企画は突然に・・・
これからしばらくは平和な日常パートが続きますので、トラブル物が読みたい方はどうぞ先へお進み下さい。
その13日前-。
8月2日
東京都新宿区市ヶ谷
春に小規模な出版社に就職したばかりの俺、霧島 翔は夏の暑い日差しの中を会社へと急いでいた。
朝からJRのダイヤが乱れたとはいえ、遅刻をおおらかに許してくれるほどウチの会社は甘くない。
俺が勤める会社、イカルス出版は主に乗り物を扱ったマニア向けの雑誌を発行しており、マニアの間ではそこそこに知られている会社だ。
大学を出て内定を中々貰えない就職活動中、必死で中学生のころから読者であったことをアピールした結果が功をを奏したのか、唯一内定を貰えたこの会社に飛びついたがそれは拙速だったかも知れない_。
目の前に見えてきた会社の入るビルを前にして俺は溜め息をついた。
時刻は9時20分。
始業時間などとうに過ぎている。
意を決して所属する航空雑誌「CONTRAIL」の編集部が入る部屋のドアを開けた途端、編集長の野太い声が飛んできた。
「おい、きりしまぁー。随分な重役出勤じゃねぇか。お前はいつからそんなに偉くなったんだ?」
「す、すみません編集長。JRが信号故障で遅れたもので・・・。」
「信号故障だぁ?多少の遅延でも遅刻しないようにするのが社会人ってもんじゃないかねぇ?
まぁ、良い。今日の俺は機嫌が良いからな。」
ちなみに、今朝の遅延は1時間以上も運転見合わせが続いたほどのものであった。
これが「多少の」遅延かどうかは諸氏の判断に任せる。
「喜べ。今までずっと取材の調整とやらにお前を使ってきたが、ついに今回お前に記事を書かせてやることにした。つーわけで、明日からお前は大阪だ。」
入社以来、「お前なんかに記事を書かせられるか!」と言われ続け延々と取材先へのアポや宿泊先の手配などの雑用を押しつけられていたが、ついに記事を書かせて貰えるらしい。
それはうれしい。
だが、今何と言った?
「編集長、今明日から大阪と言われた気がするのですが・・・?」
「そうだ、お前は明日から大阪だ。なに、気にすることはない。航空券も宿泊先も確保済みだし、取材先へのアポも取ってある。すでに準備は万全だ。」
どうやらこの人が言う準備には俺の都合などは含まれていないらしい。
とはいえ、初めて記事を書かせて貰えるのはうれしいことだ。
「それで、取材先はどこなんですか?」
そう聞くと編集長は「よくぞ聞いてくれた」とでも言うようにニヤリと笑いながら言った。
「国土交通省大阪航空局関西空港事務所だ。」
翌日 東京国際空港第2ターミナル 展望デッキ
タワーの周波数にあわせた受信機から音声が流れる。
「All Nippon985,Runway 34R,cleard for takeoff. Wind 330 at 8.」
「Runway 34R,cleard for takeoff,All Nippon985.」
朝日の中、離陸滑走を始めたB767-300型機に向かってシャッターを切る。
エンジン音を響かせながらローテーション速度に達した機体は機首を引き上げ、大空へと飛び立った。
「All Nippon985,contact departure 126.0」
「Contact departure,All Nippon985,goodday.」
「Goodday.」
その言葉を聞きつつ俺はカメラを仕舞い、朝食を取るべく展望デッキを後にした。
朝食を取り終え、保安検査を終えると搭乗便であるNH141便の出発まで後30分というところだった。
搭乗口に到着し、搭乗橋が接続された機体を眺めていると間もなく搭乗が開始され、乗客たちの列が動き始めた。
搭乗便はNH141便、本日の使用機材はB767-300ER型機である。
この便は羽田から関西への送り込みも兼ねているので国際線機材での運航となる。
プレミアムクラスの設定は無いが、前方のビジネスクラスシートが普通席として開放されるため、普通運賃で乗ることが出来る。
座席番号は11A。
ビジネスクラス最後尾の窓際席である。
座席に座り、ドアクローズまでのわずかな時間を出発承認管制を聞きながら過ごしていると飛行承認要求が聞こえてきた。
「...Tokyo delivery,All Nippon141,request clearance to Kansai international Airport.
Flight level 280.」
(東京デリバリー、ANA141便です。関西国際空港まで巡航高度28000ftでの出発許可を要請します。)
「All Nippon141,Cleard to Kansai international Airport via Hayama 5 Departure YOKOSUKA Transition then flight planned route. Maintain flight level 240 ,expect flight level 280. Squawk 3212. Runway 34R.Read back.」
(ANA141便、関西国際空港までハヤマ5ディパーチャー、ヨコスカトランジションでの出発を許可します。飛行経路はフライトプランに記載の通り、暫定維持高度は24000ft。巡航高度は28000ftです。トランスポンダーの番号を3212に設定して下さい。使用滑走路は34R。復唱願います。)
「Cleard to Kansai international Airport via Hayama 5 Departure YOKOSUKA Transition then flight planned route. Maintain flight level 240 ,expect flight level 280. Squawk 3212. Runway 34R.」
(ハヤマ5ディパーチャー、ヨコスカトランジション経由での関西国際空港への出発を許可。飛行経路はフライトプラン通り、暫定維持高度は24000ftで巡航高度は28000ft。トランスポンダーを3212に設定します。使用滑走路は34R。)
「All Nippon141,readback is correct. Contact Ground when ready for pushback.」
(ANA141便、復唱に問題なし。プッシュバック準備が整ったらグランド管制と交信して下さい。)
「Contact Ground when ready,All Nippon141.」
(プッシュバック準備でき次第グランド管制と交信、ANA141便。)
と、ここまで聴き終えたところでドアクローズ。
時計を見ると定刻の7時20分の出発であった。
受信機を仕舞い込み、カメラを手にする。
2014年9月から離着陸時もデジタルカメラを使えるようになったのは非常に有り難い。
そう思いながらファインダー越しに窓を見ると同時にプッシュバックが始まり、グランドスタッフが大きく手を振っているのが見えた。
プッシュバックを終えた機体はその巨体を空に浮かべるべく滑走路34Rへと足を向け、離陸許可を待つ。
この時間帯は出発機が立て込んでいることもあり、滑走路には多数の機体が飛び立つ瞬間を待っていた。
現代の大型旅客機は大きな後方乱気流を巻き起こすので同じ滑走路から続々と離陸、というわけにはいかないのだ。
順調に先行機の離陸は進み、幸いな事にさほど待つこともなく離陸の順番がまわってきた。
滑走路内に進入後待機して先行機との間隔をとる間に、機内ではベルトサインが今一度点滅し、ポーンと音が鳴った。
離陸準備を完了し、許可を得た機体は甲高いエンジン音を響かせつつ滑走路から飛び立つ。
すでに空高く昇った夏の太陽の光を反射してキラキラと輝く海面を忙しなく行き交う船を眼下に見つつ、機体は上昇しながら右旋回をして出発経路に指定された経由点である木更津VORを目指す。
機内では早くもベルトサインが消灯し、客室乗務員たちがサービスの準備をするべく忙しそうにギャレーへと向かう。
その光景を後目に再び受信機を取り出して今度は出域管制を聴く。
会社によって対応は異なるが、ANAの場合は機内でのラジオの使用はOKだ。
ヘテロダイン方式を用いた受信機でFM放送を聴く場合は受信信号を増幅する過程で微弱な電波が漏れ出るため推奨はしないが、航空無線はAM放送なので問題ない。
朝の出発ラッシュということもあってディパーチャーは非常に混みあっていた。
「..ppon51,Contact Tokyo Control 123.8」
「Contact Tokyo Control,All Nippon51.」
「All Nippon141,resume own navigation direct YOKOSUKA. Comply with restriction.」
(ANA141便、横須賀VORへ直行して下さい。高度制限に注意せよ。)
「Resume own navigation direct YOKOSUKA. Comply with restriction,All Nippon141.」
(横須賀VORへ直行。高度制限を遵守します。ANA141便。)
機内ではCAたちがカートを押し、ドリンクサービスが始まっていた。
通りかかる際に、ログブックの書き込みをお願いしてコンソメスープを飲んでいると朝早く家を出たせいか、腹が温まって眠気が襲ってきた。
エアバンドを聴きつつ、なんとか目を開けようと努力をした俺であったが、
(やっぱりビジネスクラスのシートは最高だな・・・。)
と思いながらいつしか眠り込んでしまったのであった。
はっ、と意識を取り戻すと機体はすでに降下を始めていた。
眠気眼を擦りながらルートマップを見ると、早くも紀伊半島上空であった。
どうやら折角のビジネスクラスを居眠りして過ごしてしまったらしい。
慌てて受信機を関西進入管制の周波数に合わせると、ちょうどイニシャルコンタクトの真っ最中であった。
「...sai Approach Rader,All Nippon141. Approaching GOBOH. Leaving flight level 180 to 140,decending. We have information Foxtrot.」
(関西アプローチ、ANA141便です。GOBOHに接近中。高度18000ftから14000ftに向け降下中です。空港気象情報はFを取得しています。)
「All Nippon141,Kansai Approach,rader contact. Using Runway 24R.」
(ANA141便、関西アプローチです。レーダーで確認しました。使用滑走路は24Rです。)
「Runway 24R,All Nippon141.」
(使用滑走路は24R、ANA141便。)
「Kansai Approach,Air France 292. Passing PEACH.」
「Air France 292,cleard for ILS runway 06L approach. Contact Tower 118.0」
「Cleard for ILS runway 06L approach. Contact Tower. Air France 292.」
交信が終わったと思うと直ぐに別の機が交信を始める。
関西空域は関西空港の航空便だけでなく、伊丹・神戸空港への便も集まってくるために忙しいのだ。
今度は空港の気象情報を提供しているATISを聴いてみる。
ちなみに関西ATISの周波数は127.85だ。
「Kansai International Airport information Foxtrot, 2300. ILS runway 06 left approach and ILS runway 06 right approach. Landing runway 06 left and 06 right, departure runway 24 right. Departure frequency 119.2. Parallel ILS approaches to runway 06 left and right are in progress. Wind 020 degrees 10 knots. Visibility 20 kilometers, sky clear. Temperature 32, dewpoint 23. QNH 30.00 inches. Advise you have information Foxtrot.」
(関西国際空港、情報F。|世界標準時(UTC)23時現在、滑走路06左と滑走路06右でILS進入を実施中です。着陸用滑走路は06左と06右、出発用滑走路は06右です。出域管制周波数は119.2 MHzです。滑走路06右及び左への平行ILS進入を実施しています。風は020度方向より10ノット。視程は20キロメートル、快晴。気温摂氏32度、露点23度。QNHは30.00インチです。気象情報Fを受信した事を報告して下さい。)
再びアプローチに周波数を合わせる。
「All Nippon141,decend and maintain 8000. After passing GOBOH,direct TOMO.」
(ANA141便、高度8000ftまで降下し、維持して下さい。GOBOHを通過後はTOMOに直行して下さい。)
「Decend and maintain 8000. Direct TOMO. All Nippon141.」
(8000ftまで降下し、維持します。TOMOに直行。ANA141便。)
機内は着陸に向け徐々に騒がしくなり、客室乗務員たちはカートなどを仕舞うのに大忙しだ。
「All Nippon141,cleard for ILS runway 06L approach. Contact Tower 118.0」
(ANA141便、ILS進入方式での滑走路06Lへのアプローチを許可します。タワー管制に交信して下さい。)
「Cleard for ILS runway 06L approach. Contact Tower,All Nippon141.」
(ILS方式での滑走路06Lへのアプローチを許可。タワーと交信します、ANA141便。)
滑走路06LへのILSアプローチが許可された。
これは滑走路への着陸経路を取ることが認められただけで着陸許可が下りたわけではない。
ILSとは計器着陸方式のことで滑走路から発せられる電波の誘導に従って滑走路への進入を行う方式のことだ。
「Kansai Tower,All Nippon141,Approaching TOMO. ILS runway 06L approach.」
(関西タワー、ANA141便です。TOMOに接近中。ILS方式で滑走路06Lへ進入中です。)
「ANA141,Continue approach.You are No.2」
(ANA141便、進入を継続して下さい。現在、あなたは2番目の着陸機です。)
「Continue approach,ANA141.」
(進入を継続します、ANA141便。)
「Air France 292,runway 06L,Cleard to land. Wind 020 at 10.」
「Cleard to land runway 06L. Air France 292.」
先行するエールフランス292便に着陸許可が下りた。
朝の出発ラッシュのため、着陸機はターミナルに近いA滑走路ではなくB滑走路に誘導されているようだ。
程なくして搭乗便にも着陸許可が下りる。
「All Nippon141,runway 06L,Cleard to land. Wind 020 at 10.」
(ANA141便、滑走路06Lへの着陸を許可します。020の方位から10ノットの風が吹いています。)
「Cleard to land runway 06L,All Nippon141.」
(滑走路06Lへの着陸を許可、ANA141。)
同時にシートベルト着用サインが点灯した。
「皆様、まもなく当機は最終の着陸態勢に入ります...」
ここでレシーバーを仕舞ってカメラを取り出す。
窓の片隅から前方方向に見えた小さな島は、着陸時でも200km/hほど出ている飛行機では瞬く間に近付いてきて大きな空港になった。
機体は滑らかにランウェイ06Lへ着陸をすると、LCC向けである第2ターミナルの前を横切ってスポットへとタキシングを始める。
「皆様、只今当機は関西国際空港へ着陸いたしました。飛行機が完全に停止するまで席をお立ちにならないよう....」
飛行機はスポットへ滑り込むように停止すると、まもなくボーディングブリッジが接続され機内が慌ただしくなる。
乗務員からログブックを受け取って、笑顔で見送られながらL1ドアから機外に出る。
外の空気は少し、潮の香りがした。
ルビの振り方って難しいですね・・・。
※機内での電子機器の取り扱い等は必ず乗務員の指示に従って下さい。
(2014.10.2 ルビ修正)