冬馬の桜
窓が小刻みにカタカタと音を立てている。朝からずっと……いや、もっと前からだったか……。
一日中ベッドに横たわっていると、音は徐々にその存在感を増した。視覚も嗅覚も触覚も、みな一様に意味をなくし、ただ音だけが自分を責め続けていく。
「……やめろ……」
冬馬は腕を支えにしてよろよろと起き上った。そのまま床に足をつくが、細くなった足は体を支えることができなかった。
「くそっ……」
ベッドに両腕をついて、じりじりと体を動かす。まだ十八だというのに、これでは老人と同じだ。
『風を受け止めることもできない窓なら、このこぶしで粉々にしてやる』そう思っていたのに、この弱った体でそんなことができるはずもなかった。冬馬は震える手で窓枠を持ち、それを上に引き上げた。
「あ……」
そこに広がっているのが夜闇であることも、その視界を遮る鉄格子の存在もわかっていた。ただ、その無機質であるはずの世界に思いがけない色があった。その色は淡くはかななげで、だからこそ闇にのまれずにいた。
―桜……そうか、今は春なんだ……。
ここに閉じ込められてから、何日、いや何年たったのか。冬馬はもう、それすら分からなくなっていた。急激に体が弱ってきて、ベッドで夢と現の間をさまようことも多くなった。きっとこのまま消えてしまうのだろう。そう思っても、焦りすらなかった。
もう生きることさえあきらめかけていた。なのに……。
桃色の花びらが、夜の中に散って行く。あの下に立ったならどんな感じなのだろう。視界を埋め尽くす桃色に、抱きしめられたような気がするのだろうか。
冬馬は、鉄格子の間からおずおずと腕を伸ばした。届くはずはないとわかっている。それでもあきらめきれなかった。どこからか風が吹いてきて、花びらをこの手に掴ませてくれないだろうか……。
その時、視界の中に一つの影が映り込んだ。ほっそりとしたその影は、軽やかな足取りで桜に近づいて行く。その影に向かって、桜の花は惜しげもなく降り注いだ。髪に、肩に。花びらは触れ、戯れ、すべり落ちる。
―……どうして……?僕のところには一枚も来ないのに……。
口惜しさに体が震えた。もう、こんなところにはいたくない。あの桜の下に立つあいつになりたい……。
ふいに心が軽くなった気がした。見ると、窓の下にくず折れている自分の体が見える。それでも心は、蝶のように舞い、簡単に鉄格子をすり抜けた。そのまま桜の下へと向かう。桜と戯れるあの影に……。
―君がいけないんだよ。僕に見せつけるから。
桜の花びらが、冬馬の周りをかすめて行く。雨のように、雪のように。冬馬は迷いもなくその影に飛び込んで行った。