鶏肉会議
とあるスーパーの精肉コーナーの一角。閉店時間を過ぎ、暗くなった人一人いない中で熱い論議がされていた。
その名も、『鶏肉会議』。
明日の『おにくの日』において、どのようにして鶏肉が一番の売り上げを記録するか。どのようにすれば、明日の目玉商品となる牛カルビの鼻を明かすことができるのか。全てはそこから始まった。
「明日は待ちに待った『おにくの日』だ。しかし同時に牛カルビやら牛すき焼き肉やらが目玉商品の日だ。俺たちがこいつらよりも売れるのは至難の技だぞ……? どうする?」
一枚の鶏股肉が言った。彼は今日の売れ残りだ。きっと近いうちに見切価格政策の対象となるだろう。売れずに処分されてしまう未来を想像するのも容易である彼は焦りを感じていた。
「ふむ……対策を考える前に、まずは現状を確認しておこう。明日、割引価格政策か特別価格政策の対象になっている奴はいるか?」
口を開いたのは手羽先だった。彼もまた見切価格政策の対象となる可能性が高い。
「……笹身は全滅だ。今日が特別価格の日だったんだ。やり過ぎたら不当廉売になっちまう」
「手羽元もダメだ。明日は仕入の予定が入ってない」
二つの肉が暗い声を出した。特に、特別価格になっても売れ残ってしまった笹身の声は絶望で満ちていた。
「なんで……、なんで『おにくの日』に仕入予定がねえんだよ! この役立たず!」
手羽元の言葉に反応した鶏股肉唐揚げ用が声をあらげた。それに比例して手羽元の声も大きくなっていく。
「仕方ないだろ! このスーパーは当用仕入なんだ! 唐揚げ肉のお前らとは違ってこっちは需要がすくねえんだよ!」
「お前らにはコーラ煮があるだろう!?」
「それだけだ! あとは鍋に使われるかどうかだ! お前らはいいよな。唐揚げだけじゃなくてシチューにも使ってもらえる……」
「おい、お前らその辺にしとけ」
二つの肉のやり取りを制止したのは最初に発言した鶏股肉だった。その隣にはすっかり元気をなくした笹身がいる。笹身はパサパサしているという理由から嫌われがちだ。ヘルシー志向の客には受けがいいが、残念ながら彼らは量という圧倒的なハンデを抱えていた。鶏むね肉に負けてしまうのだ。
「みんな、まだ諦めないで」
重い空気が流れ始めた中で、なるべく明るい声を出したのは笹身の需要を奪ってしまう張本人、鶏むね肉だった。彼女は笹身の愚痴を聞く前に自分で集めたデータを確認しつつ続ける。
「明日は豚肉が段階価格政策の対象になるそうよ。私たちもそこにのっかれば良いんじゃないかしら?」
彼女の発言は、一瞬鶏肉たちに売り上げの兆しを見せたかのように思えた。しかし、よく考えたら現状はまだ厳しいままだということをすぐに悟った。
『三パック千円』という響きは主婦にとってとても魅力的なものだ。必ず肉をまとめ買いするだろう。しかし、段階価格政策はジャンルが幅広いのだ。豚肉だけではなく、ロールキャベツや目玉商品ではない牛肉、ギョウザなどもその対象にされるだろう。運よく鶏肉ばかりが対象になるなんて都合のいい展開は絶対にない。
「……中食が……中食が悪いんだ……」
ポツリ、と手羽先が呟いた。
そう、今はコンビニエンスストアやファストフード、お惣菜などの中食が売り上げを伸ばしている時代だ。内食の家庭はすっかり減ってしまった。食の洋風化によって肉の需要は増えたが、同時に自分でつくるという行為を減少させてしまっているのが今の日本だ。中食が無ければ鶏肉はもう少し売れていただろう。
「BSEが流行ったときは売れたってのにな……」
「いや、あのときは殆ど豚肉に持っていかれたよ」
「鳥インフルエンザが流行ったときは辛かったわね……」
「ああ。二度とあんな思いはしたくないね」
鶏肉たちは昔を懐かしむように口々に言う。あの頃に比べれば、今はいい方だ。そうやって自分達を勇気づけるように。
「前向きに考えよう。不味そうに見えたらお仕舞いなんだ」
唐揚げ肉が言った。
「美味そうに見えるよう、俺たちはいい色を維持するんだ」
唐揚げ肉の決意は伝染していく。
「価格競争だけじゃない。肉にだって非価格競争が出来るんだ……!」
こうして、鶏肉会議は幕を閉じた。
翌日、鶏肉たちがどのような売り上げを記録したのか。それはPOSシステムと店員のみぞ知る……。
終われ。