家の中は『穴』
穴シリーズ最新作。
必須課目だから仕方なく選んだのだけどやっぱり身につかなくて面白くなくて、しかも教授がなんだか洋服を透かして見ているようで気持ち悪くて、講義が終わったときは嬉しくて泣きそうだった。だからといって急いで帰路についたのはそういったのが理由ではない。
今日から、待望の独り暮らしが始まるからだった。
母親の手伝いやら弟の相手やら父親の中年特有の激臭から解放されたのだから嬉しくないわけがない。
講義中も、荷物をほどいて部屋のレイアウトをどうするか、そうだ、せっかくだから夕飯をつくろう、あ、ちょっと贅沢して絵画とか買おうかな、などと、利己的なことばかりを考えていた。
移動中、講義が面白くなかったのは自分のせいだと反省する。
六階建てのマンションの二階。
年頃の女の子の独り暮らしだし、初めてだし、と両親が奮発してくれた。都心から電車で一時間の距離なのでそれほど家賃は高くはないけど、もちろん、バイトをして少しずつ親に返金はしなければいけない。でも、今のワタシにとってそんなことは些細なこと。なんの苦でもない。いたって普通のモルタルのマンションなんだけどワタシには宮殿に見えた。しかも、見上げるとワタシの部屋が、いえ、だけが、キラキラと輝いている。妄想少女とかじゃなくて、そう見えるのだから仕方がない。
マンションの前に救急車がとまっていたので、わきを抜けてエレベーターへ。
部屋に行くのにエレベーターを使うなんて、なんだか都会で暮らすキャリアウーマンにでもなったような気持ち。ちょっとえらくなった気分。
ああ、田舎モノ丸出しだわ……などと考えているとエレベーターが降りてきた。
ワタシの部屋はなんと角部屋。
角・部・屋!
まあ……別に驚くことではないんだけど……でも、ワタシにとっては嬉しいこと……。
隣人にはまだあいさつをしていないので、恥ずかしいやら申し訳ないやら失礼やら非常識といった感じがして足を忍ばせて進む。今度おかしでも買ってあいさつに伺わないといけないな~などと考えているとカチリと音がした。焦る。カギを取り出そうとバッグに手を入れる。カギではない、他の物が手にあたる。そうこうしているうちに自分の部屋のドアへついた。
今度はしっかりとカギを取り、ドアに差し込む。
ギギギギ! 扉は推理小説よろしく軋ませながら開いた。
後ろ手に戸を閉めてほっと一息。
「ただいま~」
余裕が出たせいでそんなことを口走った。もちろん返事はない。ひとりなのだから当たり前。それでもウキウキした気持ちを抑えきない。
靴を脱ぎ、短い廊下を進み、玄関とリビングを隔てる扉を開く。
さあああ、何から手をつけようかしら、まずは荷物をほどいてレイアウトを考えて、いや、やっぱりお風呂かしら、それからお買い物に行って――というワクワクを、信じられない光景が打ち消した。
八畳のリビングには荷物がいっぱい積まれているはずだった。ところが、あるのは『穴』だった。
「穴?」
誰もいないのにそう叫んでしまった。それも仕方がない。このような状況なので叫んでしまうのは当然。誰でも叫んでしまう。だからワタシは普通の子よ! ワタシはおかしくなんてない! おかしくないから『穴』はあるのだ。ああビックリ。などと悠長に構えている場合ではない。
部屋の中央の床にぽっかりと開いた大きな『穴』。
中は暗くてどうなっているのかわからない。普通だと下には一階の部屋がある。ところがこの『穴』の底は何処までも何処までも続いているような感じで先が見えない。
ふと気づいたのが、『穴』の側面に階段があるということ。その階段は螺旋を描きながら『穴』の底へと消えている。
いったん玄関へ戻り、再びリビングへ入る。
はあああ……やっぱり夢じゃない…………。
自信に満ち溢れたように堂々としている『穴』。
がっかりして見下ろしていると、螺旋階段のかろうじて明かりが届いているところに動く影があった。なんだろう? と凝視すると、その影はワタシの存在に驚いたかのように暗い下のほうへと逃げていった。
もしかしてこの『穴』は地獄まで続いていて、今見たのは悪魔? なら、早く逃げなくちゃ――などと怖気づくワタシじゃない。
「待てコノヤロー。お前がこんなの作ったのかー!」と、叫びながら深い深い『穴』の底へと続いている階段に、ワタシは足を踏み入れた。
☆
部屋は二階にある。降りた距離を思うとあきらかに変だ。どう考えても地下へと突入している。それに一階の部屋を通過した形跡はない。さいわい壁に光を発する苔のようなものが群生していて真っ暗ということはない。階段も横幅があり、ついうっかり暗闇の中にまっさかさま、という心配もない。
よかったよかった――じゃないわよ~! 何もよくない。ぜんぜんよくない。
壁はレンガを積み重ねた感じで、階段の統一された間隔はあきらかに人工的なもの。ということは誰かが自分の部屋に穴を開けたということ? まあいいわ。とにかく、絶対に許さない。夢の独り暮らしを壊した犯人をこらしめてやる。
怒りに燃え、ワタシの足はさらに速くなった。
進めど降りれど変わらない景色、光景。見上げると遠くにワタシの部屋の天井がうっすらと輝いている。不安になり、一瞬戻ろうかとも思ったけど、戻ったところで事態が好転するとは限らない。それならば真相を究明するためにこのまま突き進むしかない。幸せを掴むためには前に進まなくてはならない――などと、ちょっとかっこいいこと言っちゃった? とひとり頬を赤らめたとき、階段の下に何か動くものがあった。思わずビクリとして立ち止まる。
「そこの人、ちょっと待っておくれ」
振り返ったけど誰もいない。すなわち、ワタシに言っているのだ。
「そう、おぬしじゃよ」
少しだけ階段を降りると話しかけた人物の姿が浮かんだ。
それは「人物」などではなく、モグラだった。
そう、モグラ。土の中を進む動物。ミミズを食べるモグラ。モグラがしゃべったのだ。
モグラ? え? え~? しゃべったし、しかも、じゃよ? おじいちゃん?
というワタシの驚きをよそに、モグラは続けた。
「へいへいそこの姉ちゃん俺のストマックがズキズキでよぉたまらんのよ咳もとまんねえしヘッドがグワングワンいってヘロヘロなのよどうにかなんねえかな~あぁそれと歯も痛くて痛くてどうしようもないなぁ頼むから病院に連れて行ってくれよぉ階段を引き返せばすぐだろ~俺より足も長いからスイスイ進んですぐ病院だぁ」
こいつ何者? まあ、モグラなんだけど。しかも年寄りじゃなくて若者?
「すまぬ。本当に苦しいのだ」
意味がわからないけど病気なのは本当のようだ。
眉をしかめ、小刻みに震え、お腹をおさえている。でも、病院って……動物病院でいいのよね?
二択だった。
モグラを連れて来た道を戻るか。
モグラを置いて先に進むか。
どうしよう。
頭上を振り仰ぐと出口が見える。モグラを助けてまたここに戻ってくればいい。このまま進むのは少し怖いし大変だ。だったら戻ろう。
ワタシはモグラに言った。
「この『穴』が出来た原因を探り、元通りにする方法を見つけたら、きっと薬を持ってきてあげる。だから今は我慢してほしいの。ワタシを信じて待っていてほしいの」
寸前で考えを改めた。だって、後戻りをするのはいろいろな意味でイヤなんだもん。
「それがおぬしの選んだ道なら仕方がないの~」
「本当にごめんなさい。途中で諦めるのはよくないと思うし……」
「いいっていいってどうせただの病気だし死ぬわけじゃないしお前を信じて待つよいつまでも待つよだから気兼ねなく行ってきな」
本当に病気なのかしら? と疑いを持ったままワタシは先へ進んだ。
それでも薬を持って戻ってくるということは心に誓った。こんな薄暗いところで独りだと、不安や恐怖、寂しい気持ちに覆いつぶされそうになるだろう。それを救ってやれるのは、今のところワタシしかいないのだから。
「かならず戻るから安静にしているのよ~」
「大丈夫大丈夫ぜってえに動かねえし何処にも行かねえだから――」
モグラの声がどんどん小さくなって、やがて何もきこえなくなった。
さらにワタシは『穴』の中を降りていった。
何処までも続く螺旋階段。
本当に終わりはあるのかしら?
そう不安がよぎったとき、ワタシの前に変化が訪れた。ついに階段が終わりを見せたのだ。
壁に浮かび上がった木造扉。
ワタシは迷わず、取っ手に手を伸ばした。
☆
扉の先は、光、に包まれていた。暗さになれていたワタシの眼が悲鳴をあげる。白い闇に強襲されたワタシはしばらく動くことが出来なかった。思わずうずくまり、手で眼を覆う。
「おやおや、そんなに罪を犯したことが苦しいのかい?」
誰かが語りかけてきた。姿を見ようと眼を開けるが、すぐに閉じてしまった。光が痛かったのだ。声は重なっているように響いてくる。ひとり、ふたり、いや、三人。男の声と女の声が混ざり合っている。
「罪なんか知らないわ」とワタシは答える。
「それはおかしいですね。なぜならばあなたはモグラを見捨てたのだから」
「見捨ててはいないわ。だってかならず薬を持って戻るんですもの」
「しかしモグラは死んだ」
「え?」
「モグラは死んだのよ。先ほどね」
「そんな……まさか……」
ワタシはまた眼を開けようとしたけど、涙にあふれ、痛みに包まれ、再び閉じてしまった。
「なんてかわいそうなのでしょう。なんて非情な人生なのでしょう。あのとき出会ったのがあなたでなければ、すぐに病院へ連れて行ってもらい、命を永らえられたであろうに。君が、モグラを殺したのだよ」
「あなたは人殺しよ」
「ああ最悪な人生を歩んだものだモグラよ」
信じられなかった。モグラは今すぐに死ぬような感じには見えなかったからだ。
ワタシは選択を間違えた?
モグラの願いを聞き入れ階段を引き返せばよかったのだ。いや、そもそもこんな『穴』に入らなければよかったのではないのか。いやいや、独り暮らしなんかしなければよかった。いやいやいや、大学になんか行かなければ、違う人生を選んでいればよかった。
否、生まれてこなければよかったのだ。
「さあ、今来た扉を戻り、モグラの亡骸を抱えて帰るがよい。手厚く埋葬してやるのがあなたの務め……義務……」
ワタシはゆっくりと腰を上げた。
大きな虚無感が身体を支配している。
いつの間にか涙も乾いている。
そっと眼を開けてみると、ここは白い壁に包まれた広い部屋であることがわかった。装飾の類はいっさいない。質素な四角い部屋。その中央に声の主であろう影。
「ワタシは――」
戻ります。という最後の言葉が言葉にはならず、喉の奥で止まった。
「過去は戻らない。モグラは生き返らない。生き返らせることはできない。さあ、早くモグラの元へ行きなさい。腐る前に、死体がまだ暖かいうちに」
そう、過去は戻らない。死んでしまったモグラはもう生き返らない。
過去は過去なのだから。
それならば、過去を振り返っても仕方がないのではないのか? 悔やんでも戻ってはこない。
ワタシは扉とは逆の方向に進んだ。部屋の中央へ。
三つの声は焦りを少しだけ浮かべた。
「先へ進んでもつらいことばかりだよ。だから戻りなさい。そうすればモグラへの罪の償いができて心が安らぐのだよ。懺悔することによって罪がやわらぐ。自分を許そうじゃないか。自分で自分を許そうじゃないか。心が楽になるぞ。みんなそうしているじゃないか」
声の主はワタシの父親、母親、弟の三人が仲良く写っている写真だった。彼らの口が鯉のようにパクパクと忙しそうに動いている。
ワタシは手に取った写真に、言った。
「ワタシに戻ってほしいのね。でも、ワタシは先へと進むわ。過去を振り返っても、もう戻ってこない。もちろん、いろいろとやり残したことはある。ああすればよかった、こうすればよかった……てね。だけど進むしかないじゃない。がむしゃらに進んで過去に犯した過ちを繰り返さないようにするだけ。人間って、そうするしかないもんね」
その瞬間、写真の三人が悲鳴を上げた。口と眼を大きく開けて叫んだ。
そして、足元が音もなく崩れ、ワタシは暗闇の中へと落ちていった。
☆
重力を無視して、ワタシはゆっくり、ゆっくりと落ちていた。それはまるで水中を沈んでいくような感覚に似ていた。
階段と同じく、周りにはうすく光る苔があり、それらが上方に流れて行くので、自分は、落ちているのだとわかる。
何処までも落ちていく。やがて本当に落ちているのかわからなくなってきた。実は上に昇っているのではないのか、実は空中にとどまっているのではないのか、という錯覚にとらわれる。
最初は両腕を広げてスカイダイビングのつもりで楽しんでいたのだけど、それも飽きた。ゆっくり滑空するだけで何も起こらないし眼に映る光景も変わらない。
そんなワタシの気持ちを知ってか知らないでか、何の前触れもなく、上方から梯子が下りてきた。梯子は一気にワタシと同じ位置までくると、下りるスピードを合わせた。
助け舟かしら。つかまろうと手を伸ばすと、段のひとつに小さな紙切れがついているのに気づいた。思わず手をひっこめる。
紙切れには中学生が書いたような丸っこい字でこう書かれていた。
『この梯子につかまれば、一気にあなたの部屋へと戻ることが出来ます。ごくろうさまでした』
何これ? ワタシは顔をしかめた。
紙の下のほうには余白があり、見ていると字が自然と浮かび上がってきた。
そこにはしっかりしたかっこいい字でこう書かれていた。
『そろそろあなたは加速します』
読み終えた瞬間、本当に加速した。横隔膜がグイッと持ち上がる。ジェットコースターと同じ。ワタシは思わずヒィと情けない声を出してしまった。
不思議なことに、梯子も同じく加速していた。つねにワタシの顔の前にある。
『あなたは充分にがんばりました。梯子につかまって帰りましょう』と、続きが浮かんでいた。汚い字だった。さらに次の文字が浮かび上がる。
『このままだとあなたはグチャッとつぶれてベロベロになってしまいます。でも戻りたくないけど助かりたいというあなた、梯子とは別の方法があります。右下をご覧下さい』
言われるままに右下を見ると、壁から誰かの腕が突き出ていた。
腕はワタシにつかまれといわんばかりに真っ直ぐ伸ばされている。
『腕につかまるとあなたは助かります。ところが、代わりに犠牲になるのが腕の持ち主です。優しさと情によって突き出された腕を、あなたは受け止めることが出来ますか? それとも落ちるに身をまかせてベロベロになりますか?』
つかんだらボキンってこと? で、腕の持ち主はショックで死んじゃうってこと?
『限られた時間のうちに決めてください』
見る間に腕に近づいていく。どんどんどんどん腕が昇ってくる。
自分が助かるために相手を犠牲にする?
何処かで訊いたことがあるな、などと考えている間に腕がすぐ真下に迫ってきた。
どうしよう……どうしよう……。
腕が、真横に――来た。
ワタシはそのまま落ちる道を選んだ。
事故ではなく故意だと、それは犯罪になると思ったからだ。
犯罪者になって楽な道を選ぶくらいなら地道で過酷な道を進みたい。今ワタシに置かれている状況は普通じゃない。普通じゃないということは普通に落ちてグシャッとならないかもしれない。ワタシはその可能性を選んだ。
相手に迷惑をかけてまで成功を収めたいとは思わない。
今までのワタシは両親に甘え、弟をこきつかって、自分のしあわせだけを求めてきた。だけど、ワタシは今までのワタシを変える、別人になる、と誓ったのだ。
自分のちからでこれからを成功させる。誰にも頼ることなく。
そのために生活と気持ちを心機一転し、この未来を選んだのだから。
『穴』の底が見えてきた。
あいかわらずものすごいスピードだ。
ああ、地面にぶつかってブチュっといっちゃうのかな。やっぱり絶対に助からないや。さようならお父さんお母さん、弟は良い子に育つかしら。ワタシの声優の夢は閉ざされちゃった。ああ~あ、バイバイ。
地面に激突する瞬間、視界の片隅に、『穴』に入るきっかけとなった人物の影が見えたような気がした。
☆
「落ちたんだよ」
「ええ、ものの見事に落ちたわ」
「ちょうど植木の上に落ちたから助かったんだけど、頭を打って、しかも腕は骨折しちゃったね」
「骨折? 死んだんじゃないの?」
「え? 誰が?」
「ワタシ」
「ハハハハ。死んでなんかいないよ。現にこうしてしゃべっているじゃないか」
「話しがよく呑み込めないんだけど……ワタシ……助かったの?」
「そうだよ。ちょっとパニックにおちいっているのかな」
「あの高さから落ちて助かったなんて奇跡ね」
「あの高さって! 二階から、だからね」
「え? 二階? またまたァ~」
「君はマンションの二階へ行き、自分の部屋へ向かっているとき、隣人が開けたドアにぶつかって手すりを飛び越えて落ちたんだよ。驚いた隣人はとっさに助けようとしたけど間に合わなかったらしい」
「ええ? ワタシは『穴』の中に落ちたんだよ」
「穴? 君はまだ混乱しているんだね。でも、ボクが助けるから心配しないで」
意味がわからない――ていうか、この人だれ? ここは何処? ワタシは誰?――は冗談。
少し落ち着きを取り戻したらだんだんとサイレンの音がきこえてきた。眼のかすみも消え、辺りを見回すと、どうやら車の中だ――ていうか、救急車の中?
そしてこの人は救急隊員?
彼と眼が合うと、優しい笑みを浮かべてワタシの頭をなでた。
「よく頑張ったね。もう、大丈夫だよ」
左手に何かが握られていることに気づいた。鉛のように腕が重いのだけどなんとか持ち上げると、家族写真が握られていた。お母さんお父さんそして弟。ワタシが撮った写真だ。
「それだけはぜったいに離さなかったんだよ」
『穴』の経験はなんだったのだろう。
死の淵に立たされたということは、三途の川? いや、川じゃなくて穴だし……でも、川というのも世間に伝わった伝聞でしかないわけで、実際はワタシが経験したようなのが生と死の境だったのかもしれない。うん、そう思おう。
もしも、途中で出会った様々な誘惑に惑わされていたらどうなっていただろう。どうもならなかったかもしれないし、あの世へと行ってしまったかもしれない。
ワタシの人生は前途多難だ――まあ、他の人の人生もそうなんだろうけど。
これから先、生きているのがつらいと思うこともあるだろう。いろいろな誘惑に乗ってしまい、未来を諦めたいと思うくらいつらいことがあるかもしれない。大きな挫折感にさいなまれるかもしれない。それでも、ワタシはこのまま真っ直ぐ突き進みたい。
『穴』の謎なんていくら考えてもわからない。だからワタシは意味ではなく意志をくみ取る。
そして、今回の経験を経て、自分の信じる道を歩きたい、と切に願う。たとえそれが誤った選であったとしても、自分で選んだ未来だから後悔はしないだろう。
ひょっとして『穴』の中にいた人影はワタシにとっての道しるべだったのかな? 彼《彼女?》が荒波へと誘い、これから体験するであろう困難を前もって擬似的に教えてくれた? それともあの人影は、これから出会う王子様なのかな。
ワタシは頬を赤らめながら、なんとはなしに救急隊員を見上げた。
彼と眼が合う。
にっこりと微笑んでくれた。
でも、彼の鼻からは信じられないくらいの長さの鼻毛が伸びていた。なんとなくもぐらみたいな顔をしている。
この人じゃないな。
ワタシは大笑いしながらそう思った。
もぐらの王子様がキョトンとしてそれこそ変な顔になっていた。もう人間には見えない。
それを見てワタシは、さらに笑った。
了




