第九話
そう、50m走だ。その順番が、あと2人分で来るのだ。
きっかけは、今日の朝の会での事だ。
一応は転校生ということなので、自己紹介をすることになった。
「えーと、名は、井沼です。○○県……市から来ました。それで――」
「え?」
「はい、確かに……市は、有名ですよね」
というように自己紹介はつつがなく終了した。
内容はすべて虚偽だったが。
問題はその後の事だった
山村という者が元気よく
「先生!今日の体育ですが50m走にしませんか?」
と提案してしまったのだ。
「え~」
「余計なこと言うなよ」(小声)
等々、不満は相当出たが、
一人だけ
「さんせーい、今日にしましょう!」
と言ったのは、野田だった。
後で聞いた話だが、この二人は野山コンビと言ってとても仲の良い二人組であるとのこと。
普通なら、言ったその日に実現。というわけにはならないだろう。しかし、
あいにく、と言ってはなんだが、
このクラスの担任は、体育の教官で……
こうなった訳だ。
もう長い間、関節のある動物には移っていなかったため、
走ることには難があった。
このままでは、無様な姿を見せてしまうことになるだろう。
どうするか――
残り2名
関節がきしむように痛い。昨日の無茶のせいだろう。
それに体が心なしか重いような気もする……
残り1名
むぅ仕方がない。昨日の要領で走るしかないか。
残り0名
私は前に出た。そして、前の子どもの姿勢を真似した。
「君! 白線踏んでるよ!」
体育の先生から注意されてしまった。
私は慌てて少し後ろに下がる。
「よーい…………ドン!!」
走り出すとすぐに、
私の体の全てが悲鳴を上げる。
残り10mぐらい。
痛い痛い痛い痛い痛い――
それだけしか感じられない。
そして全身が鉛のように重く、一歩踏み出すことさえ億劫に感じられる。
やっとゴール。
同時に私は地面に倒れ伏してしまった。
もちろん達成感・快感なども感じなかった。
……むしろ気分が悪い。
「おい、そこの!倒れてるんじゃない!早く戻ってこい!」
体育の教官が私を呼んでいる。
私は悲鳴を上げる体に鞭打って立った。
これには、驚いた。
私自身というより、この体の前の持ち主。名も知らぬ少年の
半ば自動的な意識によって体は動かされている。
しかし――
体のダメージは想像以上に深かった。
私は地面に倒れ伏す。
――ちょっと無理し過ぎだったか……――
意識は闇の中へと落ちていく。
目が覚めた時にいた場所は一面白の世界だった。
無論、現実ではない。
さっきまであった体中の痛みも、体の重さも無くなっていた。
すると、目の前に少年が現れた。
一瞬だった。
「よう、お前が俺の体の新しい持ち主か」
そう話しかけてきた。
「あなたは誰ですか?」
「俺は、お前と同じ。乗り移れる生き物さ。
おっと、生き物というより”存在”、か」
「まさか私と同じ存在がこの世にいるとは……」
驚きを隠せなかった。今まで長い間乗り移りを続けてきたが、
同じ存在にあったことは一度もなかったからだ。
「俺も不思議だったさ、まぁこういうことになると、まだまだこの世界には
俺たちと同じような奴がいるかもしれねえってことだ」
「それはそうと、なぜあなたは残っていられたんですか?」
一番の疑問だった。通常、乗り移られた方は
乗り移ったほうと交代で入れ替わるからだ。
今回の場合、蛸は無残にも焼かれてしまったが。
「自分から聞いてきてそれか、……まぁ良いけどな
あぁ、俺も同じようなことを続けてきたからな。
何とか保てた。だけど、新しく入ってきたやつが強いらしい。
体の主導権はお前に握られちまったってことだ。
他にも、お前のもといた蛸の体と人間の体は差が大きいんで、
結びつきが弱いからそこに付け込んだってのもあるけどな」
「で、なぜ今頃あらわれることが?」
「あぁ、お前の体との結びつきが弱っていたからな。
……お前、この体に相当無理させただろう」
「それは――」
確かにそうだ。言い返しようがない。
「おいおい、あまり無茶するなよ。この体は
俺の命も積んでるんだからな」
「じゃああなたは他の生き物に乗り移ればいいのでは?」
「あぁ……どうやらこの体を保つので精いっぱいだったようで
力が回復、いや、回復はしないかもしれないが。
とにかく、今すぐほかの生き物に乗り移るのは無理そうだ」
「そうなんですか……」
「そういうことだ。まぁよろしく頼むぜ。相棒」
そう言って私の肩を叩いた。その瞬間!
一気に視界が暗くなり始めた。
「お、そろそろか。言い忘れてたがこれからは夢の中でコンタクトが取れるようにしといて
やったからな。お前ひとりにやらせると不安d…
完全に視界が暗くなり、声も聞こえなくなった。
そして、
「井沼くん!井沼君!」
という私を呼ぶ声が聞こえてきた。
その声は、はじめは遠いところから響いてきているようだったが、
声の源は徐々に近づいてきていた。
――この声は……水島さん……?
「井沼君!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
「わ!!」
徐々に近づいていたはずの声の源は、途中で私の目の前まで瞬間移動したようだ。
私は驚き、半身を一瞬で起こした。
ここは、あの家のようだ。
目の前にいたのは、やはり水島さんだった。
「よかったぁやっと起きt……あっ、お母さん呼んでこないと!」
そう言うなり、ぱっと部屋からとびだし、駆けて行った。
恐らく、”お母さん”の所だろう。
私はあのストロベリーブロンドの髪をストレートに靡かせた女性……
つまり水島さんの母親を思い出していた。
――母親、か。
母親というものは、我々のような存在には決しているはずのないものである。
――いままで意識したこともなかったな。さて、どんなものなのだろうか。
昔の少年の記憶をあさってみてもそのような存在についての記憶はなかった。
確かあの時、母親らしき女性がいた気もするが。
その時、不意に眠気が襲ってきた。
あの母娘には悪いが、先に寝かせてもらおう。
瞼がどんどん重くなってくる。
――そうだ、最後に彼も言っていたが、夢の中で会えるようだな。
その時に聞いておこう。この……少年の……母親の事を…………
完全に眠りに落ちた。
説明みたいな文章になってしまった感があって
変ですが、
次の方、宜しくお願いします。( ゜д゜)ノ ヨロ