第28翼 神の息吹を越えて6
いつもお読みいただきありがとうございます。
結構書けたので更新。明日も12:00に更新します。
《WINGs》は《SPCTRaS》静岡支部を小さな要塞へ変え上げて、そこを拠点としていた。
上半分はフタバのおかげで見事木っ端微塵となったものだが、幸いにしてその他は使える。
かの爆発で開けた、屋上とも言えるべき場所で、フブキは戦場を見下ろす。
「ハガネか……」
「どうかなさいましたか、マイロード」
《SPCTRaS》にゲリラ戦を仕掛けたきり、これと言って進捗はない。
フブキはそれがそろそろ破られる頃かと踏んでいた。
真っ直ぐすぎるバカにして、筋肉の塊の癖に妙に優秀な男を思い出したのだ。
「いやなに、そろそろ敵が本気を出すかと思ってね。私たち幹部も出ようかと思うんだ」
「左様でしたか、では布陣はどういたしましょう」
現在のナンバーツー、ツバサが進言した。膝を負って使命を帯びようとする姿は、忠誠の高さを思わせる。
「うん、ツバサは私と共に来てくれ。第二師団から第五師団はそれぞれ死なないよう立ち回りなさい」
「ハッ!」
「「「ハッ!」」」
フブキの指令でついに動き出す《WINGs》の幹部軍。
第一師団はフブキとツバサの二名のみ。リーダーとサブリーダーによる圧倒的な戦力の塊。
「さあ、行こう。この戦いが《纏輪》使いに対する最後の問いかけだ」
*
「無線よし」
ヘッドセットの通信機はイカれてないか。電源を入れて確認し、正常かどうか試す。
「プロテクタもよし」
戦闘用防護服に織り込まれた軟金属。縦横一センチサイズで散りばめられたチタンプレートだ。
その上には、関節を保護するプロテクタが装着される。
指先の開いた穴空きグローブをはめ、留め具で固定。
軍用ブーツの踵を鳴らせば、レイも立派な軍人の一員である。
「結構慣れたじゃん。フタバたちもすぐに用意するだろうし、外に出て待とうぜ」
クロも同じく戦闘服に身を包み、意気込みを表に出していた。
フタバとホトリが合流するのを待ち、レイたちは戦略を立て始める。
第一の目標は、言わずと知れたフブキと直接会話をすることだ。
だが、レイたちの実力を総合してもフブキに勝てる見込みがあるかどうか。実力で比べれば、小学生と高校生の喧嘩みたいなものだ。
「僕らはツバサを相手取ろう。捕縛したら、フブキ支部長について聞き出すとか……」
「ですが、ツバサが一人とは限りません。あの崇拝っぷりですから、フブキ支部長と行動を共にしていることが充分に考えられます」
フタバが唇に親指を当てて唸る。
どうやってフブキとツバサを引き離したものか、それをシミュ
レートしているのだ。
「分断させるってか。要は一対多の状況を作りてえんだな。それなら俺に考えがある」
「信用しても良いんです?」
「おいおいホトリちゃん、この尾美烏黒様を嘗めんなよ。こちとら斬ること断つこと刻むことがモットーのクロ様だぜ?俺と《天絶》に絶てねえもんなんざねえよ!」
自慢気に発言するクロのバッサリとした説明に、しばらく三人はものも言えなかった。
「相手はそんなに子供ですかね……」
「意外と行けるかもよ? ツバサってかなり子供もっぽい言動するし」
自分の力を見せつけたがったり、ほいほい言葉喧嘩に乗って来そうなくらいには。
「レイ君、ツバサさんに詳しいですね。私、ちょっと悲しいかもです」
「フタバ!? 嘘泣きはやめて!? クロとホトリちゃんの視線が大変なことになってるから!」
レイが訳もなく取り乱すと、フタバは舌をべっと出して「バレましたか」と悪戯っぽく笑う。
彼女のそんな様子に、大分打ち解けられたことを感じるレイだった。
(人はこうやって変わって行ける、それをツバサにも伝えてみよう)
フタバとフタヨを受け入れたように、ツバサにも全力でぶつかる。それがレイが今できる、最大級の行動だ。
四人が同時に頷き、立ち上がる。そこにまたも意外な人物から声が掛かった。
『お久し振りですね、フタバ隊の皆さん。お話はこっそり聞かせてもらいました』
通信機をオンにしていたとは言え、連絡がないのはおかしい。そう思っていたら、このユーモラスな一言である。
「スミレさん、こちらに要らしていたんですか!」
『ええ、指揮者が足りなくなるだろうと支部長が。フジミ隊のサポートと同時進行し、あなた方の誘導に努めさせていたただきます。また一緒に任務ができることを嬉しく思いますよ』
長野支部の指揮者スミレなら、確かにレイたちをバックアップするのもアリだろう。残念なことに、静岡支部の指揮者全員が《WINGs》の手に掛かってしまっているのもある。
『今度は、ヤンチャはしないように。カタバネ隊員』
「は、はは……」
一言、ぶすりと刺された。
ともあれ、これで次の段階に進出した具合だ。
『では最初の指示です。現在、ポイント七に駐屯するフジミ隊と合流してください』
各人、支給されたタブレット端末を起動し、パスワードと指紋認証によるセキュリティを解除。マップを確認する。
現在地には、自分達が所持するバッジの信号が煌々と灯っている。
作戦行動を開始したレイたちは、そこへまっしぐらに駆けて行く。
しかし――
「おかしいですね。フジミさんたちが動いていません」
「そうだね。しかもこれは……」
マップにはある偏重が見られた。
なぜか待機の姿勢を保つフジミ隊。そして、《SPCTRaS》静岡支部から半径五キロ圏外の際を彷徨くように、他の隊が取り巻いている。
『未だ、そのラインを突破できていない、ということです。現在、フジミ隊が監視を行っている相手は……』
スミレが多少の脅しを込めて言う。
『《WINGs》の第二師団を束ねる敵のナンバースリー。通称、《礫鎧》です』
過去に交戦記録がある相手らしく、《纏輪解放》の観測もされている歴戦の猛者。推定八年の時を過ごした纏輪使いとして、本名不明のまま今に至る。
《隆盛》と呼称されたその《纏輪》は物事の勢いを司るとされている。
これまでのパターンでは、地面を隆起させて突起物を大量に造り出す、などを多用するとのことだ。
「つかそれ本気で戦ってねーよな。まだ奥の手隠してそうでこえー」
「それはこちらも同じでしょう。クロ君だって、今回の作戦がなければ、アレは隠しておくべき力ではなかったのですか?」
「クロ先輩は秘密主義者っとです」
「どーだろねー」
フタバの指摘に、そっぽを向くクロ。走りながら顔を横に逸らすとは器用な男である。
ホトリもわざわざメモする辺り、几帳面というか、なんというか。
「僕は皆が怪我しなければ良いんだけどね……」
「レイ君はもっと自分の心配をしてください!」
「レイは自分の心配をしてくれよ、頼むから」
「レイさん、帰ったら膝枕の刑……あ、自分の心配をしてくださいです」
レイは、前回の大怪我で心労を掛けている。その前にも何度か身を盾にするような行動が目立ったため、この場で一斉に注意されることも仕方なし。
ホトリは微妙な茶目っ気を出そうとしていたが、フタバの眉間に力が入ったのを受け、慌てて言い直した。
その視線には、フタヨの分も混じっているように思えて、レイはついつい身構えてしまう。
「でも、その通りだ。僕も、そして皆も無事に戦い抜くよ!」
「「了解!」」
「でっす!」
フタバとクロに続くように、ホトリも元気に叫んだ。
「来たか、待っていたぞ」
小さいブティックの裏口を開けて入って来たレイたち。
フジミは険しい顔つきでレイたちを迎えた。
他にも赤郷千鶴、真澄三洋、成道小梢の三人が多少の生傷を受けながら、少しの安堵を見せていた。
「カタバネさん、身体はもう大丈夫なんすか!?」
「あ、うん。腕もちゃんと生えた」
「カタバネ氏、ご無事なようで。フタバ様、良かったでございますね」
「か、からかわないでください」
ミヒロに掛かれば、二人の関係が進んでいることも御見通し。即座にバレた。
「ふざけるのはやめなさいって、もう。今は《礫鎧》とその取り巻きをどう突破するか考えてよね。ねえ、ツグ」
「そうだな。チヅルの言う通りだ。ただでさえ敵の幹部が居座っているんだ、さて……ん、何をふてくされてるんだチヅル」
「ちょっとは自分で考えないさいよ」
フジミとチヅルの仲が進展するのは、先が長そうだった。
「それで、《礫鎧》の奴は? 監視してるんだろ」
「これを使え、クロ」
小型の双眼鏡を手渡され、指示のまま窓の下からこっそりと外を覗く。
「見えるか?」
「あのえっらそうに建て付け悪そうな椅子に座っとる奴か」
「僕にも見せて」
クロから流線型をしたスコープを受け取り、レイもまた相手を視認。
白い仮面を身に着けた短髪の男が即席のパイプ椅子に腰かけている。
周りには警戒に当たる《纏輪》使いが十人。
「人の数で負けてちゃあなあ……」
『その心配はご無用です』
「策があるのですか、指揮者スミレ」
ミヒロはテンションを変えず、抑揚のない声で返す。
『ええ、というより既に……』
「おい、やっこさん、勝手にどっかいったぞ。取り巻きも二人しか残ってねえ」
返したスコープで覗き続けていたクロが、気勢を上げる。
「本当だな。何かの工作なのか、スミレさん」
『いえ、その……ウチの筋肉バカ支部長が引きつれた支部長勢が、警備の手薄な場所に押しかけまして……』
多分、スミレはこの件をギリギリまで言いたくはなかったのだろう。
上司の変なアグレッシブさを部下に伝えるという、中間管理職の辛い一面が垣間見える。
「「「………」」」
「支部長、相変わらずなんて自由な」
割とえげつない作戦による副次効果だった。
フジミが首を振って諦めている時点で、レイたち静岡組は全てを察した。
『ん、んん! ウチの支部長はともかく、これで正面から戦えるだけの余裕は出来ました。側近の二人を落としさえすれば、どちらかのチームが戦線を突破できるでしょう』
「だそうだが、流石に俺たちはこれ以上戦場を拡大できるとは思えない。かなり戦い通しだからな」
「無傷のフタバ隊の皆が行ってくれた方が、戦局的にも有利に進めるもんね」
長野組は既に、ローテーションを含めて六日も戦闘をしているらしい。精神、体力共に、この一戦が限界と見ているのだ。
「僕たちはこの先に進みたい。目的は一致してるね」
「こちらとしては申し訳ないですが、ここはフジミ隊を頼りにさせていただきましょう」
「フタバ様が私めを頼りに!? あと百戦は余裕ですよ、フジミ氏!」
「ミヒロ先輩はちょっと自重してくださいっす!?」
不自然なまでに士気の上がったフジミ隊を合わせて、レイたちの反撃が始まった。




