第16翼 動き出す天使たち3
いつもお読みいただきありがとうございます。
長野支部メンバーの控えるカンファレンスルームの扉は、どっしりと構えている。今時の巨大ビルディングにしては珍しい手動で押し引きするドアで、材質もお高そうな木材を惜しみなく使っていると見た。
小さいマジックミラーが付いていて、中からはレイたちの様子が丸見えなのだろう。部屋からはどこかそわそわした雰囲気が漂っている。
「ま、入ってみれば分かるって」
クロはちっとも怖じけた様子なく、扉を押した。レイとホトリの肩に力が入る。
「長野へいらっしゃーい!」
「わぁ……」
その感嘆をどちらが漏らしたのかは定かでない。
ドアをくぐった先、会議用の楕円卓に色とりどりの人間たちがいた。
紫陽花色、灼熱の如き赤色、金色輪と同じ金色、落ち着きを感じさせる若草色。
よくもこれだけのカラフル人間がいたものだ。キャンバスがあったら、そこに全員をぶちこみたいほどの鮮やかさ。
内、紫陽花色の髪と瞳を持つ美形が、挨拶をした。フブキに勝るとも劣らない、容姿端麗な男だ。
「むむ、そこの二人が新人二人だな。こんばんわ、そして初めまして。俺はここの部隊長、藤見人丞。気軽にヒトツグと呼んでくれても構わないが、呼びにくければフジミでいい」
「こんばんわ、フジミ部隊長」
「よお、久しぶり。そっちも新人が一人いるな」
「こちらこそ初めまして、フジミ部隊長。僕は片翅嶺です」
「ではフジミさん、お初です。島崎畔です」
それぞれに握手を終えたフジミは、穴が開くほどレイを見つめる。
藤色の瞳に心奥を探られているような、しかし奇妙なことに嫌な気持ちは起こらない。
「あ、あの?」
「ああ、ごめんな。《降臨型纏輪》を持つ新人と聞いていたものだから、物珍しさに凝視してしまったんだ。けど、こうして実際に見ても、特に変わったところもない。俺たちの取り越し苦労だったことがわかったのさ」
咳払いで誤魔化しを入れるフジミ。レイが思っている以上に《降臨型》のネームバリューは高いらしい。
(その価値に見合うだけの努力をしよう……)
「後は俺の頼れる隊員たちを紹介するぜ。チヅル!」
前に出てきたのは、灼熱色のロングストレートを揺らす女の子。フタバのピンク色素を煮詰めきったような、真っ赤な瞳が意思力の強さを思わせる。赤縁の眼鏡が似合うっているが、そもそも《纏輪》使いが低視力というのはありえない。間違いなく伊達眼鏡だろう。
目元のキリッとした顔立ちの彼女は、フジミに忌々しげな呪詛を呟く。
「ちょっとツグ。下手に株上げないでってば……あ、初めまして。私は赤郷千鶴よ。ホトリちゃん、カタバネ君」
厳しそうなのは外面だけなのか、チヅルは口元を柔らかく微笑ませる。
次にレイたちの前に出て、そのまま一礼した男。金髪金眼には削ぐわぬ、いたって平凡な顔。
「お初にお目にかかります。私は、真澄三洋と申します。そして、」
ミヒロと名乗った金髪は、急に言葉を途絶えさせると、目にも止まらぬ素早さを見せる。
「ご機嫌麗しく存じます、フタバ様」
礼儀正しく跪き、桃色髪の少女に頭を垂れる。まるで中世騎士のような、もしくは執事のように忠実そうな態度だ。
「まだ続いてたんですね、これ」
忠犬のように指示を待つミヒロに、フタバは困惑の声で接する。
「クロ、この人は……」
「ミヒロか? 二年前の任務でフタバの人柄に感銘を受けたんだかなんだか、それ以来こんな感じ……ま、悪い奴じゃないよ」
確かに悪い人物とは思えないが、変わり者ではある。
ホトリはレイの後ろで変質者を発見したかのように隠れているし、勘弁してほしいものだ。
「ハイハイハイ、次! 次、アタシ!」
最後の最後に我慢できずに飛び出したのは、若草色の髪を左にまとめて、合わせて同色の瞳をした女の子。
笑顔が眩しい。元気さが売りの娘ようだ。レイより背が高く、クロと同じくらいの身長。男勝りという言葉がよく似合いそうだった。
フジミ隊の面子は、呆れ半分の笑いをくれていた。
「成道小梢っす! 名字で呼ばれるのは好きじゃないんで、コズエとお呼びくださいっ! 二年前入隊したっす! その節はお世話になりましたっ、クロ先輩、フタバ部隊長!」
「二年前の覚醒者か……世話なんて大層なことは出来きてないんだ、すまなかった」
「そうですね、あの時の私たちは若輩でしたから」
途端、ずんと二人の空気が重くなる。そんな様子にコズエは焦りを浮かべてフォローした。
「あ、き、気にしなくても大丈夫っすよ! アタシ、元気とタフさだけが取り柄なんで!」
「そ、そうか? それは良かったなあ」
「ですねえ……」
体育会系のノリと勢いを兼ね揃えるコズエは、その場で快活に跳ねた。その度に、左に結わえたサイドポニーとよく突き出た二つのものがゆさゆさ揺れる。
(あーあ、クロったら締まりのない顔して……あとフタバの表情が死んでる)
「ふ、二人とも、紹介も済んだことだし、そろそろ明日の作戦を練ろう!?」
「あ、ああわかってるぜ。……うん」
(だから視線を外して)
「この身は何故に成長しないのですか……《纏輪》ですか? 《纏輪》のせいなんですね?」
「フ、フタバ様の美しさはそのお姿こそ至高です。お気になさらずに!」
(確かに《纏輪》のせいだけどさ。ミヒロ君が大変そうだ)
面倒な。括り的に新人のはずのレイは、今一度ため息をつくのだった。
(男のシンボル的な問題なのかも。確かにそれを小さくても大丈夫、とか言われたくはないな)
でも、フタバはないわけではないし、表すのなら美乳である。だから気にすることはないんじゃ、とバスタオル越しにスタイルを確認したレイは思う。
「そっちも大変そうね」
「チヅルさん、分かってくれますか」
「うん、ウチも問題児ばかりだからね」
レイとチヅルは訳もなく天井を見上げ、ちょっとだけ意気投合した。
その脇で――
「どっちもどっち、ですー」
ホトリは、湯呑みがあったら啜っていそうな様子で、一人距離を置いて傍観に徹していた。いつものように眠たげな垂れ目で。
翌日のこと。
レイは、平常運転で寝落ちしたホトリをキャッチし、朝食を終えた。
静岡支部、長野支部を合計して八人が外に集まる。爽やかに晴れ渡った空の下、フジミとフタバが前にでて、他を一列にした状態だ。
「任務は、昨日話し合ったように、不審な人物や物と判断したら調査することだ。抵抗があった場合のみ、《纏輪》以外の武力行使を許可する」
此度のパトロールもとい、ぶっちゃけてしまえば散歩のような任務は、日没後三時間が過ぎるまで実行するそうだ。
人数や性別がちょうど揃うので、男女二人組で回ることとなった。熟練者と新人、同支部内といった具合に組んだ結果、
「よろしくフタバ」
「何かよくわからなければ、すぐに聞いてくださいね」
クラス替え直後の同級生同士のように、微笑ましい空気をかもす二人と――
「俺に任せろ、ホトリちゃん。俺は全ての障害を絶ち切る男だからな!」
「鬱陶しいので一メートル離れてほしいです。ついでに一般道にはみ出して、トラックに頭でも見てもらうのをお勧めするです」
すれ違い過多のカップルを思わせるタッグが爆誕した。
一方の長野支部は、
「俺たちもいつも通りだ。なあチヅル」
「そ、そそそそうね!? ふ、二人きりだわ……」
「二人きりだと何か悪いのか?」
「ち、違うわよ!」
鈍いフジミと素直になれないチヅルの本物のすれ違いペアと――
「おお、フタバ様……仲の良い男性ができたのですね、うっ……」
「うわっ、ミヒロ先輩がガチで嬉し泣きしてるっす!?」
長野支部稀代の変人とそれに振り回される常識人の取り合わせが出来上がった。
不安しかない見回りが始まる。
全員が東西南北に別れ移動を開始。
暑さにむせ返る街中を歩くのは、おなじみレイとフタバ。
この暑い日に、なんと変装をしての登場だ。まあ《纏輪》使いに暑いだの、汗を掻くなど、あまり関係のないことだけれど。
「僕たちは東方面かあ。ねえ、フタバ。最初に会った時も思ったんだけど、なんで僕等こんなニット被ってるのさ、それもサングラスまで」
「《纏輪》使いは色々とやっかみを受けるので、それを避けるためにも必要なんです」
そうは言っても、戦闘服用のボディスーツは着用している。私服でカモフラージュしてもネックからチラリと窺える黒タイツは隠せない。あとは側頭部から顎にかけて見える通信機も。
これなら堂々としていた方がいいのでは。そんな様に思ってしまうのは仕方のないことだ。
「これ、僕らの方が不審者じゃないの?」
「マスクをしてないので不審者じゃありません! レイ君は時々失礼です。初対面で見つめてくるし、言うこと聞かずにクロ君を助けに行ってしまうし」
これは長くなりそうだ。レイはお説教の始まりを予知して、強引にフタバの手を引っ張った。
「ほら、大通りに行こう」
「ちょ、ちょっとレイ君!? まだ話は」
腕を掴まれて慌てるフタバ。しかし、嫌がる素振りはなく、言いかけていた言葉も飲み込んだ。
「全く、仕方がないですね」
代わりに、この夏の日には溶けてなくなってしまう、淡い粉雪のような微笑みを浮かべた。
何も起こらなければいい。《SPCT》と《WINGs》。どちらの活動も激化の一途を辿ろうとする時はすぐそこに来ているだろう。
(この眩しさが、どうか曇らないように)
フタバは、ぐいぐいと先行するレイの背に、日の光と今は見えぬ金色輪の輝きを重ねて目を細めた。




