第11翼 《SPCTRaS》6
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「《纏輪》よりも先に《SPCT》から話そう」
シブミは一人きりの舞台で、語り部として説明を始める。
「《空間断裂性生物》、『SP』ace 『C』leavable 『T』hings。私たちはこのイニシャルから《SPCT》と呼んでいる。奴らの注意すべき点は『既存の兵器が一切効かない』こと、もう一つは『あらゆる物体、物質を吸収してしまう』ことにある」
レイが《SPCT》に撃った拳銃は、まるで痛手にならず、結果足止めとしても不十分だった。
その事実は苦い経験として残っている。
正直、二度と味わいたく無いものだ。
「《SPCT》の目的は、地球を限りなく平坦にすること……というのが有力な説だ。奴らは、生物を取り込むことは二の次、いや毛嫌いしている」
「じゃあ、僕が襲われたのは……」
「十中八九、片翅嶺ではなく近くの建築物が標的だっただろうな。まあ、触れると死んでしまうのだから、逃げたのは賢明な判断だよ」
その後、無謀にも突撃したことに目を瞑れば。
「他にも、吸収能力を成しているのは、体の表面を覆う膜が原因だとか。そう言う説もあるが、私からしてみれば《纏輪》の方がよほど興味深い代物さ」
話は《SPCT》から《纏輪》へ。そして、ほどなくしてシブミの声音が軽くなる。
レイも初めて《纏輪》を目にしたときは、感動を覚えた。未知に遭遇した恐怖心をどこかにほっぽり出して。
シブミの気持ちを察することは出来る。
「《纏輪》は現状《SPCT》に通じるただ一つの力。特徴として一人一つのリングを持ち、一枚の翼状の突起物を有する」
勿論、例外はある。
シブミはフタバに話を投げた。
「鳳凰寺双羽、前に立ち《纏輪》を呼んでくれ」
「はい」
(フタバの《纏輪》は、そういえば……)
レイが思い出す前に、フタバのくるぶしから外側に向かって、小さな金色輪が姿を見せる。特段用事が無いからか、彼女の《纏輪》はプレーンな翼状を保っている。
「彼女のケースは少し特別でね。《纏輪》を二つ扱っているのさ」
「それってすごいんですか?」
「腕が余計に二本あると思えばいい。普通の《纏輪》使いはまあ、一本増えるだけだから、頭に入ってくる情報が少ない。一方、鳳凰寺双羽は君らの倍覚えることがある」
それも単純な倍ではないがなと、シブミは言う。
「彼女は唯一の《双纏輪》覚醒者さ。珍しさなら片翅嶺とどっこいどっこいだ」
「僕ですか?」
それは考えるに《降臨型纏輪》が関係しているのだろう。
「そう。そして同じく先日現れた少女も君と同型だ」
「僕と同じ《纏輪》」
レイは右翼。一昨日の少女は左翼。
対のように並ぶ、一対の翼。
「可笑しな偶然は、あるところにはあるものだね。君は知らないだろうが、《降臨型纏輪》が目撃されたのはその日が初なんだ」
偶然。たまたま。そういう巡り合わせだったと言われると不思議と不快に聞こえない。
しかしロマンチストな女医である。てっきり、シブミは必然や確実性を重んじていると、レイは勝手にイメージしていた。
シブミはなお金色輪について語る。
「ここからが本題だ。《纏輪》には攻撃形態が二種類と特殊技能が一つ存在する。ちょうどいい鳳凰寺双羽、やってくれ」
フタバは心得たと自信有り気に了解。
「これが剣態」
左くるぶしに生える羽が細く、鋭利になってゆく。レイピアのような切っ先とロングソードの刃を合わせもつような剣状の金色翼。
「こっちが銃態です。と言っても、見た目変わりませんけど」
クスリと微笑むフタバ。なるほど、《双纏輪》である長所を伸ばせば、いっぺんに近接と遠距離で攻められる。何もわからないレイでも頭で理解しやすい図だ。
「いよいよ最大の要素だが……片翅嶺は尾美烏黒を見て知っているはずだ。その名も《纏輪解放》」
シブミが真後ろのプロジェクターを起動させる。するすると降りた幕にライトが当たり、そこにはレイとクロ、《SPCT》の三者が映っている。
レイはピストルを構え、クロは剣態の金色翼を携えていた。
(あの時の……)
『纏輪……解放!』
動画内のクロの《纏輪》が黒く塗りつぶされる。
『大纏輪刀・黒漆剣』
とそこまでのところで、シブミはリモコンの停止ボタンを人差し指でつつく。
「ああ!? 何してんのシブミさん、良いところなのに!」
「黙れ、尾美烏黒。私は《纏輪》以外をじっと見る気などない」
「そんなあ」
机に突っ伏すクロ。自分の活躍を見られなかったのが、残念で仕方がない様子だ。
そこでシブミは、一つ提案を持ちかけた。
「わかった。尾美烏黒の熱意を買おうじゃないか。《纏輪解放》とお前の能力を説明してくれ」
「おっしゃあ!」
万華鏡のようにころころ変わる喜怒哀楽。立ち直りが早いのは、クロの美点だ。レイはそう思っているが、フタバやホトリは、うっとうしいゾンビ程度と認識してあるよう。
クロはそんなのへのカッパも同然という態度で話し始めた。
「まず《纏輪解放》っつーのは、《纏輪》使いの切り札だ。特別な能力を使えるようになるんだぜ」
特殊能力? と首を傾げるレイだが、話は止まらない。
「目覚めるには自分と向き合う? のが一番手っ取り早い。当然、レイはまだ使えないし、ホトリちゃんも使えないぞ」
シブミとは正反対に、クロの語りは熱血の体育教師のようだ。
「使用できるのは三十分間。それを過ぎると、その後一時間はただの人間に近い状態になる。《纏輪》を呼ぶこともできなくなるし、《纏輪》使いの体質すら一部機能が落ちるんだ」
「じゃあ、この前使った時は……」
「あん時は、レイが逃げる時間を稼ぐのに必要だったのさ。まあお前が気にすることじゃねえ。俺が助けたかったのと、《SPCTRaS》の義務が合致したっつー、要はそう言うことよ」
危険を犯して《纏輪》を解放する。それがどれ程危ういかを知っていて、クロは奥の手を解禁した。
(たった一言二言、話しただけの僕を助けようとして)
レイを気に入った。それがトリガーとなったのは、あながち外れたではないだろう。
でも簡単に決断できるはずがない。レイも初めは、クロの手助けに行くか迷ったから。
「おうおう、湿っぽくなんのは後だ後! 次はお待ちかね、俺の特殊能力についてだぜ!」
レイが胸をじんと熱くさせていると、クロは陽気に笑い飛ばす。
「このクロ様の力はずばり、斬ること断つこと刻むこと! 俺とこの《天絶》に絶てねえもんはねえ!」
はきはきと力強い口上を叫び、クロは《纏輪》を出し、剣態にして高く掲げた。レイにはその姿が眩しくて、凛として見えてたまらない。
(凄いなあ……クロ)
だが賛同するのはレイだけで、女性の視線は冷たい。
シブミは高ぶるクロを手を上げるだけで制した。
「そこまでだ尾美烏黒」
「ええー、いいじゃんよー」
「フタバの能力がまだだろう。チームメイト的に知らんでどうする」
一方的な正しさにぐうの音も出ない。クロは唇を尖らせて沈黙する。
語り部は代わり、フタバへ。
「ご紹介に与った鳳凰寺双羽です。私の《纏輪解放》時能力の名は《候空》、天候の具現化。口で言うと良く分からないですから、今度許可を貰ってお見せしますね」
聞いただけで、さぞかし美しい力を発揮するだろう光景が浮かぶ。レイは、その時々で表情を変える空模様を思う。
「それは、楽しみにしておきたいな」
「ありがとうございます!」
口の端を大きく動かして笑うフタバ。《纏輪》を褒められることは、あまりないことがわかる。
「僕の《纏輪》にも、クロやフタバみたいな素敵な能力があるんだね」
「ありますよ、きっと」
「《纏輪》には俺らの夢が詰まってんだ。レイもホトリちゃんのもスゲエ力が眠ってらあ!」
だから早く一人前になってくれよと、クロが励ます。
「夢が詰まっているか、大きく出るじゃないか尾美烏黒。研究者としてその言い回しは賛同できんが、私個人は好きな発想だよ」
腕を組んで静観していたシブミは、軽い拍手を送る。
役目の終わったクロはとフタバは、それを機に自分の席に戻った。
「ここからが本題というより、わたしたちの達成すべき目標とでも言い変えよう。《SPCTRaS》とこれに敵対する反政府組織《WINGs》の話だ。心して聞け」
シブミは声を硬くして話す。
――レイと謎の少女の関係が壊れる時が、音もなく近づいていた。




