婚約破棄?いいですよ。ですが、次期王を決めるのは私ですので
「コメット、今ここで君との婚約を破棄する!!」
建国記念パーティーの最中、私の婚約者であり、第一王子のエドワード様は人目も気にせずに大声でそう言った。
彼の傍らでは、伯爵令嬢モニカがべったりと張り付いている。
国を挙げての祝いの日にこんな大騒ぎを起さなくても良いだろうに。
彼らには怪訝そうな顔をする貴族たちの事が見えていないらしい。
はあ、と一つため息を吐いて、静かにエドワード様に尋ねる。
「理由を聞いてもよろしいでしょうか」
「理由?自分が何をしたのか分かっていないのか!!
君は。いや、君たちは寄ってたかってモニカを苛めた。そうだろう?」
小さく震えるモニカを抱きしめたエドワード様は、私を含めた何人かのご令嬢を指差し、その罪状を述べていく。
お前は、モニカだけお茶会に誘わなかった。
お前は、モニカに話しかけられても無視をした。
お前は、モニカの悪口を広めた。
そして私は…モニカに扇子を向けて脅した。と
「そうですね」
苛めたか、苛めなかったか。
そう問われれば、答えはもちろん『はい苛めました』だ。
しかし、勝手に被害者面するのはやめて欲しい。
彼女はここでのルールを守らなかった。
図書館で大声を出して騒げば外につまみ出されるのと同じ。
彼女は何度注意されても決まりを守らなかったから私たちの輪から排除された。
ただ、それだけの事だった。
婚約者がいる男性にアプローチをかける。
お茶会では、主催者の話を遮り、自分の話ばかりする。
パーティーの際、あえて婚約者がいる男性と衣装を合わせてくる。
こんな頭のおかしいご令嬢、誰が仲良くしようと思うのだろう?逆に教えて欲しいわ。
(でも、いいのかしら?私と婚約破棄をするってことは、つまりそう言う事なんだけれど…)
王になる為、エドワード様がいままでどれだけ努力を積み上げてきたかを私は知っている。
”あの”事を知っているのかは分からないけれど、今ここで婚約を破棄してしまうには惜しい。
悩む私に彼は言った。
「俺は真実の愛を見つけた!コメットではなく、モニカと結婚する!」
『真実の愛を見つけた』そう。それがあなたの答えなのね。
「いいですよ。婚約、破棄しましょう」
私は笑顔で書類にサインをした。
☆☆☆
せっかくのお祝いパーティーは葬式の様な雰囲気で幕を閉じた。
「サインをしただけなのに、疲れたわ」
自室の椅子に深く座り込む。
私は窓際にそっと目をやった。
(今日は来ていないのね)
怪我をした小鳥を助けたら、翌日手紙を持ってきた。
気まぐれで返事を返せば、小鳥は翌日も私の元に手紙を運び、それからずっと見知らぬだれかとの文通が続いている。
妃教育に疲れた時、優しく励ましてくれたり、たまに、季節の花やアクセサリーなんかをプレゼントしてくれた。
気まぐれで始めたのに、いつの間にか、手紙が届くのが楽しみで仕方がなくなってしまっていたのだ。
空は既に暗く、小鳥が飛ぶには難しいだろう。
(手紙を楽しみにしていたんだけれど…仕方ないわね)
真実の愛を見つけた。と叫んだエドワード様が羨ましい。
私もこの秘密の文通相手のような人と結婚したかった…。
けれど、私は恋愛結婚をする事は無いだろう。後悔はしていないけれど、少し寂しかった。
涙が一つポロリと落ちた時、ノックの音がした。
「夜分遅くにすみません、僕です、シオンです」
慌てて涙を拭き扉へと向かう。
第二王子のシオン様。こんな夜遅くに一体どうしたというのだろうか?
扉の向こうの彼は、酷く慌てた様子だった
「どうしたの?」
「…手紙より、こちらの方が早いと思ったので」
手紙という言葉に固まる。
シオン様と手紙のやり取りをしていた記憶はない。
エドワード様の婚約者である私がシオン様と文通するのはルール違反だからだ。
それに、彼の肩にはいつもの小鳥が羽を休めている。
「まあ!…まさかあなたが手紙の主だったのね!」
「黙っていてすみません。それから、今日のパーティーの時も…」
相手が兄のエドワードでなければぶん殴ってやったのに。と悔しそうにシオン様は言った。
パーティの最中に物騒な事を考えていたなんて…。思わずくすりと笑みがこぼれる。
「良かった。笑ってくれましたね」
シオン様がくしゃりと人懐っこそうな笑みを浮かべる。
「あなたはいつも私を笑顔にしてくれるわ」
感謝してるの。と答えると、突然シオン様が私の前にひざまずいた。
「婚約破棄をしてお辛い時期にすみません。ですが、どうか聞いてください
…僕の花嫁になってくださいませんか?」
ずっと…ずっと前からお慕いしていました。
祈る様にそう言って私の手を取る。
ずっと夢に見ていた手紙の主との結婚。
それに、幼いころから見ていたから知っている。
シオン様は聡明で優しく次期王にも相応しい方。
でも、私は、素直にその手を取って良いものか迷った。
「でも、私はシオン様より年を取っているわ」
言い訳が口をついて出る。
「それがなんだと言うのでしょうか」
「モニカみたいな愛嬌も無いし…」
「まさか!それは兄の力不足です」
それに、それに。と言い訳を続ける私に彼は言った。
「あなたじゃないと、嫌なんです」
今まで遠くからただ見つめる事だけしか出来ませんでした。
婚約破棄で傷ついたあなたの隙を付くのは申し訳ないと思っていますが、僕には今しかチャンスがありません。
熱を帯びた表情でシオン様が私を見つめる。
「本当に私で良いのね。後悔しない?」
用心深く私は問う。
「勿論。後悔なんてするはずがありません」
「…分かったわ。降参よ」
「やったー!!」
子供みたいな声を上げてシオン様が私の体を持ち上げる。
ちょっと待って、いくら何でも喜びすぎじゃない?
「父上に報告します!」
「え?ちょっと、私を下ろしてからぁぁぁああ!!」
そのまま私を横抱きにして、シオン様は廊下を走っていく。
すれ違う侍女と執事が目を丸くしていた。
あれから数日後。
優雅に紅茶を楽しんでいた私の元へ、鬼の形相をしたエドワード様がやって来た。
彼は私の目の前にやって来ると、ドン!と机を力任せに叩いた。
「この悪女め何をした!お前が父上に良からぬことを吹き込んだだろう!!」
唾をまき散らし叫ぶエドワード様。気でも触れたのかしら?
「まさか。私ごときが国王陛下に何かすることは出来ませんよ」
「だが、父は弟を…シオンを王にすると言い始めた!」
お前のせいだろう!!
再び強く机を叩く。
その拍子にお気に入りのティーッポットが落ちて割れてしまった。
「まさか、エドワード様ご存じなかったのですか?
次期王を決めるのは私ですよ」
数年前の飢饉で、この国は少し無理した。
国民を守るためとはいえ、強引に物事を進めた結果。
保守派の貴族が増え、議会で法案が通らなくなったのだ。
会議は踊り、進まない。
そこで、中立派の貴族を皇后にし、推進派の人数を増やす事となった。
つまり、数多くの中立派を束ねる私と結婚した人が王になるのだ。
王位継承権の順番など二の次だ。
エドワード様は当然知っていると思っていたのに。何をいまさら。
「という訳ですので」
席を立とうとした私だったが、いきなりエドワード様に押し倒される。
「俺が王に成れない筈がない!!」
ああ、そうだ。君と結婚すればいいんだ。モニカは愛人にしよう。な?それでいいだろう。
俺が王に成れない筈がない。だって、俺こそが王に相応しいのだから!
狂ったようにエドワード様はブツブツと呟き、エドワード様は私のドレスに手をかけた。
まさかこの人は!!
「嫌!放して!!」
必死に暴れるが力の差は歴然。
彼は、エドワード様は私の純潔を奪うつもりだ。
「誰か!!」
必死に叫んだ時、白のマントが翻った。
「何をしている!!!」
僕の花嫁に触るな!!!
シオン様がエドワード様の頬を拳で容赦なく殴る。
怯んだエドワード様の手を逃れ、私はエドワード様から距離を置く。
心臓が飛び出しそうな程ドキドキしている。
騒ぎを聞いた衛兵がエドワード様を捕縛していく
「未来の皇后を襲った罪人をつれていけ」
一度も聞いたことのない、冷たい声でシオン様が衛兵に命令する。
「俺が、俺こそが王なんだ…」
弱々しく呟くエドワード様は別人のよう。
小さくなにかを呟きながら、衛兵に引きずられていった。
向かう先は地下牢だろう。
「大丈夫ですか?すみません、遅くなりました」
「え、ええ」
叱られた子犬の様にしゅんとするシオン様の手を取る。
彼は、しつこく言い寄るモニカが邪魔ですぐ来れなかった。怖い思いをさせてしまい、申し訳ないと何度も頭を下げる。
「あなたが来てくれてよかった。
エドワード様は一体どうしてしまったのかしら…」
「兄は、あの売女と破局したそうですよ。」
エドワード様が王になれないと分かった瞬間、モニカはエドワード様を手酷く捨てたらしい。
見せかけの真実の愛とやらはなんて脆いのかしら。
あの後、エドワード様は地下牢に幽閉。
狂った気が元に戻らないらしく、死ぬまで軟禁される事となった。
そして、モニカも。
シオン様に相手されないと分かった彼女は急いで他の嫁ぎ先を探したが、性格の悪さが露呈した彼女の居場所はない。
このまま、誰にも相手されずに枯れるだろう。
欲をかいて全て失って…ざまあ無いわね。
※※※
高らかにファンファーレが鳴り響く。
花で作られたアーチを純白のドレスでくぐっていく。
今日は私の結婚式だ。
「今日は一段と綺麗だね、コレット」
太陽の様な微笑みを浮かべ、シオン様が私に手を差し伸べる。
柔らかなハニーブロンドの髪がキラキラと光っていた。
「あなたもね」
白鳩と共にシオンの小鳥が空と舞い上がる。
ああ、なんて素敵な結婚式なのかしら。




