第29翼 神の息吹を越えて7
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「チッ! 今頃になって勢い付きやがって……で俺たちはフブキ様にここを任されたわけだが……」
《WINGs》第二師団幹部の《礫鎧》は、組み立て式のパイプ椅子を力の限り蹴飛ばす。
熟練《纏輪》使いの一撃で、分解バラバラに飛んでいく。パイプ椅子はただの鉄くずになった。
「なんだ、テメエらは。混乱に乗じて俺のクビを取ろうってか! おこぼれにでも与ろうってか? ええ、《SPCTRaS》の平隊員!」
縦二本の金色線が入った白仮面の下は、さぞかし歪んでいるのだろう。《礫鎧》の大人になりかけで止まった身体が、レイたちと同世代なのだと勘違いを引き起こしそうだ。
髪と瞳は地味な茶色で、外見情報はそれ以上読み取れない。
「何をカッカしているのかは知らないが、来ないのならこちらから行くぞ《礫鎧》」
「はあ? ひよっこ共が。俺が相手すると思ってんのかよ。やれ」
「「ハッ!」」
若い声で応じる二人の《WINGs》組員。それなりに経験を積んだ戦闘員を残したのだろう。
どちらも速い。
「コズエ、フタバ、クロ、俺たちは前に出るぞ!」
フジミが近接戦闘の得意な四人に呼び掛ける。
特にクロの気張りようは凄まじい。
一番槍は貰ったと、敵の一人と纏輪刀の刃を交えた。
「おうおう、このクロ様とやるんなら腕の一本は覚悟しな!」
「黙れ、人の飼い犬!」
フジミと同じくロングソードタイプの剣態の相手は、クロに禁句を吐いた。
飼われているというのはまだしも、犬扱いは大嫌いなのだ。
ポチやタマと同列に見られるのが我慢できないらしい。
「飼い犬だぁぁ!? ぶっころ!」
「フン!」
「先輩、お待たせっす!」
いきり立ったクロから、敵が下がったところを的確にコズエが責めていく。
ダガー状の金色翼は、相手の懐に飛び込んでこそ、力を発揮する。
コズエのソレは一種の体術に近く、慣れない戦い方に相手は四苦八苦していた。
「この……」
「おっと、無視するなよ!」
「悪事はここまでですっ!」
相方が横入りしようとしても、フジミとフタバがそれを阻む。
「チッ、うぜえな。うらっ、後ろの連中も俺に輪開光しかしてこねえしよっ!」
《礫鎧》の纏める第二師団は、ほとんどが腕に《纏輪》を覚醒させたタイプであり、彼自身も同タイプである。
トンファーのように右横に突き出た金色翼で、輪開光攻撃を凌いでいく。
「まるでクロ先輩みたいです」
「クロの方がもっと滑らかだとは思うけど、輪開光を《剣態》で弾けるだけあっちも凄腕だ!」
四人からの一斉放火を受け、尚も《礫鎧》はその場から動かない。
(なら……!)
スミレに無線で一言告げる。
その作戦はあっという間に七人に伝播した。
「「「……!」」」
レイは一人、支援砲撃から外れて《降臨型纏輪》を最大展開する。
右肩から生えた巨翼は軋みを立てて大剣のようになった。
《降臨型纏輪》の長大なリーチが誇る、世界最大の剣態がその牙を剥き出しにした。
「んな、あのクソ女と同型の……テメエ、片翅嶺か!?」
「うおおおおおお!」
レイは走りながら――
「レイ君!」
「うひっ! コズエちゃん、伏せんぞ!」
金色に輝く刀身十メートルを超える大剣で薙いだ。
鈍い音が二つ、時間差で響く。
「ゴッ!?」
「ぶえっ!」
ギリギリで範囲から逃れた《礫鎧》は、目の前で部下がゴミクズ同然に吹き飛ばされるのを見た。
「あ?」
どんなに鍛えようが、あの一撃が当たってしまえばダウンは必至。骨折に、下手をすれば内臓系を負傷しているだろう。
その昔、ツバサから同じ一撃を貰った苦い経験が蘇る。
しかし、それだけ。
自分が二度目を対処できれば、彼のプライドはそれだけで保たれる。
「よし、今だ! フタバ隊は早く行け!」
「……! はい、任せます!」
フタバはハンドサイン一つで進めの命令を出した。
その指示を追って、レイ、クロ、フタバが駆け出す。
「テメエもツバサも、ウザッテエ……!」
彼は配下が居なくなろうが、構いはしなかった。
その方が、思う存分やれるから。
「もういいですよね、フブキ様。こいつら殺しますわ」
レイたちの周りに渦巻くのは《纏輪解放》のプレッシャー。
《礫鎧》の金色翼が土気色になり、大地の化身が起きる。
「うら!」
乱暴な声で、粗野な動きで大地に踵を叩き付ける。
「何が……!」
急に上から影が掛かった。
石柱が、ビルから飛び出したのだ。左右上方から何本も何本も、針山のように。
奇襲も真っ青なその一撃に、フタバ隊は避けるしかできない。進もうにも進めない。
そして、本体である《礫鎧》が動く。
「さっさと潰して、休憩タイムだ」
「邪魔はさせん、《纏輪解放》!」
フジミの叫びが市街地に響く。
茶色と対立する紫陽花色の煌めき。
「力を添えよ、《添奉》」
反対側で何が起きているのか、レイには分からなかった。
突然、脳内にフジミの声が届くまでは。
『フタバ隊の皆! こいつは俺たちが押さえる、先に行け!』
「え、え?」
困惑の最中、レイは体の異変に気づく。
とてつもなく体が軽い。力もみなぎっている。
『レイ君、これがフジミ部隊長の能力、思考のリンクと身体能力の底上げがされているんです! 対象に意識を向けてください、念話が届くはず!』
『うわ、本当だ』
『これで《礫鎧》は突破できる! 俺が視認できる範囲を越えれば、自動的に効果は切れるが……その後は自分たちで何とかしてくれよ!』
全員、念話内で返事をし、見違えるような体捌きをし出した。湧き出てくる石柱がかなりスロウに動いて見える。
これなら、《礫鎧》の猛攻を突破できそうだ。
「《添奉》だあ……? てめえ長野の《結路の君》か!」
「今頃気づいたのか、鈍い大将格だ」
「うるせえ! うぜえことしやがって、串刺しだ!」
レイたちに逃げられたのが悔しいのか、《礫鎧》がますます憤怒した。
「《大地喝采》!」
《隆盛》の力によって大地は割れ、百を超える尖った岩が噴き出し、屹立する。
だが、それもフジミの統率力の前には、暖簾に腕押し状態だった。
思考をリンクさせたフジミ隊のコンビネーション。その連携は、支部長格にも匹敵する。
「当たらねえ! 母なる大地に逆らおうなんて生意気なんだよ!」
『一度散って、畳み掛けるぞ』
『『『了解』』』
狂ったように《大地喝采》と叫ぶ《礫鎧》を、猟犬の如くフジミたちが追い詰める。
「《大地喝采》ァァ!」
「そのような乱雑な物、」
「当たらねえっすよ!」
ミヒロの言葉を引き継いで、コズエの一太刀が届く距離まで来た。
「甘いんだよ、三下ァ!」
《礫鎧》は猛烈な勢いで上に跳ねる。運動力すら弄っているらしい。
そして、いつのまにかフジミたちは、石柱の檻に閉じ込められていることに気づく。岩石で作られたジャングルとでも言えば、うまく伝わるだろうか。
「《地天使の監獄》、テメエらはここでなぶり殺しだ」
*
フブキの立つ場所からは、総勢五人ばかりの《纏輪》使いが立ち並ぶのが見える。
「ハガネに加えて、他支部のトップも出張ったか。コレは壮観だ。ふふふ……笑いが止まらないな」
「ハーッハハ! 聞こえているぞーフブキ! 貴様よくもこんなバカをやってくれたもんだ! 今すぐそこから引きづり下してやろう!」
やってみろと言うふうにフブキが挑発的な笑みを浮かべ、ハガネが豪快に笑い飛ばす。
「ハガネは私が相手をしよう。ツバサ、君に四人を任せてしまうが、イケるかい?」
「奴らと私はほぼ同世代の覚醒者と聞いておりますので問題は無いかと。我が片翼の力を見せつけてやります」
歯切れの良い宣告が、相手の若き支部長を焚きつける。
「嘗めるなよ、犯罪者が」
「《降臨型》のスペックがどれほどかは知らんが、支部の長を甘く見てもらっては困る」
七年の月日を《纏輪》とともに過ごしたツバサだが、同輩とも呼べる覚醒者に負ける気など無い。
「ほざいていろ、雑魚。輪開三十光」
「……は?」
支部長軍の一人が間抜けな声を出して光に飲み込まれる。
息巻いていた一人が、非常識な輪開光攻撃に成す術なく膝から崩れ落ちていく。
あらゆる《纏輪》使いですら体験したことがないだろう。その数の暴力に支部長クラスの人間すら呆気にとられたのだ。
この中では、一番若い《纏輪》使いがあっという間に戦闘不能に陥った。
「ソウマ!?」
「バカッ、相手を見失うな! ガッ!?」
「他人様に忠告とは、良いご身分だな」
「クソッ、《錨火》」
辛うじてジャストガードを成功させた神奈川の長は、焦って《纏輪》を解き放った。
ツバサの周りを炎のアンカーが飛び交う。
それを見てもツバサは、ただ嗤う。
「小賢しい! それでも支部長か!」
止まらない怪物。アンカーを打たれて動けないはずと思っていた相手が、問答無用に攻めてくる。
「クソ、化け物が! 力ずくで破るなんて……」
「ハハハ、化け物が、化け物に、化け物というのか? 下らんジョークだ!」
ツバサは頬を歪めて暴力的に笑うと、相手の懐にもぐりこんだ。
「これが《降臨型》の全力だ!」
「おぐっ……!?」
「光栄に思え」
見事なまでもボディブローが突き刺さる。サンドバックをヘビィ級ボクサーが殴打しても、まず鳴らない打撃音が市街に木霊した。
当たり前だが、打撃の威力は先端の圧力が高ければ高いほど効く。
神奈川の長の鳩尾には、電柱ほどの太さの針が突き刺さっているようなものだった。
そう、ツバサの一撃は蜂のように強烈でスマート。だから、相手は吹き飛ばずに膝から崩れる。
「気絶したか。さあ、次はどいつだ」
ツバサは、この狂った宴を存分に楽しんでいた。
その外では、煌々とした二つの金色が舞っていた。
「……」
「どうしたハガネ、そんなにあちらが気になるか!」
レイピアのような剣態を縦横無尽に振るうフブキは、ハガネのピーカブースタイルを攻略できずにいる。
その原因は、ハガネの腹に召喚された金色輪だ。《降臨型》の逆とも言えるハガネの《纏輪》は、スペックで言えばやレイやツバサに近い。
いつでも銃態で固定しているハガネは、本来なら弱点のはずの腹部を完全にカバーしていた。
「んー、否! あれらは既に覚悟を決めた者たちだ。《WINGs》と相打ちになろうとも、止める決意はある!」
「それは、貴様もかハガネ!」
「ハハハ、当然!」
鉛色の瞳がカッと開いて、フブキのほんの一部の隙を突く。
「そら、そら、ストレート!」
「体に似合わない理論派だっ、本当にっ」
「そう言うフブキは結構な激情家ではないかね?」
努力と論理で突き詰めるハガネとセンスとカリスマで突き進んできたフブキ。
一進一退の攻防に、両者は一歩も譲らない。互いに気も戦略も知れた仲だ。深読みもクソもない状況だった。
だが、ハガネは……そこで先に踏み出す。
「ではフブキ、これはどうだ!」
「なんだ、ハガネ……お遊びのつもりか? その異常な《纏輪》の活性化はなんだ?」
フブキの眼光には懐疑的なモノが含まれていた。
鈍色の髪は当然のことながら、ハガネの全身を金の燐光が踊る。いつかのフジミが使っていた《纏輪》の異常活性化だ。
「言うわけがなかろう。それに喰らえばわかるぞ、フブキ!」
ハガネはゴツイ拳を握りしめ、振り下す。
その瞬間、フブキの天地がひっくり返り、致命的な油断をハガネの連撃が襲う。
「ぐあ……!? これは《反天》! 《纏輪解放》はしていないはず……なぜ使える、ハガネ!」
筋肉の塊からダブルパンチを貰い、吹っ飛ぶフブキ。その言葉には不信と驚愕が混じっていた。
ハガネの《纏輪解放》の能力名は《反天》。一時的に対象の上下左右の向きを逆にする単純明快な力だ。
そして、反則的に強い。
「んー、私の編み出した奥義《深層過剰光》! 《纏輪解放》のウィークポインツを大幅にカバーしたこの技術、たんと味わうと良いぞ!」
ハガネは珍しく、悪魔的に意地の悪い笑みを浮かべた。




