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僕は航空管制官  作者: 高槻 智和
関西国際空港編
1/2

squark7700-前編

テクノエア901便 ホノルル発 関西空港行き B747-400

硫黄島から南に34km 高度36000ft


ホノルル空港を夕方に出発したこの便はその行程を順調に消化し、今まさに夕焼けを迎えようとしていた。

パイロットたちも操縦をオートパイロットに任せてコックピット内にもどこか弛緩した空気が流れており、キャビンでは遊び疲れた多くの乗客が眠りに就いていた。


「江波君、窓の外を見てみなさい。見事な夕焼けだよ。」

PICパイロットインコマンドの内田機長が言う。

その言葉にコ・パイロットの江波副操縦士はモニターしていた計器から目を離して月を眺めた。


「これは見事な夕焼けですね。この調子なら関西も晴れているでしょう。」

「空いているようなら管制にベクター(誘導)でファイナルまで引っ張ってもらおう。

最近では会社も経費削減と口を酸っぱくして言っているからなぁ・・・。」

「まあ、仕方ありませんよ。今のご時世、LCCばかりもてはやされてウチみたいなレガシーキャリアはどこも厳しいんですから。」

「これも時代の流れなのか。物寂しいものだな。」

内田機長は定年間近のベテランパイロットであり、その人生を会社の発展とともに歩んできた。

B747に乗り続けて30年。

その巨体を生かして大量輸送の時代を切り開き、一般庶民に空を身近な存在にしたジャンボジェットではあったが、昨今の燃料価格の上昇からより省エネな新鋭機への置き換えが進み、その数を徐々に減らしていた。


そのようなパイロットたちの会話をよそに、機体は夕闇の中を順調に飛行していた。




その1時間前

東京都小笠原諸島西之島


島全体が活火山であるこの島はその噴火活動を活発に続けていた。

地下深くから沸き上がってくる溶岩は大噴火を今か今かと待ちわびるように圧力をかけ、頻繁に火山性地震を引き起こしていた。

そしてついに、山体が耐えられなくなって大きな亀裂が地面に走ったかと思うと、真っ赤な溶岩がその割れ目から噴水のように噴き出した。

こうして、この島の過去最大規模の大噴火は引き起こされた。

流れ出た溶岩が海に流れ込み、もうもうと水蒸気を上げながら陸地を拡大する一方で、小さな火山灰はその噴火の勢いで成層圏まで空高く打ち上げられた。

成層圏まで到達した火山灰は空気中を漂っていたが、通りかかった航空機のエンジンに吸い込まれ、その牙を剥いた。




テクノエア901便 コックピット


最初に異変に気づいたのは計器を眺めていた江波だった。

B747-400型機はそれまでのジャンボジェットから大幅に近代化され、計器はグラスコックピットになり航空機関士を廃止して2メンクルーでの運航を可能とした機体である。

その電子化された計器のうち、エンジンの状態を表示しているEICAS(アイキャス)に小さな変化が現れていた。

「機長、EICASを見てください。No.4エンジンの排気温度が異常に高いように思えます。」

「どれどれ・・・、確かに少し高いように思えるが異常と言うほどでもあるまい。

直ぐに直るだろう。」

「わかりました。お手数をお掛けして申し訳ありません。」

「なに、気にすることもないよ。どのみち巡航中は機械の監視ぐらいしかすることが無くて暇なのだからね。」

航空機のエンジンは左からNo.1、No.2となっており、第4エンジンは747の右翼外側エンジンのことである。


じっと計器を眺めていた江波は目に疲れを感じて窓から外を見た。

新月の今日は月も出ておらず、まさに鼻を摘まれても分からない闇夜のはずであったが、なにやら外が明るい。

よく見ると機体の機首からコックピット一帯までの表面が光っているように見える。

「機長、これはセントエルモの火でしょうか?レーダーに雷雲なんて映っていませんし、なんだか変ですよ。」

「確かにおかしいな。ランディングライトを付けてみてくれ。」

江波が指示通り着陸灯を点灯させるも、外は曇りガラスを通したかのように真っ白で状況は改善しない。

そのとき、客室からインターホンで連絡が入った。

「L1、チーパーの浅井です。先ほどから機内で変な臭いがするのですが・・・。」

「浅井さんか、コパイの江波です。どんな臭いがするのかもう少し具体的に教えてもらえると助かるな。」

「うーん、なんだか温泉地で嗅いだような・・・そう、腐卵臭が少ししますね。」

「わかった。こちらでも少し調べてみるよ。」

通話を切り、左席を見ると内田機長は腕組みをしながら何かを考え込んでいる様子であった。

「江波君。NOTAM(航空情報)をチェックしてくれ。なんだか嫌な予感がする。」

無線で最新のNOTAMを請求すると、すぐにACARSを通して最新のNOTAMが送られてきた。

「えーっと、出発から特に更新は無いようですね。機長、一体どうされたんですか。」

NOTAMを請求している間も機長はじっと腕組みをしていたが、江波の言葉にようやく腕組みを解いた。

「そうか。NOTAMは出ていないか。江波君、NO.2とNo.3エンジンを停止させよう。」

「えっ、そんな飛行中にエンジンを止めるなんて聞いたこともありませんよ?」

「江波君はBA9便の事故を知っているかね?」

「そりゃ知っていますが、なぜその話を今・・・?

火山の噴火なんて真っ先にNOTAMに出るはずですよ。」

「だが、そのNOTAMが間に合わなかったら?

俺が考えるにこの機体は明らかに火山灰の中を飛んでいる。

このままではエンジンが危ない。第2・3を止めるぞ。」

内田機長がそう言ったときだった。

突然EICASに大量の警告が現れ、そのことはエンジンの急激な出力低下を示していた。

「第1・第3エンジンの出力が低下!まずい、フレームアウト(燃焼停止)します!」

「遅かったか・・・。第2・第4も早いうちに止めるぞ。」

「それでは電力供給が・・・。」

「同時にRAT(ラム・エアタービン)を展開。ATCに高度変更の許可を取れ。」

その瞬間。

機体を大きな振動と爆発音が襲った。




テクノエア901便 第4エンジン


火山灰を最も多く吸い込んだ第4エンジン。

そのことは早くもエンジン排気温度の上昇という兆候に現れていた。

エンジンに吸い込まれた火山灰は燃焼室の高温でドロドロに溶かされ、排気口を出たところで冷たい外気と接触した。

外気と接触した火山灰は一気にその熱を奪われ、ガラスのように固まりエンジン排気口を塞ぐ。

こうして排気口を失った第1・第3エンジンの燃焼は停止したのであったが、第4エンジンでの状況はさらに酷かった。

排気口が徐々に塞がれたことによってエンジン内部の温度が上昇すると同時に、タービンブレードに開けられた無数の小さな冷却用の孔も火山灰が固めてしまった。

冷却孔を塞がれ、耐熱温度よりも高い温度に晒されたブレードは呆気なく遠心力と圧力に負けて破断した。

破断したタービンブレードは更に周囲を巻き込みつつエンジンを破壊し、大量の破片をまき散らした。

ある破片は翼内を貫通し、またある破片はキャビンの窓を破壊してオーバーヘッド・ビン(荷物棚)に突き刺さった。

破壊された窓からは与圧された空気が一気に流れ出て、客室内には急減圧に伴って白い霧が発生した。

これが第4エンジンに起こった顛末である。




テクノエア901便 コックピット


突然の爆発音に大きな振動、さらにはデコンプ(急減圧)

それらの事態にパイロットたちは訓練通り酸素マスクを装着し、急降下の手順を取ろうとする。

だが、第2エンジン以外のエンジンが止まっているという事実がオートパイロットの実行ボタンを押そうとした江波を躊躇させた。

「江波君、乗客の酸素マスクは僅かしか持たない。どのみち我々に降下以外の手段は無いんだ。ボタンを押したまえ。」

そう防煙フード越しの内田機長の後押しを受け、江波は実行ボタンを力強く押し込んだ。




テクノエア901便 メインデッキ後部ギャレー


チーパーにキャビンの異臭の件を報告し終えた私、鈴木瞳は担当区域の乗客から要望のあった水を準備するべくギャレーに入った。

ミネラルウォーターのペットボトルを開けて水を紙コップに注ぎ始めた時だった。

突然の爆発音と大きな揺れが体を襲い、手に持った水が制服のブラウスにかかってその豊満な胸が露骨に強調されたがそんなことは気にしてはいられない。

急減圧による酸素不足に対処するため防煙フードを被った鈴木は、乗客が酸素マスクを装着しているか確認するべく緊急降下で傾いた機内へと飛び出した。



テクノエア901便 メインデッキ後部客室右舷窓際57K席


現在21歳の雲山竜之介は典型的なチャラ男であった。

大学のサークル仲間とハワイで遊ぶという話が持ち上がったのは3ヶ月ほど前であったか。

現地で彼女の目を盗んでナンパにふけった今回の旅行に彼は大きな満足感を抱いていた。

彼女の追求から逃げつつ、全身筋肉痛の満足感に浸りながら眠りに就くこと数時間。

突然の轟音と振動によって強制的に覚醒させられた彼が慌てて窓を見るとそこには大きく炎を上げるエンジンがあった。

「やべぇ・・・やべぇよ・・・。」

と呟きつつ飛び出してきた酸素マスクを付けようとするも、機内安全のビデオなど真面目に見たこともない彼が手間取っているうちに意識が朦朧としてきた。

(俺、ここで死ぬのかな・・・)

と思いながら彼が薄れゆく意識の中で眺めたものは、白い霧がかかった機内をガスマスクを被りつつこちらに近付いてくる客室乗務員の姿であった。

(おっ、このCA、中々良い乳してるじゃん。)

意識を手放す瞬間、彼の脳裏に浮かんだことはそのようなことであった。



テクノエア901便 コックピット


緊急降下中のコックピット内はまさに戦場であった。

通常ではあり得ない角度での急降下に床は大きく傾き、機体は振動していた。

「No.4エンジンファイヤー!」

「エクスティングッシャー!トランスポンダーを7700にセットしろ。

俺はATCに連絡する。」

そう言うなり機長はマイクを管制に切り替える。

「Mayday,Mayday,Mayday!

This is TechnoAir901.Now emergency descending FL360 to 10 thousand.」

「テクノエアー901便。東京コントロールです。緊急事態了解。現在、周辺に緊急降下の妨げとなる航空機はありません。これより先は日本語でも構いません。」

「901便です。エンジン火災と急減圧が発生しました。

第2エンジンを除く全てのエンジンが停止。

第4エンジンから火災警報が出て消火作業中です。

火山灰の影響が疑われますので至急周辺の航空機にNOTAMを出して下さい。」

「わかりました。そちらの希望に応じられるように待機していますので必要なときに呼び出して下さい。」


こうして901便の乗員たちの命を懸けた戦いが始まったのである。

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