第十六話
初めてのライブは、30人が入るライブハウスだった。
お客さんは4人来てくれた。マネージャーは肩を落としていたけど、4人も、私の歌を聴くために来てくれたと思うと嬉しかった。でも、その4人のお客さんたちは動員数が少ないことを私が気にするんじゃないかと不安に思っていて、私はもうそんな心配をかけたくないと思った。
せめて、今日来てよかったと思ってもらえるように。次も来たいと思ってもらえるように、精一杯歌った。
私を実際に推しているその4人を見て、両親がいなくなって、初めて生きてる実感を覚えた日だった。
その4人の中には、もう見かけなくなってしまった人もいる。私を好きじゃなくなった、ならいい。元気で、いてくれたらいい。人には生活がある。
ライブの前、かならず私は初めてのライブに来てくれた人たちの顔を思い出す。そうして、ステージに立つ。
さくらちゃんの前でも、同じように。
「今日は果崎あかりの特別ライブに来てくれてありがとう!」
笑顔を浮かべて、私は縁川天晴と遠岸楽が作ってくれた台の上へと立つ。一枚板を何枚も組み合わせて作ったお手製のステージは、サイリウムを重ねたことで輝いていた。
天候は晴れで、太陽光のスポットライトが私を照らしている。
目の前にいるのは、さくらちゃんと縁川天晴、遠岸楽に、噺田先生だった。先生が見ていること、そして屋上にいるのは十五分だけという条件によって、この屋上を借りることも、ライブを見せることも出来た。
音源はスマホだし、物に触れないからマイクもない。でも、私が声を上げても、病院の人たちに聞こえないというメリットがある。
「さくらちゃんが、手術頑張ろうって思ってもらえるように、精一杯歌います!」
私は手を握りしめマイクに見立てて、観客席へと手を振る。縁川天晴は団扇を胸にあて、規定通りの応援方法をとっていた。貸してあげたのか、さくらちゃんも持っている。
「では、一曲目!」
私がそう言うと、すかさず縁川天晴が曲を流した。メジャーデビューをして初めて貰った曲は、片思いのクラスメイトに恋文を送る男の子の想いがモチーフの曲だ。
字が汚いとか、そもそも夏目漱石の告白って相手に通じるかなと試行錯誤して、やっぱりLINE使ったほうがいいかなと恋心や自意識に迷走するさまを、アップテンポなピアノのメロディラインにのせて歌う。
サビの高音がとにかく難しくて、完璧に歌えるようになるまで何か月もかかってしまった。だからきちんと歌えるようになって、ライブに来てくれた人に拍手をもらった時は、本当に心の底から嬉しかった。
あの日の想いが蘇りながら、私はどうかさくらちゃんが手術を受けられるよう、心を込めて歌う。全力で、これが最後かもしれないと後ろ向きになりそうな思考を逸らして、目の前の皆に集中する。
そのまま歌い切ると、縁川天晴が拍手を始めた。さくらちゃんも、遠岸楽もしている。見えていないはずの先生も、場の空気に合わせてか拍手をしていた。
「次は、二曲目です」
二曲目は、ラウドロック調の曲だ。伴奏が再生されているのを待っていれば、縁川天晴が焦った顔をする。「アプリごと死んでる」と、縁川天晴の代わりに遠岸楽が首を横に振った。
マシンのトラブルは、慣れてる。私は笑みを浮かべて、ウインクをしながら前を見据えた。
ライブの後には、必ず特典会の時間がある。一緒にチェキを撮ったり、話をしたりする時間だ。ヲタクの人は、お金の為にヲタクとチェキを撮ってるなんて言う人もいるけど、実際のところ違う。信じられる時間になってる。
普段どうしても、本当に自分にはファンがいるのか、推してくれる人がいるのかって不安になる。そういう不安と戦って、夢や未来を信じる時間になってる。特典会の時間、確かに私を応援してくれる人が生きてるんだって、実感が出来た。
恋をしたことはなかった。想像して、歌う。人を想う気持ちは、両親が消えたことで失われたと思っていた。ファンの人たちに出会って、生きる意味を再確認できた。
私は、さくらちゃんに、生きててほしい。今まで応援してくれた分の、恩返しがしたい。
生きててほしいと願いながら、歌う。自分は生きることをやめたのに。でも今は、目の前の彼女を想って、歌う。歌って、触れられない背中を押したい。
喉に痛みを覚えながら、私は二曲目を伴奏なしで歌い上げた。 さくらちゃんに向かって。
私は、恋を知らない。アイドルは恋を叶えてはいけない。知っていても、知らないふりをするのが仕事だ。
輝いて、皆に光を届ける。
それが私の、仕事だ。
◯◯◯
「今日は私の曲を聴いてくれてありがとう!」
二曲を歌い終え、終わりの時間になった。十分が、永遠にも一瞬にも感じた。縁川天晴は、割れんばかりに何度も手を叩いて、興奮している。さくらちゃんも目を輝かせ、「すごい! すごい!」と私を見ていた。
「手術頑張る! 元気になってライブ行く!」
「うん! 待ってるね!」
叶えられない約束に、笑顔で嘘をつく。さくらちゃんは、生きててほしい。私の死を理解したら、どう思うだろう。ないはずの心臓が痛い。
「先生、ライブさせてくれてありがとう!」
さくらちゃんは、隣にいた先生に声をかけた。私の見えない先生には、今のライブがどう見えているのだろう。そもそも、縁川天晴は、どう説得したのか。問いかけても、教えてくれなかった。
ふいに、先生に視線を向ける。不思議と目線があった気がした。
「あ、もう時間だ!」
噺田先生は、ぱっと私から視線を反らし、時計を見ながら撤収を促す。
この場で撤収を手伝えるのは、縁川天晴しかいない。
彼にばかり負担を強いることに心を痛めながらも、私はさくらちゃんが手術に前向きになってくれたことに安心するとともに、久しぶりの歌に不思議な高揚を覚えていた。




