入れるぞ」
「おい、リーダーは俺だぞ」
フタヨに発言を任せないのは……クロの優しさなのだろう。ぽりぽりと頭を描いて、至極真っ当なことを言う。
話題が逸れたのはいいことだが、悶々とした気分はぬぐえないレイだった。
「じゃあ、解除」
「ん……」
突然、光量が増えたと思うと、昼間の市街地が姿を現す。
そして、
「……ハガネ……支部長?」
同じく数秒とせず瞳に映るのは、満身創痍のフブキの身体にもたれ掛かる男の姿。
長野支部長、斥蔵鋼の全身はズタボロだった。




