事件が起きたので刑事になります。
するとその少女リカは民宿の廊下をホウキを持って走り、逃げる黒猫を追いかけました。
それにミルキーは言います。
「……ころそころそ、ホーキでころそ? ……あの子、凄い事言ってたわよ。大丈夫?」
「大丈夫でしょう。あの子に魔力は感じません」
「まぁ、そうだけどさー」
「この辺は田舎だからあんまり子供もいなくて遊ぶ相手がいないんでしょう。言葉は悪いけど、少し経てば言わなくなりますよ。覚えての言葉って面白かったりするじゃないですか? ミルキー鼻毛出てるとか」
「確かに。そうだね……って出てないわよ!」
「またまた。遠慮しないで下さい」
「遠慮じゃないし!」
そんなこんなで旅館の一室に案内されました。
旅館の女将が言うにはこのイクオダ村は猫が多く、猫を祭る神社があるそうです。
でも最近は犬が増え、あまり猫ばかりをかまわなくなりました。
なので謎の猫売りじいさんが現れ、住民は困惑しているようです。
そして、フウッーと息を吐いたミルキーは布団に横になります。
「そういえば、この旅館には広いお湯の溜まり場があるらしいわよ。アンタの惑星のようなやつ」
「ありますね。銭湯です」
「じゃあ銭湯行ってくるわ」
ミルキーは大浴場へ向かいました。
それを見送った私は影のようにミルキーの後を追い、銭湯へと向かいます。
驚かせてあげましょう。
「うっ……!」
廊下を曲がろうとする私は、驚いたまま固まります。
「猫はいらんかえ~猫はいらんかえ~。猫神社の猫は……」
先程、国道にいた猫売りじいさんが猫売りの口上を述べながら廊下を当たり前のように歩いていきます。ミルキーを驚かす前にこっちが驚いてしまいました。気分が悪いですね。
(あの猫売りじいさん……神出鬼没です。やはり気味が悪い)
胸に溜まる嫌な気持ちに不快感を感じながら、私は銭湯ののれんをくぐり入口に入ります。
何故か脱衣場に廊下を走り回っていた少女リカがいます。
じっ……と私を見つめた後、スタタタッと脱衣場を出て行きました。
私は白い魔法少女服を脱ぎ、浴場に入ります。
すると赤い髪の人間が浮かんでいました。
「あれ……赤いユデダコがいますね。ミルキー?」
ここの湯は結構熱いらしく、すでにミルキーはのぼせていました。
ですが猫は普通に入浴してます。
やれやれと思いながらも、私はミルキーを介抱します。
確かにここの湯は私の惑星よりも熱いです。
本場は違うという事でしょうか?
※
浴場から戻った私とミルキーは部屋で食事をし、就寝の準備をしました。
のぼせが落ち着くミルキーはTVを見ながら溜め息をつきます。
「……明日も天気は悪いようだね。探索が面倒になりそうだわ」
「天気はどうにもならないですからね。ゆっくり探索するのが一番です。まだ悪人の魔力を感知してませんし」
「そうだね……?」
誰かが私達の部屋の前を駆けて行きます。
またリカという少女が廊下を走り、黒猫を追いかけているようです。
TVの画面にノイズが走りイラつくミルキーは、
「うるさい子供ね! 猫をいじめるのはやめなさい!」
「そうですね。私達が気になるのかもしれません」
「じゃあかまってあげなさいよ。あの子の精神年齢はナルルと同じでしょう?」
「いえいえ。ミルキーと同じ五歳ですよ。お任せします」
「なんですってー!」
「図星ですか。かわいいですね」
そんなやり取りをしつつ私は部屋の電気を消し、布団の中に入りました。
すると、私の耳に何かが聞こえます。
(……これが日本にいると言われるお化け? いや、猫の鳴き声?)
何故か耳に猫の鳴き声がこだまし、しばらく眠りにつけません。
寝息を立てるミルキーの布団の中に潜り込み、私はミルキーを抱き締めます。
二人の部屋のドアの鍵穴から、リカが食い入るように覗いていました。
獲物を捉えた獣のようなリカは、ドアノブに吐息を漏らします。
そして、そのままその夜は終わりました。
※
――翌日。
私は目を覚ました。
本日二度目の目覚めです。
それも駐在所の地下にある暗い牢屋の中で。
何故か牢屋に貼られるお札を見て言います。
「いちまいだー、にーまいだー、さんまいだー、おしまいだー……」
なんて言ってる場合じゃありません。
キィィ……と地下と地上を繋ぐ錆びた扉が開く音がし、冷たい通路に革靴の踵の音が響きます。
(……さっきの駐在ですね)
その牢屋の前に一人の若い駐在が現れました。
「あんた、本庁の警察なんだって? どうしてわざわざこんな辺境にまで来て人を殺した? しかも仲間を」
私の偽造警察手帳で警部という肩書きになってます。
ちなみにミルキーは巡査です。
今はいませんが。
「だから私は殺ってません。わざわざ私が殺す理由がないでしょう?」
「……だよな。こっちも最近年配の駐在が亡くなって新米の僕一人しかいないから、事件なんて起こると困るんだよね。しかも殺人事件なんて……」
鼻息を吐き、牢屋にいる私を見ます。
壁に寄りかかりながら私は溜め息をつき、天井を見ました。
「それでミルキーの遺体は見つかったのですか? 大量の血痕がありましたが、あれはミルキーの血ではありません。これは殺人事件に見せかけた神隠しです。ぶい」
「ぶい。じゃないですよ! 確かにあの血痕は天上にもあって不審ですが、ミルキーさんでないとは断定できませんよ。まだ検査も済んでないわけですし」
この駐在ではわかりませんが、私が魔法で鑑定した所あれは動物の血。
おそらく猫の血です。
なのでミルキーは誰かに連れ去られたわけです……というか、自分から失踪しました。
私の魔力の結界を突破して部屋に血を仕込んだ犯人は誰なのでしょう?
「……」
そして困惑する目で薄笑いを浮かべる片山駐在を見ました。
するとこの駐在は不思議な事を言います。
「……ナルル警部。この事件、無かった事にしませんか? そうすれば貴方の殺人容疑の罪は消える」
「何故そんな事をするのです? 私は貴方にそこまでさせる言われはないですよ?」
そして弾が入っていないニューナンブを私に向かって構えました。
「僕は平穏無事にこの町で駐在を続けていきたい。事件なんて起きたら困るんですよ。せっかく僕が管轄する町の駐在になったんだ……僕の町なんだよここは……」
狂気を秘めた片山駐在は、その引き金を引きます。
無論、弾は出ません。
この人はどうやらこの町で色々と悪さをしているようですね。
いや、この町全体の住民でかもしれません……都合が良いと言えば都合が良いです。
毒は毒を持って制するという言葉がありますから。
ちなみに私は毒ではありませんが。
(ミルキーには悪いですが犯人探しは後です。今はこの人の案に乗り牢屋を出るのが先決です。無理に出て真犯人に怪しい美少女だと思われても嫌ですから)
そう思った私は、片山駐在に言いました。
「その案に乗りましょう。私はこの事件を忘れます」
「ありがとうございます ナルル警部。では牢屋を開けます」
片山駐在は牢屋の鍵を開け、私を牢屋から出してくれました。
やったー。
そして古い鏡で身なりを整え、
「この村には猫が多く、猫が祭られている神社などがあるなら見たいのですが?」
「この駐在の入口から見て正面に山が見えます。そこの下の土地が猫神社になります。少しの間はこの村でゆっくりしていってはどうですか? まだ混乱しているでしょう」
「そうですね……ありがとう」
そして私は駐在所を出ました。すると、入れ違いに村の少女リカが入って来ました。
(またこのリカですか。それにしてもこの子は気配がありませんね……)
すれ違い様リカを見た私は猫神社に向けて歩きます。
片山は駐在所にリカを入れ中に消えます。
少しずつ昇る夕陽が、町の全てを紅く照らしました。
『ころそ、ころそ、な―にでころそ……』
歩く私の耳には聞こえるはずのないリカの声が耳鳴りのように響いていました。
(……何なんでかこの町は? 魔力を感じないのに異常に不快感を感じる……ミルキーもいないし困ったものです。まぁ、あの子ならまたどこかで文句を言って暴れているでしょう。あの子はそんな子です。心配無用)
歩きながら、今朝の出来事を思い出しました。
※
「ん? 何か手が濡れてます」
何故か濡れている手を私は見ます。
ミルキーの鼻水でしょうか?
だったら怒ります――が、違いました。
手を見ると掌が血でべっとりとしています。
「? ――何ですかこれは?」
布団を剥ぎ取りながら飛び起きた私は室内の光景に戦慄しました――。
声も出せずに目の前の血まみれの部屋を見ます。
障子から差し込む朝陽が、ミルキーと私の寝ていた布団の輪郭を浮かび上がらせました。
ミルキーがいません。
魔力も感知できませんでした。
震える手を握り、歯を噛み締め消えているミルキーを捜します。
「ミルキー……」
すぐに自分の手に付着した血を調べます。
魔力解析によると、この血はミルキーの血ではありませんでした。
ですが、ミルキーの姿も無くこの私の魔力結界を突破して来るなど只者ではありません。
新聞紙の魔女なら有り得ますが、こんな所にはあの魔女はいません。
すると、血で書かれたメッセージを発見しました。
〈猫の神を探して来ます。探して下さい。アタシを。ヨロシク!〉
どうやらこのイクオダ村の猫の神を探すようです。
これはどんなダイイングメッセージですか?
「まったく、勝手に動かないで下さい。私も捜査するしかありませんね。刑事になりますか。ぶい」
ミルキーはこれでおそらく安心です。
てか、動物の血で書かないで下さい。
怖いので。
そして、今朝の事を思い出す私はイクオダ村の謎を刑事として追います。