表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/12

第一話



 手間を惜しむことは嫌いだった。なんでも全力を出したかった。


 ファンの人に失礼だから。


 死ぬ間際も、私は尽力したつもりだった。


 けれどその手段を選ぶときは、「もういいや」と、半ば投げやりだった。


 もっときちんと死亡例や、その具体例を調べておけば良かったと思う。そうすれば失敗しなかった。


 ただただ、それがよくなかった。


 要するに私の自殺は不完全に終わったのだ。何故なら──、


「まだ若いのに……」


 そう呟く男性医師の隣に立つ。私は今、病院へと緊急搬送され治療を受けた末に、ベッドで横になり昏々と眠る私を見下ろしていた。


 窓辺の向こうには川が見えて、手に力が籠る。


 自分が招いた状況が、理解できていない。手首を切って意識が途絶え、気が付けば目の前にはベッドで寝かされる私の身体があった。


 一方の私といえば朝に着ていた服のまま、病室で私を診る医者、看護師に認識されることなく、自分の身体の傍らに立っている。


 今の私については、幽霊と表現するのが最も正しいのだろう。試しに看護師さんの前に立ってみるけど、誰にも認識されない。


 でも、不思議なことに嗅覚はある。独特ののっぺりとした病院の匂いに、なんともいえない温度。激しい色を取り除いた病室らしい視界もあるし、看護師さんとお医者さんの会話も聞こえる。


「保護者の方に連絡はつきましたか」

「それがどうやら、いないみたいなんです。一応会社のほうへかけてみたら、マネージャーの方が来るそうで……」


 看護師さんは複雑そうにしていた。


 私に家族はいない。正確にはいなくなってしまった。


 事務所の人も言葉を濁したのだろう。私の家族について公表する気は絶対になかったから、よかった。

 安心しながら、私は自分の身体の手首を見る。包帯でぐるぐるにまかれて傷は見えないけど、幽体の私の手首には赤い線がハッキリと見える。


 自殺は簡単じゃない、という書き込みをネットで見た。


 飛び降りも、手首を切ることも、服薬もお勧めしない。


 最後まで苦しいだろうけど首吊りで妥協しておけ、三日ほど誰にも助けられなければ成功する。


 死してなお纏わりつく遺体の状況や、誰にも助けられない完璧な状況を作ること──デメリットの多さに尻込みしていたけど、言うとおりにしておけば良かったなと後悔が浮かぶ。


 ぴくりとも動かない私を見つめていると、やがてばたばたと大きな足音が聞こえてきた。


「あかりさんの容態は!」


 ぶつからんばかりで病室の引き戸を開け、そう言い放ったのは私のマネージャーだった。


 まだ仕立てたばかりのスーツは鞄と纏められ、ひっきりなしに振動しているスマホを汗だくの手で握りしめている。


 短髪で、いかにも大学を卒業したての新入社員ですとプラカードが下げられそうな彼は、四月に私の入っているグループを担当をすることになった新人マネージャーだ。


 元々いた担当マネージャーは、私が入所したと同時に事務所入りした人が務めていたけど、今年独立の運びとなり、その後やってきた彼は、この春からグループの仕事の連絡やSNS広報活動などのマネジメントを担っている。


「手首を切ったって本当ですか!?」


 病室に入ってそうそう、マネージャーは問いかける。


 大体四か月ほどしか担当していないアイドルが自殺するなんて、信じたくないだろう。


 大きく肩を上下させ息を切らしながら、愕然とした顔立ちで私を見つめている。


「い、いつ目を覚ますんですか!?」

「今の段階では、なんとも……」

「植物状態ってことですか!? そんなっ! まだ十七歳なのに……なんで……」


 私の診断について、マネージャーは言葉を失う。


「あの、どうして彼女、手首を切るなんてことなんて……」


 看護師さんのひとりが、沈痛そうな面持ちでマネージャーに問いかけた。医者が「きみ」と、彼女を窘め、マネージャーは口ごもる。


 さすがに言えないだろう。同期のゴシップをリークしたことがバレて炎上したなんて。


『メンバーに対する嫉妬の果て─匂わせ彼氏炎上事件の黒幕か!?』


 私のCМが告知されてすぐ取り上げられたこのニュースは、瞬く間に拡散、CМが放送中止になったことでネットニュースにも取り上げられた。


 内容は、私が同じグループのアイドルに嫉妬をして、相手を週刊誌に売ったというもの。


 私の同期──賛美(さんび)(はるか)を大々的に報道した記者と私が話をしているところの写真が、瞬く間に記載された。


 ほかにも、彼女にマイクを渡さなかったり、いき過ぎた注意をして精神的に追い詰めたり。パワハラをしたなんて、強い言葉でまとめられた記事もあった。


 最初の発端は、炎上騒動の二週間前、遥が炎上したことだ。


 ほかの事務所の男性アイドルと同棲しているとかで、さらに遥が今までブログやネット上で交際を匂わせたと報じられた。


 そうして始まった推理劇は、匿名の名探偵や調査班が次々現れ、数か月前に更新したブログの記事は男性アイドルのファンを煽っていたのではないかと、動画やコメントが次々発表された。


 しかしその炎上は、私の炎上により流れが変わった。


 私──果崎(はてさき)あかりはもともと賛美遥が気に入らず、遥に彼氏がいるように出版社に伝え、故意に炎上させたのだと言われるようになった。


 記者と私がカフェで話をしているところを撮った写真は、大々的に公開され、私の名前を検索すると、アイドルで何をしてきたかより、記者の人と話をしていた写真だけに占められる。


 そんなこと私はしてない。


 でも周りの、判断は違った。


『あかりと遥は仲が悪かった』


『果崎あかりはいじめをしていた』


 私と遥が共演した旅番組の切り抜き動画が何十万と再生された。


 いくつもの証拠として出されたのは、こじつけとしか思えないまとめブログの数々や、個人的な邪推や憶測だった。


 すべて、真実として扱われた。


 私は相手が気に入らないからという理由で、そんなことしない。


 芸能界は蹴落としあいなんて言うけれど、実力で戦うものだ。私はずっとそう思ってやってきた。私は、私のファンを元気づけて、私のファンに楽しんでもらえたら嬉しかった。そう思ってやってきた。


 ──なのに、誰にも信じてもらえない。


『火のないところに煙は立たない。醜い本性、バレちゃったかぁ。悪いことできないもんだね』

『芸能界って大変だぁ。ストレスたまるんかな。それとも元からクズだったか』

『闇すぎ草。信者かわいそうwうちの推しはアホだけどそういうこと出来ないから安心』

『ゴリ推しうざかったからこれで顔見ないで済むわ、でも恩知らずやば、事務所見る目無』


 ネットの検索には私の名前と黒幕の文字が浮かび、ツイッターでは有名な芸能人たちが皆遥を擁護し、守ってあげる、相談にのってあげると優しいコメントを寄せていた。


『実は遥ちゃん、このところ元気がないなって思ってて。声かけてれば良かった』

『遥さんに相談してってメッセージ送りました! 今度飲みに行こう! 話聞くよ〜』

『僕も若いころ同期と揉めて一晩中話し合ったりしてました……がんばれ!!』


 当然、その人たちのファンも賛同する。いくつもいいねがついて、「優しい!」「素敵です! いつまでも応援します!」とコメントが連鎖する。


 否定したかった。私はそんなことしてないと。


 でも事務所は、今法務部と確認するから、法律に詳しい人と相談しているからと弁明させてもらえない。


 しばらくして送られてきた事務所からの通達は、事務的なものだ。


 内容を要約すれば、「騒動が落ち着くまで、黙っていよう」だ。勝手に見解を発表しないこと。もし私が違うと勝手に発表すれば、事務所との契約違反になる恐れがある。今は我慢の時だから、何もしないこと。


 事務所の意向に反して、コメントは説明を求める人たちであふれていた。


『ちゃんと説明してほしい』

『反論がないってことは本当だったってことでしょ』

『信者しかいない中で調子乗ったんだろうな』

『今まで推してた分のお金返してほしい。売れなさ過ぎて中古屋買い取り停止になっちゃったし』


 死ね。消えろなんて単純な二文字や三文字なんて見かけないくらい、思いが込められた一言が連なっていく。


 報道から、わずか五日間の出来事だった。


 けれどもうアイドル生命が絶たれたも同然だった。失敗なんて許されない世界だ。一度落ちて這い上がろうとすることすら許されない。


『あかりの出てるCМなんて見たくない』

『見てるだけで吐き気がする。やめてどうぞ』

『顔だけのゴミカスが大手製菓のCМとか普通に相応しくないでしょ』


 その言葉が積み重なって、CМは放映中止になった。


 私から、全部消えた。


「原因はただいま調査中でして……」


 長い沈黙を経て、看護師さんの問いかけにマネージャーは俯いた。お医者さんは「すみません、彼はまだ新人でして……」と頭を下げる。


『面会終了、十五分前をお知らせいたします』


 重苦しい空気を切り取るように、柔らかなピアノのメロディーが響いた。病室内にアナウンスが流れる。

 患者の負担にならないよう、けれど面会時間を延長することもないよう調整された音色に、マネージャーはほっとした顔をした。


「あの、上司と相談してきますのでっ」


 そう言って、踵を返しマネージャーは去っていった。


 難しい役割を背負わせてしまった。


 私が自殺を完遂していれば炎上もすぐ納まり、会社への風当たりだって弱まっただろうに。


 死ねなかったせいで、かけたくなかった迷惑がどんどん積み重なっていく。


 病室に横たわる身体は、今も心臓を動かしながら昏々と眠りについている。


 生きていれば、眠っていても瞼は動くなんて聞いたことがある。眼球を包んだまろいそれは石のように固まり、手首には包帯が巻かれ、確かに死のうとしていた証明があった。


 でも死ねなかった。


 口元には酸素を人工的に送り込む器具が取り付けられ、左腕にはいくつもの点滴の管がつながっている。


 どの繋がりを絶てば、私は死ねるのだろう。


 触れてみても感覚が無く、通り抜けてしまう。軽いチューブ一つ持ち上げられない。


 まるで、プロジェクションマッピングとして投影されているみたいだ。今や私は、真っ白な寝台に影すら落とすこともできない。


 これからどうしよう。


 ずっとこのままだったら、どうしよう。私が生きていることは、事務所にもにもデメリットだ。


「どうして、自分から死のうとなんて……」


 看護師さんは静かに息を吐いた。私はその場にいることができず、病室を後にする。


 どうにかして、死にたい。


 私は立ち止まっていることも出来ず、ふらふらと歩いていく。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ