職場の掃除のおばちゃんから聞いた「いい話」(実話)しょーと
この間職場の掃除の石川さんというおばちゃん(66歳)に「谷内くん大事な話があるってイソップが言ってるんだけど」と声をかけられた。
イソップとは掃除のおばちゃんの同僚である。磯田という名前だからイソップというあだ名にしたらしい。歳は63歳で、やつれたように細い。イソップというメルヘンなあだ名とは程遠い見た目である。よくこれだけ不釣り合いなあだ名をひねり出したなという感じである。
「イソップがさー、谷内君に話があるっていうのよー」
「へー、そうなんすか。何の話です?」
「直接聞いて」
「あ、はい」
自分から言っといて。
ということでその日の帰り際、イソップさんと会ったので聞いてみた。
「話ってなんですか?」
「あ、谷内くん明日来る?」
「来ますよ」
「じゃ、明日でいいや」
「明日でいいんですか?ちなみにどういう系の話ですか?」
「いい話」
とイソップさんは笑顔で含みを持たせた。
・・いい話。
ぼくが結婚してないのは話してあるし、この間いい子がいたら紹介してくれって言っておいたし、きっと見合いとかそういう話なんじゃないだろうか?
そう考えればここにはけっこう女性の職員がいる。一人くらいぼくのことをいいと言ってくれている人がいてもおかしくない。
ぼくはにわかに明日が楽しみになった。
しかし家に帰ってシフトを見ると、明日は休みの予定になっていた。だからたまにしか出てこないイソップさんと次にシフトが被るのは一週間後である。
ぼくはしまったなーと思い、電話番号を知っている石川さんの方に電話を掛けた。
「あのー、今日イソップさんに明日会えるって言っちゃったんですけど、よく考えたら次は一週間後でした。どうしましょうか?」
「あ、じゃああたしから明日イソップに言っとくから」
「そうっすか。じゃあお願いします」
ぼくは電話を切った。楽しみが一週間後に伸びてしまった。まあいいか。楽しみは残しておくというのもいい。急いては事を仕損ずるというものだ。
ぼくはそう思ってベッドにもぐった。
一週間後
その日の昼にイソップさんと会うことが出来た。イソップさんは階段のところを石川さんと一緒に拭き掃除ていたところであった。
ぼくはまるで後光が射しているかのようなイソップさんの後ろ姿に元気よく声を掛けた。
「イソップさん!おはようございます!」
一週間待っていたのでワクワクだった。
「話って何なんですか?」
イソップさんはぼくを振り返り、真剣な顔をした。
「谷内君、木村さんて知ってる?」
木村さん?誰だろうか?そんな子この職場にいただろうか?
「誰ですか?どの部署の子?」
「私たちと同じ掃除のおばちゃんの・・」
「・・は?」
掃除のおばちゃん?
あ、木村さんてあの(「漫☆画太郎」のマンガに出てくる登場人物みたいな顔した人ですよね)
365日24時間びっくりしてあごが外れたみたいな顔をしているあの。
「その木村さんがね、谷内君のこといいんだって・・」
「は?」
「谷内くんのこといいんだって」
「いやいいんだってって、あの人何歳でしたっけ?」
「67歳」
「・・・」
「谷内君帰るときいつも木村さんに『お疲れさま-!』っていうでしょ。あれがいいんだって」
知らねーよ!!!
「その話だったんすか?」おれが一週間楽しみにしてた話って。
「そうだよ。ねえどうする?どうする?」
「どうしよっかなー・・・・って考えるわけないでしょうが!!」
「そう。向こうは谷内くんのこといいと思ってるんだよ」
歳の差!考えて!
「はあ。木村さんがあと40年若かったら二秒だけ考えたかもしれなかったです。じゃ」
ぼくは手を上げてイソップに背を向けた。
「待って!!」
今度はイソップのほうから呼び止められた。
ぼくは振り返った。
イソップは指で自分の頭をコンコンとつついて
「頭に入れといてね」と言った。
「何をですか?」
「木村さんが谷内君のこといいって思ってるってこと」
「・ ・・」
入れねーよ!!
ぼくは叫んだ。