第三話 西へ
夜も深くなっていくと、商店街はその貌を変えた。洋服の店や菓子を売る店、本屋などは軒並みシャッターを下ろし、代わりに居酒屋やカラオケ店が輝きを放ち始める。
そんな夜の商店街は、華やかなくせにどこか寂しげだった。こうやって酒も飲まずに歩いていると、その寂しさが体中にまとわりつく。今夜は特にそうだ。
祐一は歩きながら、胸ポケットに手を触れた。ここにあの鍵が入っている。謎の女がくれた謎の鍵。怪しい話なのに、公園へと向かう足が止められない。
『信彦くんに会いたいんでしょ』
あの女はそう言った。会いたいに決まっている。会って両肩をつかみ、『今までどこにいたんだよ。みんな心配したんだぞ』と怒ってやりたい。いや、会えばそんな恨み事などすべて吹き飛んで、ただ泣くだけなのだろうか……。
「あんた……」
突然、すぐ近くで声が聞こえた。祐一はぎょっとして立ち止まる。シャッターの下りた狭い店舗の前に手相見の台が置かれ、そこに一人の老婆が座っていた。この季節だと言うのに、老婆は毛糸で編んだ灰色の肩かけを羽織っている。後ろでひとくくりにした彼女の白髪は、途中からその肩かけに埋もれて見えなくなっていた。
「あんた、女難の相が出ておるよ」
老婆の低くかすれた声に、祐一は一瞬体を震わせた。でも、このセリフはただの客引きなのだ。前に聞いたことがある。大方の若い男は、女性に関する悩みを持っている。それを指摘すれば占ってもらう気持ちになるのだと言う。
「俺、急いでるんで」
祐一はそのまま通り過ぎようとした。その瞬間、老婆の手が伸びてきて祐一の上着を掴んだ。
「なっ、なんですか」
「その胸の鍵は大事にしなされ。代わりはそうそう見つからぬ」
「……」
下から見上げてくる老婆の瞳は、黒い水晶のように見えた。見つめていると、そのまま沈み込んでしまいそうだった。
「念のためにこれをやろう」
老婆は、台の上に置かれていた白い紐を取った。
「どこか、鍵とは違う場所に隠して置きなされ。……心配せんでもいい。金は取らんよ」
差し出された紐は、何でできているのかわからないが、なめらかで光沢を帯びて見えた。祐一はためらいがちに手を伸ばし、その紐を受け取った。
「……ありがとうございます」
「それから、すべて終わって帰るときは、西の方角がよかろう。その方角が救いにつながる」
「……はい」
祐一はぎこちなく頭を下げ、紐をズボンのポケットに入れた。
歩き出してから、祐一はふと気になって後ろを振り返ってみた。しかしそこにはすでに老婆の姿はなく、ただ手相見の台だけが、ぽつんとひそやかにたたずんでいるだけだった。