ミルキーの過去話です。番外編ですね。
アタシの名前はミルキー。
だけど、それは本当の名前じゃない。
親もいないし、顔も見た事が無いから知らない。
そう、アタシの名前は猫から取ったの。
死んだ黒猫の名前からね――。
アタシはとあるスラム街で育ったわ。
そこでは日常が戦いの日々だった。
常に争いを繰り広げる大人の巻き添いに子供はなり、時には戦争にも駆り出され惨めに死んでいった。
そこで孤児として育った私は運良く戦争に参加する事も、大人の男に犯される事も無かった。それは魔法の力があったから。まだ確実な力じゃなかったけど、芽生え出している魔法の力で何度かのピンチを抜け出したわ。
アタシのいた世界では魔法は珍しいもので国の精鋭戦士として衣食住の全てを確保される権利を得る事が出来た。けど、それは国に利用される駒になるという事。人を殺し、戦争に参加して果てない戦いの連鎖に巻き込まれるという事。
アタシはこの国の魔法適性試験で集められた少年、少女の施設にいた。そこは襲撃され爆破された。追いすがる敵国の兵士に仲間は殺され、アタシだけは何とか生き残った。
とある猫が食べ物を恵んでくれたおかげで。
そしてこのスラム街の日々で明らかに国力が低下してる事を知るアタシは隠れるように黒猫と暮らしていた。いや、違うわね。アタシが猫の住処に押しかけたの。アタシも住む場所が無かったからね。そんなスラム街の外れにある地下倉庫で、アタシ達は暮らしている。
「ミルキー。餌だよ」
「にゃー」
アタシはミルキーという黒猫に今朝手に入れたマグロの缶詰めの半分を小皿に開けて食べさせた。このスラム街の隅では、食べ物は手に入らない。食べ物を手に入れるには中央に行かないとならなくて、そこは群れを為す無頼漢の集まりで子供が何も無く帰れる保証は無い。
けど、ミルキーに助けられたアタシはその恩を返す為でもミルキーに餌を届けないとならない。今を生きる為と、これからこの世界で生き抜く為に。
「あれ? また残したの? 食べれる時に食べないと身体が持たないよ。明日の食べ物が手に入るとは限らないんだから」
「にゃー」
と返事をするミルキーに元気は無い。
そう、ミルキーはもう年齢的にも若くは無い。
毛並みもボサボサだし、動きも遅い。
栄養状態の悪さだけじゃなく、老化の侵食が一番大きいみたい。
「魔法でどうにか出来ればいいんだけど……」
ぼわ……と赤く光る魔力でミルキーの身体に触れるが、ミルキーに何か変化は無い。
それもそう。
アタシは安定しない攻撃魔法を数回しか使えないんだから。
少しすると、雨が降って来た。
鉛色の雲から降り注ぐスラム街の汚れを全て洗い流すような雨は、世界を蹂躙するようにアタシとミルキーのいる古い地下倉庫へと流れて来る。
水没する事は無いが、水が流れて来ると床で眠る事は出来ない。
寒さと、雨音のうるささで夜中に目を覚ますと、そこには一人の男がいた。
「……アンタ誰!?」
「誰もクソもねーよ。こんな所に地下倉庫があったとはな。ここは隠れ家として使えそうだぜ」
「ここはアタシとミルキーの家よ! 邪魔しないで!」
「アタシとミルキーの家だぁ? オメーの名前は何だこの野郎!」
「そ、それは……」
アタシは名前も無く呼ばれる時は髪が赤いから赤髪とか、少女や子供などの単語ばかり。
名前なんて無い。
そんな人間として当たり前の返答も出来ない自負に、アタシは嫌気がさした。
「名前は……無いわ」
「その猫に名前があってオメーには無ぇのか? とんだお笑いぐさだな! まさかその猫から産まれたのかオメーは! ははははっ! ――痛ぇ!」
「ミルキー!?」
老体であるはずのミルキーはその男に飛びかかり噛み付いた。
男はナイフを取り出した。
その瞬間、アタシの全身から赤い怒りの魔力が噴出する。
「ファイアーボールで!」
パシュ! と火炎魔法が発射された――けど、その火炎の力は弱かった。
雨の湿気に魔力が影響されるほどに私の魔法コントロールがダメだったの。
ファイアーボールに当たらなかった男は驚きを隠せず言ったわ。
「魔法を使えるのか! この赤髪のガキ。使えるな……色んな意味で」
明らかに男の様子が変わった。
性欲と出世欲が入り混じった気持ち悪い気配をかもちだしている。
ゾッ! とするアタシはミルキーの消えゆく命の灯火を感じて抱きしめた。
すると、ミルキーの意識がアタシの中に流れ込んで来たわ。
そして精神世界で出会った――。
「こうやって話せるとは魔法とは不思議なものだな主人よ」
「主人って、アタシ達に上下関係は無いはずよ。互いに助け合ったからこそ、ここにいるんだから」
「そうか……ありがとう。君のおかげで、私は人間を許せたまま終われるだろう」
「人間を許せる?」
「昔の私は人間が嫌いだった。私には人間に対する怒りだけがあった。争いしかしない人間の愚かさに我々は何も出来ず、死んで行くだけ。それが私には許せなかった……しかし、人間にも弱い者がいて戦争を望んで無い者もいる。それを君が教えてくれた」
「ミルキー……」
「私は最後に幸せな気持ちで終われた。だからお前も怒りでその目覚めた力を使わないでくれ」
「ミルキー……私は怒りで魔法を使わない。猫を虐げる者がいない限りはね。ありがとう、サヨナラ」
そして、アタシはミルキーとサヨナラした。
でも悲しくは無い。
アタシの中にはもうミルキーがいる。
そして、アタシには名前が出来た。
その名前を心の中で呟くと、目の前の男は動いていた。
「そのままじっとしてろガキぃ!」
「回復が使えないなら攻撃魔法で先にしとめる! 私が最強の攻撃魔法使いよ! アタシの名前は――」
そして、アタシは最強の攻撃魔法使いになる事を決めた。
同時に、魔力大覚醒って魔力の大覚醒が起こって私のいるスラム街も都市もなにもかも消滅した。
異常な魔術師の才能がある人間がその才能を覚醒させるとこうなるらしいのを最近知ったわ。
そして魔力の溜まる泉を利用してワープし、数々の世界を旅しながら猫を助けて猫の楽園を作る為に頑張ったの。
異世界を転々として、最後にアタシは地獄へたどり着いた。
地獄は人間の行き着く最後の場所であり、安定した空間でもあった。
でも、最強なんて他にもいる事を、アタシは猫達の楽園を作り出してから知る事になる――ナルル!