第23翼 神の息吹を越えて1
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最終章です。
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レイたち静岡組は長野での任務を終え、足早に退散した。
などということはない。
《SPCT》襲撃が鮮烈だったので忘れてしまう者もいるかもしれないが、今回の遠征は、《WINGs》の活動を妨害するためのものだ。
事情によっては一週間から一ヶ月は留まるらしく、フタバからは覚悟しておけと釘を刺された。
そして、待ちに待った遠征二日目の朝。
レイには、お似合いの罰が用意されていた。
「んー、命令無視して、《WINGs》幹部の暮色翼と密会。異論はあるかい、片翅嶺」
「無いです」
支部長室でレイはきっぱりと言い切った。話してみたかったのは事実で、実際に密会したのも真実だからだ。
その様々な重要行為を重ねてしまったため、《SPCTRaS》長野支部長、斥蔵鋼から絶賛尋問を受ける身である。
「工作の容疑をかけられることを承知でやったと」
「ツバサの話を聞かずに事を進めたくなかったんです。それに、もうきっぱりと敵になると言いました」
これがレイの言い分の全てである。何も嘘はない。
「んん、その件についてはフタバから聞いているよ。私も君がスパイ行為を働いたとは思っていない」
だがしかし、とハガネは言葉を繋げた。
「これを本部の上層部がどう判断するか、正直私にも不明なのだよ。地域ごとの支部と違い、トップが普通の人間だからだ」
得体の知れない力を怖がるのは、いつの時代の人間も同じ。
レイが言い訳をしようと関係ないということだ。
珍奇な《降臨型》で、サンプルとして魅力があろうが、恐怖のレベルは大差なしといったところか。
「幸い、この件を知るものは、オペレーターたちを含め、全員私の直属の部下である。んー、この意味が分かるかね?」
「察しはつきます」
暗にレイのやんちゃを不問に処すと言いたいのだ。
「まだ君は若い。人間としても、《纏輪》使いとしてもだ。だというのに、君が《WINGs》の思想を拒否してくれたことを、私は尊敬しているのだ」
ハガネは鉛色の瞳にひたむきさを絶やさない。
その言葉の裏を読み取ることはできなかったので、レイは素直に問を投げ掛けた。
「なぜですか?」
「分からないか……んー、嫌みと受け取らないでほしいのだが。頭で理解しない人間なのだな、君は」
ド直球にハートを痛め付けられて、涙が滲んでしまいそうだった。
「君は民の態度をどう思うかね?」
「え……」
ハガネの質問は、大部分の《纏輪》使いが回答に困るものだ。
「それは、」
服を着て、話をして、考え事をして、悩んで。
食べ物を口にして、散歩をすれば、恋もする。
そこまで同じなのに――
身体は歳を経ないし、排泄もしない、どころか大怪我だって治る。
極めつけは、《纏輪》という異能を使いこなし、常人を越えた身体能力を持つ。
――人は、その化け物の部分だけを見て、決断を下した。
「悲しかったですし、頭に来ました。《纏輪》覚醒者を人間として認めないって感じで」
人差し指を向けられて、非難されて、それでも守る。
辛くないわけがない。心を裏切られているのだから。
「んん、私とて、姿変わらずとも若い頃はそう思ったもんだ。そっちの支部長、フブキとは同期でな。よく話し合ったもんさ。なんで俺たちがアイツらを、なんてな」
笑いのためにできた、口周りの皺を深めるハガネ。
彼は既に十年の月日を過ごした《纏輪》使いだ。当然、レイのするような葛藤だって体感している。
「そこを君はバッサリ、断った。私はともかく、若い頃のフブキなら……あの問、頷いていたかもしれん」
「凄い自信ですね」
「結局、人間を捨てられないのさ。どう言い繕ったって、私は人の努力や善意に弱い。ワケは別々だろうが、カタバネ君も人間を守ると言った。そこにどこまで違いがあるのかね?」
「……分かりません」
そうだろう、だから君は頭では理解してないんだよ。そう締めくくってレイとハガネの二者面談は終わった。
ハガネの計らいにより、足取りには余裕がある。となると、精神的にもゆとりが持てるわけで。
「皆に迷惑かけたし、売店で粗品でも買っていくべきかな?」
「そんなに、気にしてないと思うぞ」
「うおわ!?」
驚愕のあまり戦闘時のステップで後退るレイ。
その奇行に、売店のお姉さんも顔を向けていた。何事といった感じだ。
「……あからさまに避けられると凹むぞ」
「フジミさんとミヒロさんかあ、ビックリした」
水の滴る紫陽花色の髪のイケメンが、若干の不満を露わにしていた。
藤見人丞。長野メンバーを取りまとめる、《SPCTRaS》の若き有望株である。
隣には金髪金眼のフツメン、中身は変人の真澄三洋が、表情を出すこと無く控えている。
早朝の訓練を終えて、シャワールームからの帰りがてら、飲み物を一杯……といった具合かもしれない。
「カタバネ氏、フジミ氏は極度のお節介焼きなのです。どうか気にせず、世話されてください」
「はあ……」
齢十八にしてレイは、世話されてくださいという変な言い回しを覚えたのだった。
フジミはそれを納得できんと割って入る。
「おいミヒロ。俺は人の仕事を手伝うのが趣味なんだ、変なことを言うな。今、レイは失った信頼を取り戻す重大な任務の真っ最中。そこに手を貸さないでどうする」
「貸してもらって利子どころか、本命のお返しも受け取ってもらえてないと記憶しているのですがね、こっちは……」
レイをそっちのけで口論を勃発させる二人。
フジミ、ミヒロ、それとこの場にいない赤郷千鶴は、着任した時期に大差がないらしい。
なので、各種不平もあれば文句もあるようだ。そこに悪意が存在していないのは、仲の良さに目を見張るべきところか。
「えっと、取り敢えずお菓子買いに行ってきます」
フジミの気にしていないだろうという発言を半分ほど信じることにした。
(だって、怖いものは怖いじゃん)
レイは手ずから品を物色し始めた。
しまった、とフジミは慌てて売店に駆け込む。
ミヒロは、それを呆れた様子で無気力に見守るだけだった。
「やっぱり、フジミ氏は誰かを助けたいだけなんですね」
長野支部稀代の変人とされるミヒロは、そこで考えるのを打ち止めた。
一時間弱悩み、フジミとレイが納得した御礼の品々。
それらを抱えて一人戻ったレイは、とんでもない光景を目にした。
「ほお、へい」
レイたち静岡組がくつろぐためのラウンジに、歯と歯の間から空気の抜ける声がする。
おそらくは「よお、レイ」と喋ったクロは、原因不明の猿轡をくわえさせられていた。ご丁寧に両腕を後ろで縛って添えてある。
青ざめながら、肩を出しのワンピース姿の女性に逆エビ固めを極められているのを除けば、そこまで違和感のない彼の日常である。
(んなわけないよ!?)
「どういう事!? この人はどちら様なの!?」
レイは、腕に抱えたお菓子の小包たちを取り落とさないよう気を落ち着かせる。
「気にすることはねえ、シロ助。クロ助の自業自得だ」
「ですです~」
革張りの黒いソファに堂々と腰かけるのは、いつの間にか人格の入れ替わったフタヨ。彼女は、桃の果汁がたっぷり混じる清涼飲料水を嗜んでいた。
クロは、フタヨの組んだ足の先でひいこら言わされていた。
「ひへえ……」
「酷くありませんよ、クロ。貴方、また覗きしたんでしょう? エビ固めになってないだけ感謝しなさい。それとも猿轡をギャグボールにしますか?」
レイには、その何とかボールが何物かは分からないが、クロの未来が今より悲惨になるのは予測できる。
白いワンピースの彼女は、レイに気付くと顔を赤らめた。
「ご、ごめんなさい。初対面の方にみっともないところを」
「いえ、半分くらい意味わかんなかったので問題ないですよ」
裾を掌で払いながら、クロから降りる彼女はかなり大人びている。背に竹刀でも刺さっているのかというほど、姿勢を伸ばした女性だ。背はレイと同じほどだから百六十五センチメートル前後と見た。
黒い直毛を腰で止める彼女は、レイに最敬礼をした。
「沢野日和と申します。おバカなクロと交際している、世間から物好きとよばれる者ですよ」
「どうもです、僕は片翅嶺です。お話はかねがね、ヒヨリさ……ん?」
掌を交わしてから、にこやかに微笑むヒヨリと顔を合わせる。
レイは、パクパクと餌を求めるコイのように間抜けを晒す。
「あら、可愛いお顔が台無しですよ。《SPCTRaS》の新人さん」
沢野日和。
クロの彼女であり、《纏輪》使いを肯定する数少ない一般人が、鳳凰寺双羽隊の面々を来襲した。




