第30翼 神の息吹を越えて8
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「テメエらは逃がさねえェ……絶対になああああ!」
戦闘が激化する第七ポイント市街地区。
フジミ隊VS《礫鎧》の闘いは佳境を迎えていた。
激しく突出した石群に周りを囲まれ、万事休す。援軍も望めない。
『お前達、互いに動きを阻害しないように散れ!』
フジミの念話指示によって統率された一つの生き物。ここに至っては、指揮者の統率は意味を成さない。
その集団を捉えるのは、蜘蛛の巣のように張り巡らされた石の檻だ。
「無駄だって言ってんだろおおお!」
『クッ、コイツ俺だけを……』
相手が分散したなら、最も倒す効果のあるやつを倒す。
――徹底的に。
それが《礫鎧》のシンプルで、最も怖い考え方である。
『ツグ!?』
『バカッ、チヅル! こっちは気にするな!』
「ハァ……!」
そして優先順位は、突然変更することもある。
《礫鎧》は仮面の下で笑っていた。こうも上手く釣れたから。
フジミに寄っていた勢いを急転換し、チヅルへと食って掛かる。
「チヅルッ、ぐあ!?」
「まず一打ァ」
変色によってますますトンファーに見えるそれが、フジミを強打する。チヅルを庇ったからだ。
そのまま勢いに乗って、豆鉄砲のように滑空するフジミ。
《礫鎧》は自分だけを見ていたはずなのに、何故? チヅルがそんな疑念を浮かべて間もなく、上段蹴りが襲う。
「ツグッ、くぁ……! 貴方、後ろが見えているの!?」
「ああん、んな訳ねえだろ。ここは俺様のテリトリーだ。誰がどんな動きをしてるかなんて筒抜けなんだよ、バァーカ!」
その言葉に嘘はない。
《地天使の監獄》は彼にとっての庭。もっと相応しい言い方をするなら、《礫鎧》という名をした蜘蛛の巣の上なのだ。
飛び出した石柱は、彼の神経も同義。
足を着ければ振動は伝わり、空を移動すれば大気の動きすら感じとる。
『ヂヅル氏!』
『このー!』
離れていたミヒロとコズエが輪開光を乱射。《礫鎧》は、それすら難なくかわして見せた。
『念話と能力上昇が切れてないから、フジミ氏は無事です。チヅル氏はフォローを』
『分かったわ!』
「どぉこ、行くんだよぉ!? お嬢ちゃんんん!」
「おっと、私が相手になりましょうっ!」
「レディを追っかけ回すのは感心しねーっすよ!」
追撃に乗り出す《礫鎧》を二人の剣態が押し止める。
仲間の二人が時間を稼いでいる間に、チヅルはフジミのところへ急ぐ。
「ツグ、立てる!?」
「ああ、良いのを貰って可愛い妹が拗ねている夢を見ていたぞ。もう大丈夫だ」
「それは走馬灯じゃない! 冗談よしてよ、このシスコン!」
チヅルは肩を貸しながら、消耗具合を考える。
『戦線崩壊を避けるために、一時撤退を指示します』
「ダメだ、今コイツを逃したら残りの数分であろうとフタバたちを追うだろう。それに、逃げようにも物理的な隙間ほとんどない。奴を倒す、それが俺たちのすべきことだ」
指揮者スミレは冷静に決を下す。
それも、フジミは突っぱねる。
(口じゃ強がってるだけ。これ以上の損害は……)
「手厳しいな、チヅルは。あと考えてることが丸分かりだから、思考リンク中は変なこと考えない方がいいぞ」
え? と気を抜いた瞬間、フジミは全力疾走を始めた。
《纏輪解放》の上での能力向上により、ちょっとした二輪自動車のよう速さだ。
「もう帰ってきたかのかぁ、ガキは寝んねの時間だぜぇ?」
「テロなんて子供じみた事をしている奴に言われたくはない!」
三対一の攻防だというのに、《礫鎧》の猛攻は休まない。恐らく、《隆盛》で攻撃の威力すら調整している。
レイたちが離脱してから、まだ十分も経っていないのを信じたくないほど、《礫鎧》は強い。耐え続けたとして、活動限界の三十分を凌げるかどうか。
(どうする、どうすれば……?)
フジミとは、幼いころから一緒だった。その彼が、決死の覚悟で《礫鎧》と戦っている。
ミヒロやコズエも大切だが、チヅルだって聖人ではない。大事に想う最優先はいつだって幼馴染の彼だ。
「なんで、」
なんであの頃みたいに、平穏に……とチヅルは歯噛みしながら、輪開光の支援を開始した。
だが、元々命中率がさほど高くないチヅルだ。
《礫鎧》は呼吸をするような自然さで避ける。ミヒロも下がって支援砲撃をしているが、効果は薄い。
「隙ぃアリィ」
「かっ……あ!?」
フジミの鳩尾にトンファーの鋭利な突部分が突き刺さる。
それを機に、《添奉》の効果が切れた。
時間切れではなく、フジミの集中力が途切れたせいだ。
「嘘、ツグ……!」
「フジミ氏!……くっ、力が」
「ううっ、攻撃が重いっす」
「一人目ぇ」
チヅルは顔色を真っ青に染め、横向きの石柱から落ちる幼馴染を捕らえた。
吐血に骨折、外部出血、内臓破裂まであるかもしれない。
今にも死にそうなフジミを抱きかかえる。チヅルは、何故こんな惨い結果になったのだと涙を滲ませて振り返る。
「目を開けて、ツグ! ココロちゃん、今月も来るんでしょ!? ここで死んだら会えないんだよ!? お願いだから、早く……」
「ごめん……チヅル……しくった。後は、頼、む」
急に、腕に掛かる体重が増える。
そこでフジミは意識を断ったのだ。
まだ息はあるが、この状態で生存ができるかといえば……NO。
「なんで……?」
今思えば、《纏輪》に目覚めたことすら恨めしい。《SPCT》がフジミとチヅルの住んでいた町を襲っていなければと、そう切に思う。
だが、それはもう後戻りできない過去だ。
『それが、赤郷千鶴の根源』
ミヒロとコズエの裂傷がどんどん増えていく。落ちた身体能力に加えて、動きも鈍っている。
自分も動かなきゃと感じながら、チヅルは自分の右ふくらはぎの金色輪に意識を向けていた。
『今を進めない、前に進めない、されど後には戻りたい』
チヅルは今、|《纏輪》《自分》と会話をしてるのだ。
『故郷を求めるその心、退の一点を求めるその魂しかと受け取った。我が名は《戻路》、現を否定する者なり』
自分が何者と喋っているかなんて、チヅルは構わなかった。
ただこの声に従えと、全身が訴えている。
「それが……私の」
その切っ掛けが、その一言が、チヅルの金色輪を真っ赤に染めていく。真紅のような赤に。
「《纏輪解放》……《戻路》」
これが後に《遡行者》と呼ばれる、《纏輪》使いの目覚めだった。
*
「あ、れ?」
チヅルは、急に自分がどこに立っているのか分からなくなって浮き足立った。
そして、それはその場に居た全員も驚愕させる。
「チヅル……? お前、それ……《纏輪》を開放したのか?」
フジミが目の前にいる。周りは市街地が見える。
「《地天使の監獄》が発動されてない……?」
レイたちが走り去った後の光景だった。
《礫鎧》は気味の悪いものを目撃したように慄く。
「んだ、テメエ、いきなりデケェ気配がしたと思ったら。なんだその真っ赤な《纏輪》はァ……」
(時間が巻き戻った……これが《戻路》の力? ツグの《添奉》も途切れてない。何より、ツグが瀕死の状態じゃない……!?)
何より、チヅルの《戻路》が継続している。
感覚で理解できた、これは自分の体内時計だけはそのままなのだと。精神や記憶を保持して、タイムリープをしているのだと。
おそらく、《纏輪解放》がそのままなのは、本人の精神性によるものだから。
だからあの悪夢のような時間に受けた傷が消えている。
「目立ちたがりの女ァ! お前から殺す、《大地喝采》!」
『避けろチヅル!』
『大丈夫……!』
(こいつの攻撃パターンは、もう何回も見ている……!)
「あ?」
石柱を避けに避け、チヅルは多少の擦り傷を負いながらもそれを突破した。
『なんだか良く分からんが、俺たちも行くぞ!』
『了解しました』
『お、おーっす!』
続くフジミたちもチンプンカンプンの頭で再動を始める。
だが、それよりも《纏輪解放》し、かつ《添奉》まで加わったチヅルの動きは無双に近かった。
「こんの……女!」
遂に接近を許した《礫鎧》は殴るふりを見せてから、地中から鋭い石の棘を噴出。
その全てが、チヅルを真下から刺した。
血飛沫が舞ったのは、無かったことになる。
チヅルの《戻路》によって、本来あるはずだった未来は『下書き』とでも呼ばれる状態になる。
チヅルの行動が変わることによって、『下書き』になった未来が、『上書き』されることも当然起こりうる。
「こんの……おんぶるァ!?」
チヅルは二回目の《戻路》を使い、一瞬前に戻ってきた。
そして、全力で《礫鎧》の頬をぶん殴る。
怯んだ隙に、切り返してアッパー。
仮面に覆われた顎を打ち抜く。
「は……?」
突如《纏輪解放》状態になったことと言い、《礫鎧》を圧倒し始めたことと言い、フジミは夢を見ていると錯覚しそうだった。
実際、チヅルによって、都合の悪い未来は夢のように消えているわけだが。
「あんまり、女の子を嘗めるんじゃないわよ!」
「調子、乗んなよォゴホッ。ウラァ!」
どんなに勢いの乗った、凄まじいパンチが来たとしても。
未来を知る者に敵うはずもない。
「調子、乗んなよォゴホッ。ウグバァ!?」
来ると分かっているテレフォンパンチに当たるバカはいない。
チヅルはクロスカウンターを叩き込み、連撃のついでと飛び膝蹴り。
意識が朦朧としている首元を膝裏で抱え込む。所謂、絞めの状態だ。
《纏輪》覚醒者だろうが、頸動脈を絞められれば……。
「チェックメイトよ、《礫鎧》」
「ぢ、ぢぐじょヴヴヴヴ!」
最大の怨嗟と屈辱を込めて、《礫鎧》は呻く。
仮面も半分壊れて、素顔は露出。それでもなおもがき続けた。
しかし、こうも完璧に決まってしまった以上、勝敗が揺るぐことは無い。
「ぐ……ぞ、が」
十秒もしない間に、《礫鎧》は沈んだ。
もっと暴れてやるとその顔には書いてあったが、それも既に無駄な意思表示。
「チヅル、済まない! 何があったんだか、俺にはさっぱり理解不能だ! 説明してくれ……」
「こっちにもですね」
「っす」
チヅルに追いついた頃には、全てが片付いていた。
皆には申し訳ないが、都合の悪いことは全部伏せるつもりのチヅルだ。
だから、ひとまずは微笑んでおいた。
「うーんと、取り敢えず《礫鎧》を拘束してから、ね!」
「お、おう」
チヅルの赤縁眼鏡が小悪魔的にきらりと光った。
フジミは、何故かそんな風に身の震える思いを味わうのだった。
――《SPCTRaS》長野支部フジミ隊VS《WINGs》第二師団長《礫鎧》。
フジミ隊、勝利。




