第21翼 動き出す天使たち8
いつもお読みいただきありがとうございます。
ようやく第1翼の冒頭に繋がります。
地の文はほとんど書き直しております……ので、飛ばし読みは推奨できません。
《SPCT》の残骸は、砕けた氷像からゴミの山となり、元の面影など浮かべられそうにない。
レイによる二度目の《SPCT》撃破は、劇的に始まって、呆気なく終わった。
『では引き続き、もう一体の《SPCT》の対処に当たってください。藤見人丞隊も既に一体を処理しました』
スミレは黙々と仕事をこなしていたらしく、なんとフジミたちのサポートまで、裏方として働いていたのだ。レイは、その凄まじさを思い知りながら、《SPCT》討伐報告を絶句して聞いた。
流石は地の利を知り尽くした長野チーム。ホームタウンというのが大きく影響したか。
『鳳凰寺双羽隊は、一足先に交戦する藤見人丞隊の援護を最優先に遂行してください。なお、万が一に備え、ホウオウジ部隊長はシマザキ隊員のバックアップを受けるようお願いします。交戦中に解放が終了することが推測されます』
「了解しました、スミレさん」
「きっちり守るです」
ふんす、と鼻息を荒くするホトリ。
そのリアクションを尻目に、鳳凰寺双羽隊は行軍を再開した。
*
「……というわけだ。お前たち、まだ行けるな! 彼らが来るまで無理はするなよ!」
住宅街付近での戦闘を終えたフジミたち四人は、一人の欠員も出さずに異形の一匹を戦い抜いた。
相手に特筆した能力はなかった。俗にプレーンと評価される《SPCT》である。人間界に降り立った《SPCT》の中では、最下級の末端兵として有名だ。
「フタバ様が《候空》をお使いになられたので!? 私も拝見しとうございました……!」
「ミヒロ君、ちょっと気持ち悪いわよ? おっと……危ない」
「私は気持ち悪くともいいのです! フタバ様が輝けるのならば!」
「どーでも良いっすから、お二人とも戦ってくださいっす!?」
コズエが先陣を切って戦う異形は、首から上がエレガント……ではなくエレファントな不細工面だ。おまけに二足歩行しながら、長く伸びた二本の触腕を大仰に振り回している。
夏真っ盛りの季節に、マスクを通したような鼻声がとてもうっとおしい。マスコットにもなれなそうにない、二軍落ちキャラ必至である。
「ブモッ!」
鼻先から、水に浸したスポンジを潰した時と似た音がした。迷彩色を濃くした不快な液体が、路面を妖しく濡らす。
溶解液なのだろう。吸ったら体を壊しそうな蒸気が、アスファルトから揮発していた。
周りには被害を受けた建物が相次ぎ、何かの配線にでも触れたのか、火災まで起きている。
目立つのは、触腕でど真ん中らくり抜かれたと考えられるビルたち。
「うひゃあ、なんか出したし、溶けてるし、キモ過ぎっす!」
「《SPCT》なんて皆そんなものじゃないかしら。うわ、汚い」
《纏輪》使いの身体能力をフルに活用して、街中で華麗に立ち回るフジミたち。
一番の新規隊員であるコズエが入隊してから早二年。チームワークはこれ以上なく充実したものとなっていた。
「ブッ、ブモッ、ブモモモ!」
「あー、もううるさい。輪開五光、発射」
灼熱色の髪の少女チヅルは、右ふくらはぎの外側の《纏輪》を弾けさせる。飛び散るのは五本の光柱。
ホトリほどの正確な狙いが付けられない彼女は、乱雑に輪開光を見舞うのだった。
「チヅル、二本しか当たってないぞ!?」
「あ、あれは……三本は反抗期だったのよ」
「そいつは御茶目な《纏輪》を持ったな……しかし、こう耐えるのも中々面倒な作業だよっ」
フジミとコズエは相手の懐に入るのを好むタイプだ。そうなると必然、支援に回るのはチヅルとミヒロになるわけで。
「コズエ、俺が受け持とう!」
「はいっす!」
右の前腕にロングソードに酷似した剣態を備えたフジミが、左手甲にダガー状の金色翼を構えるコズエとスイッチした。紫陽花色と若草色の髪の二人が一緒だと、鮮やかな和色感が見た目の素晴らしさを際立たせる。
「ブモ!?」
「ん、相手が違うって? ごめんな、綺麗な女の子じゃなくて!」
なぜに会話が成り立っているのだ。チヅル以下二名は、フジミの不思議さん振りにやれやれと首を振る。
『交戦中の藤見人丞隊に通達。およそ一分後に、鳳凰寺双羽隊所属のオミドリ隊員とカタバネ隊員が合流します。目標を多人数で撹乱しつつ、目標地点への到着を早めるために、《SPCT》の誘導を開始してください』
「こちらフジミ。了解した。皆、やるぞ!」
「「「了解!」」」
一癖ある人間たちを纏められるから、彼はリーダーとして担がれたのだ。フジミはその能力を思う存分に発揮し、長野メンバーを率いるのだった。
*
『藤見人丞隊が《SPCT》の誘導を開始します。オミドリ隊員とカタバネ隊員のお二人は開戦に備えてください』
スミレが警戒を呼び掛ける。
レイとクロは並走しながら、互いの顔を見合わせた。
「だってよ」
「フタバとホトリちゃんには少し離れてもらったし、僕たちも良い所を見せたいね」
「おうよ!」
『それとカタバネ隊員は、これから送るポイントへ急行してください。貴方には、要を担ってもらいます』
(要? 要って……)
「主役じゃねえか、いったれレイ」
「しゅ、主役!?」
牙獣タイプ《SPCT》の戦いを顧みて、スミレがリベンジのチャンスをくれた。それは深読みかもしれないが、レイには都合のいい話だ。
「分かりました」
それからレイはスミレの指示通り、クロと別れた。
どういうわけか燃ゆる街並みは、聞けば《SPCT》の溶解液が原因で炎上したらしい。
アスファルトで仕上げられた路上の荒され具合は酷いものだった。立ち並ぶビル群には、そこかしこに数々の異様な穴がぽっかりと開いている。
(この短時間でどれだけ破壊されたっていうんだ)
「ハッ、ハッ」
レイは、大きな事務所とオフィスビルの合間を走る。自分がこうしている間にも、クロはフジミたちと共闘しているはずだ。
逸る気持ちを抑え、一方で身体には走るよう要求をたゆまなかった。
極薄のバトルスーツは、彼を守る衣服の一つ。その上に装着した保護プロテクターは正規の戦闘服の証だ。
「ハーッ、ハーッ」
「ブォォォォォ!」
「くっ」
レイの鼓膜に、怒りを帯びた《SPCT》の叫びが打ち付けられる。
スミレから送られた所定のビルディングは、レイと《SPCT》を辛うじて対面させずにいた。
フジミたちが怪我を負う可能性はゼロではないのだ。
《SPCT》の妨害と誘導を頼んでいる身の上に、責任の二文字が圧し掛かる。
(やってやるさ)
目的地に立つ。
暗い路地の向こうで、オレンジ色に染まった道路がシャバの人間を呼んでいる。
もう、レイはまともな社会では生きたいとは願えないが。
「ちくしょう、電子ロックか!」
なんて粗末な障害なのだろう。それでいて時間だけは喰わせるという気が見え見えのトラップだ、これは。
従業員以外立ち入り禁止とされた勝手口専用で、十のテンキーと《Enter》ボタンはチカチカと光る。まるでレイを煽っているかのようだった。
ドアでも蹴りつけようかと思った所で、インカムからスミレの指示が聞こえた。
『構いません、任務状況下における物的破損許可は降りています。速やかにセキュリティを破壊し、上階へ向かってください』
「……了解っ」
指揮者の存在は、確かに必要不可欠だ。レイは、単純明快な言葉に頷く。
握った拳に人外の膂力を宿し、薄汚い灰色の扉の芯を定める。
「せいっ!」
レイは、武術家の皆々様からすれば、鼻で笑われるようなフォームで殴った。
町民が避難してくれていて本当に助かった。見られたらその拙さに失笑されていたに違いない。
一際鈍い音が鳴り、鋼鉄製の開扉が吹っ飛んだ。これが常人の域を超越した《転輪》覚醒者の身体。社会の異物としての爪弾きにされる力。
(こんな、化け物な僕にだって)
「やれることはあるはずだ」
全壊したドアが進行上にあるので、躊躇無しに踏みつけた。非常用階段の手前を遮っているのだから、踏まれても文句は言えまい。
その原因を作ったのは、レイもしくは《SPCT》だが。
長い長い折り返しの階段。一般人だった頃なら、三階分も昇れば、エレベーターに頼ったところだ。
一段飛ばしで階段を制覇するなど、一か月前は露ほどにも思わなかった。途中、上と下の階を示す場所に『屋上』のペイントを見た。
「この」
暫く開かれるのもご無沙汰だったろうに、レイは錠前付きの扉に理不尽なイラつきを覚えた。
扉からすれば、真にいい迷惑だ。
「邪魔だっ!」
最下階の勝手口のセキュリティを見習えと注意したいくらい、この場所は無警戒に整備されていた。
レイは身体能力に任せて、全力のタックルに及んだ。
(外だ!)
見上げるまでもない。夕闇を強く主張する空に、レイは精神を引き締める。
「ブォッ、ブォォォォ!」
醜い叫びが木霊して、任務開始のタイムリミットが迫っていることを知らせてくれる。二度と耳にしたくないアラームである。
決意を固めた瞬間、《降臨型纏輪》がレイを挑発する。背中から胸にまで突き抜けるその意思に、レイは高揚を隠せない。
出せ。
広げよ。
羽ばたけ。
なるほど、天使か。レイはツバサの語りを思い返した。
《纏輪》のような神秘を授けた《SPCT》を崇める。完全に理解不能な行動原理ではなかったようだ。
「待たせたね、僕の《翼》」
レイと《SPCT》を隔てる障害は、後は目の前の鉄条網のみ。その程度乗り越えられずに、ここまで来れるはずがないだろう。
再展開した金色翼は、レイの昂った思いに共振するように巨大化する。
「飛っべェェェェ!」
レイは黄昏の空を仰ぎ見たのち、ビルの最上階から身を投じた。
真白の髪を突風に靡かせて、目下の《SPCT》に急降下するレイ。再度、必殺の巨翼鎚を携えて、彼はビルの谷間を落ちていった。




