第四話
嗚呼、とうとう私の器は巨大人間のもとへと…
白い服装の男が女の後ろから進み出た。
手には男自慢の特製たれを捧げ持っている。
「かっかガハぁ!」
しかし男は大根のような太っとい脚から音速で繰り出された踵落としをまともに喰らい、砂浜にめり込んだ。
「お仕着せを脱いでいる時はご主人様とお呼び!」
砂から顔を出す事もできず、ピクピクと不気味に痙攣を繰り返す男に、果たしてその台詞は届いたのだろうか?
その場に居た者全員の疑問だろう。
「さぁ、待たせたわね。」
鬼のような形相で砂にめり込んだ男を睨みつけていたが、気を取り直したのか、女はにっこり笑いながら親父へと振り返った。
親父は顔面蒼白になりながらも、何とか震える手を宥めて皿を差し出す。
「ふふふ…漸くこれがわたしのモノに…」
女はわたしの器へと手を伸ばした。
嗚呼!
わたしはその先を見ることに耐えられず目を閉じた。
とその時
「な・何だいその猫は!」
慌てて目を開ければ、一匹の大きな猫がその場を軽やかに駆け回っていた。
群がる人間達の足元をすり抜けて、とうとう女のもとへと辿り着く。
「何をするんだいっ!」
その大きな猫は唖然としている女の手からわたしの器を奪い取る。
そして混乱する人間達を尻目にその場を後にした。
その時猫はふと振り返ると、きらきら輝く瞳で確かにわたしを見た。
わたしは思わずその後を追って、慣れない2本足で駆け出した。
後ろでは女が大声で何かを叫んでいる。
猫は砂浜を駆けぬけ街に出ると、入り組んだ路地へと進んで行った。
やがて路地の角を曲がった先の、建物に囲まれた小さな空間に辿り着く。
息をきらしてやっと追いついたわたしを、猫は待っていた。
おすわりをして、行儀良く揃えた前脚の下には、わたしの器がうやうやしく横たわっていた。
海の中を自在に泳ぎまわった日々が鮮やかに蘇る
。
もう十分なのだろう…
わたしは猫に向かって言った。
「わたしを食べて」
猫は瞬きをすると、わたしの足にかじりついた。
やがて一本の足が半分になった頃、猫はわたしの顔を見上げ、鼻先でわたしをわたしの方へ押しやり、再び瞬きをした。
わたしは慣れない2本の腕で、一本の足をむしり取るとおもむろにかじりつく。
味付けをされていないそれは、何故か海の味がした。
程なく嘴以外は全て見た目一人と一匹の腹におさまった。
猫が立ち去った後、空間に吹き込む風を感じてわたしは、此処が違う世界だと初めて実感した。
わたしは濡れている頬を袖で拭うと立ち上がる。
そうして
海の中でしていた様に、風の中で8本の足を優雅に揺らめかせた。
生物は早目に美味しく頂きましょう。続きをよろしくお願いします。