プロローグ
海岸線沿いの道を歩く。
バスを降りてから家までの通り慣れた、いつもの道。
沙羅はこの堤防沿いの道を歩くのが好きだった。浜より高い位置に作られたこの道は、堤防の位置が腰より少し高い所までしかない。そのため遮られることのない視界が広がっている。
カーブした道に沿って歩けば、開けた視界の向こうに広がる海と海岸沿いの町並み、そしてどこまでも続く空が鮮やかに視界を彩る。
広い路側帯をゆっくりと歩きながら視線を海へと向け、そして風と共に道路を通り抜けて行く車を感じる。
この道を通る車が、なぜかとても気持ちよさそうに走っていくように感じるのは、沙羅自身がこの道を通る気持ちよさを感じているからかもしれない。
まだ日も高い、今日は水曜日の学校帰りのいつもの時間だ。
沙羅は歩きながら風を感じ、通りすぎる車に目をやっては耳をすます。
今日は来るだろうか。
ゆっくりゆっくり風を感じながらの帰り道、すました耳に軽快なバイクのエンジン音が届く。エンジン音に混じって聞こえる会話。沙羅の口元が自然と笑みを形取った。
響くバイクの音にゆっくりと振り返りその姿を確認する。
一台のバイクが沙羅を追い越そうとしていた。
乗っているのは男子高校生の二人組だ。制服からすると沙羅とは逆方向の工業高校の生徒だろう。
いつも、水曜日のこの時間にすれ違う人だ。
彼らはいつものようにバイクに二人乗りして声を張り上げて会話し、海岸を走り抜ける。刹那の時間を謳歌するように、笑いながら沙羅の脇を駆け抜けていくのだ。
今日もヘルメットの下で揺れる金色の髪をきらきらと輝かせながら彼らが遠ざかって行く。
沙羅はそれをまぶしげに見送った。
ゴーグルの下の目が沙羅を捉えることはない。
沙羅が関わることのないタイプの人たちだ。進学校と言われている沙羅の通う高校には、あそこまで派手な人はいない。決して真面目な人たちばかりでもないが、やはり、それなりにといった様子だ。
比べて、いつも後部シートに座っている男子生徒は、ヘルメットの端からいつも綺麗な金色の毛先がのぞいている。ちらりとなびくそれは、笑顔と同じぐらい印象的で、つい目で追ってしまうのだ。
沙羅は脱色さえしたことのない自分の黒髪にそっと触れる。
あそこまで派手に脱色してバイクに二人乗りして楽しげに駆け抜けて行くような人たちとの接点など、沙羅にはなかった。
沙羅の特徴と言えば、物静かと言えば聞こえがいいかもしれない。それとも真面目とでも。
枠からはみ出るのが怖いだけで、本当はずっと憧れているというのに。
無い物ねだりと大人なら言うのだろうか。
けれど毎週すれ違う彼らは、まるで別の世界を謳歌しているようで、沙羅にはいつもまぶしく見えた。彼らの笑顔も張り上げる声も、楽しげに目に、耳に、飛び込んでくるのだ。気持ちよさそうに風を切って駆け抜けて行く。沙羅を抜いて行く瞬間、彼らを追うように吹く風は、まるで、彼らに憧れる自分の気持ちのようにさえ思えた。
彼らが駆け抜けた道の先を見つめる。
風が吹いている。
沙羅はそれを正面から受け止めて、少しだけ彼らのきらめきを分けてもらっているような気持ちを味わった。