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第九話



 お寺の朝は早い。


 縁川天晴の部屋に蹲るようにしてそっと夜が明けるのを待っていると、たいてい日が昇る前からお寺の方では弟子の人たちが起きだす。


 日が昇ってすぐ、毎日墓参りをしているらしいお年寄りの人たちがぽつぽつと墓地へ向かっていく。


 亡くなった人へおはようと声をかけ、そっと墓地を後にする人もいれば、今日することを報告する人もいる。


 ひしゃくで水をすくいながら、墓石を清掃し速やかに立ち去る人々を眺めていると、ふいに高い声が上がった。


「大変! お父さん、あっお弟子さんでもいっか、誰かー! ちょっと来てー!」


 私は声のした方へ駆け出す。音の響くことのない石畳を進んでいけば、縁川天晴のお母さんの姿があった。ちょうどお墓とお墓の通りをつなぐ砂利道に、おまんじゅうや線香、お花がぐちゃぐちゃにされてつぶれている。


 被害は通路だけで、まるで通路にお墓があって、荒らされた墓だけが逃げ出したかのような荒らされ具合だ。


 お弟子さんたちが お母さんの声でわらわらと集まって、黙々と清掃していく。やがてそのうちの一人が口を開いた。


「そういえば昨晩、なんとも不思議な人影を見ました」


 不審人物と捉えていい物言いに、お母さんは怯えた顔をする。


「えぇっ!? やあねえ、大きかった? 熊じゃない? 熊だったらどうしよう!」


 熊も怖いけど、人の方が確率的に高い気がする。


 お弟子さんは首を横に振った。


「いえ、小柄でした。熊ではないと思います。限りなく人でした」


「人ねぇ、人ならまだいいけれど……でも怖いわね、熊だったら」


 お母さんは、熊への警戒を緩める気配がない。


 やがてお弟子さんとお母さんは清掃を終え、居住区のほうへ戻っていった。私はきれいに整えられた砂利道を見つめる。


 このお寺には遠岸楽が納骨された。ネットで見る限り、バッシングは相当激しいものだった。もしかしたら、彼を狙ったものかもしれない。


 彼のお墓は、どこにあるのだろう。あたりを見回しても数十、数百とお墓が並んで、すぐにはわからない。私はこのことを縁川天晴に報告しようと決め、その場を後にした。



●●●



「えー! こわい! 絶対熊じゃないですか!? 完全に饅頭の匂い嗅ぎ付けて人間ごと食べて走ってどっか行ったんですよ! こわい! あかりちゃん絶対外出たらだめですよ!」


 私は部屋に戻って、さっそく起きたての縁川天晴に朝のことを報告した。染めたばかりのの髪は、薄いレースカーテンを通して差し込む朝日に反射してきらきら輝いている。


「熊……じゃないと思うんだよね。状況的に」


「どういうことですか?」


 縁川天晴は、朝に強いらしい。起きてすぐ目を爛々とさせ、パジャマ姿でベッドを整えている。


「嫌がらせの可能性も、あるんじゃないかって」


 私の想像に、ぴくりと彼が反応を示した。


「もしかして……あかりちゃんを現在独り占めしている俺に、嫌がらせを……」


「違う」


 まだ三日しか一緒にいないけれど、縁川家の血の濃さを強く感じている。なんていうか、もしもの予測が比較的突拍子もなくて、それはそれで害はあれど平和的に感じるところが。


「私とか、貴方じゃなくて。昨日の人への」


 墓を突き止めてまで、嫌がらせする人の気持ちはわからない。


 けれどあのネットのバッシングはひどいものだった。そして死んでなお嫌がらせをするのであれば、もはや終わりも救いもない。


 もしかしたら自分の墓も同じようにされて、死んでなお他人に迷惑をかけ続けるのかと思うと苦しい。


「……思ったんだけど、私お墓で見張って、調べてみようと思うんだよね、夜。暇だし」


 私には眠りが必要ないし、傷付けられる身体もない。失うものはもうない。暑さは感じるといえど部屋にいても外にいても、変わらない。


「駄目ですよ! 危ないですよ!」


 なのに、縁川天晴は真っ青な顔で首を横に振った。


「駄目です! 絶対駄目! 昨日怖い目にあったばかりですよ? あの白い服の女だっていつ襲い掛かってくるか分からないんです。あの女のせいかもしれないしやっぱり熊が──」


 縁川天晴は、私を止めるように腕を掴みながら、ハッとした顔をした。


「そういえば、あの人塩を掴めてましたよね……? それで僕らを助けた……」


「あ……」


 遠岸楽は、塩を掴めて投げることが出来た。


 つまり物理的な行動を起こせるということだ。


 昨日みたいに、何かと戦った形跡かもしれない。、


「僕、さっそくあいつのこと探してきます! あいつじゃなかったら熊かもしれないので! 猟師さん呼んでこなきゃですし!」


 縁川天晴は、パジャマ姿のまま部屋を飛び出していった。追いかけようとすれば、目の前にものすごい形相をした遠岸楽がいた。


 驚きのあまり、声が出ない。思わず尻餅をつけば、遠岸楽は一歩一歩じりじりと近づいてくる。


「……とか」


「え?」


 地を這うような声はかすれ気味で聞こえない。


 聞き返すと彼は咳ばらいをして、「寺が荒らされたって本当か?」と、私を睨み付けてくる。


「お、お饅頭とか花が通路でぐちゃぐちゃになってて……熊かもしれないけど……」


 遠岸楽の様子を見るに、彼がなにかと戦った形跡という線は消えた。だからこそ、本人に、墓荒らしの可能性があるとは言えない。ごまかすと彼は視線をそらした。


「間違いなく俺に向けてだろ」


 遠岸楽は舌打ちをして、頭をがりがりとかく。


「見張りは俺がするから」


 思ってもない言葉に、私は目を見開いた。


「な、なんで」


「悪くねえから」


 その声色は、心からの後悔を帯びているように聞こえた。


「俺は悪いけど、俺の骨を受け入れた寺は悪くねえ。馬鹿捕まえて殺す……っとその前に」


 どん、と足音でも響きそうなほど、力強く遠岸楽は私に向けて一歩踏み出す。


「俺の事件の被害者について、知ってること全部教えろ」


「……あの、よく知らないので、ネットで調べることをおすすめします」


 全部教えろというけれど、私はよく知らない。問われてもニュースで報じられた被害状況しか知らない。私は知り合いじゃないし、本人だってよくわかっているはずなのに。


「無理だった。スマホにもパソコンにも触れねえ」


「え……電子機器が駄目なんですか?」


 遠岸楽は、塩を掴めていた。物質の重さ的には比較にならないほど塩のほうが軽い。なのに触れないなんて。


「塩は、バケモンがいるって……何とかしねえとって、掴めた。他は全部無理。あいつのスマホのパスワードは見たし、こりゃいけるなと思ったけど、普通に透けた」


 知らない間に、そんなことを……。


「それより被害者について教えろよ」


 遠岸楽は、何度目か分からない質問をしてくる。


「知ってることも何も、ニュース以外の情報は知りません。本当……知らないんです」


「俺の担当弁護士は? 名前も顔も知らないか?」


「全然知らないです。もしかして、事件の記憶がないんですか……?」


 わざわざ自分の殺した被害者について問いかける姿勢に、ただただ猟奇性を感じていた。けれど自分の担当弁護士についてまで聞いてくるのは、もしかしたら記憶を失っているからじゃないだろうか。


「全部あるよ。お前ネット見ないほう?」


 なら何故わざわざ聞く……?


 戸惑いながらも、私は目先の質問に答えることにした。。


「仕事で使ってたので……話題のニュースもネットの情勢も、見るほうだと……」


 エゴサーチはなるべくするようにしていた。ファンの人の意見を取り入れて、次に生かしたかった。ほかにも最近話題になってることは調べたし、自分の発信することが今起きているなにかに接触してしまわないように、予防の意味も込めてネットを見ていた。


「でも隅々まで事件について調べたわけじゃなく、本当にさっと浅く……その、貴方が暴れた時は必ずニュースになってたので……」


「そっか。ならいーや」


 遠岸楽はそっぽを向いた。態度のわりに声色は満足そうで、疑問が浮かぶ。


 どうして、被害者や自分の担当弁護士がネットに出ていないかを気にするんだろう。どうしてそんなことを聞くのか。


 訊ねようとした私の気配を察知したのか、遠岸楽が振り返る。


「お前、なんで死んだんだよ」


「え」


「あいつ変なこと言ってただろ。まだ生きてるとか。どんな死に方すればそうなるわけ?」


「自殺」


 私の即答に、遠岸楽が戸惑ったり狼狽えることはなかった。「なんで」と、ただ短く返すだけだ。


「炎上した。これ以上燃えて、事務所の人やほかの人に迷惑かけられなかった」


「大変だなぁ芸能人も、てっきりニコニコ楽しくやってバカみたいに儲けられるもんだとばっかり思ってたわ」


 バカみたいに儲けられるは、否定する。でもニコニコ楽しくやっては、そう見られるようにこちらがしていることだ。ファンに心配させるなんてもってのほか。ファンに悲しい思いをさせるくらいなら、跡形もなく記憶から消えるほうがいい。 


「死刑みてえだな」


 遠岸楽は、どこまでも広がる入道雲を見つめている。 


「なぜ」


「死ななきゃ許されねえみたいな世界なんだろ? 人殺したわけでもねえのに」


 たしかに、そうかもしれない。でも、私は違う。


 もう、燃えた時点で私は死んだに等しい。


 自分が生きていたつもりになっていただけで。


「まぁ、いい選択なんじゃねえの?」


 遠岸楽は身体を伸ばし、あくび交じりに空を見上げる。


「そうかな」


「間に合ったわけだろ? 周りの奴らやほかのやつらに何かする前に、早くて何よりって感じだろ」


 間に合った。果たして間に合ったのだろうか。まだ身体は、あの病院にある。こういった墓所に埋葬されてるわけじゃない。


 遠岸楽は、「ほかの奴ら」と言う時、だれかを想像しているみたいだった。私はもう一度自分の中の記憶を探って、何か伝えられることはないか絞り出す。


「弁護士さん、同情されてましたよ」


「なんて」


 窺う視線に、一瞬、相手の機嫌を損ねたらどうしようかと不安になった。


「せっかくたくさん勉強して弁護士になれたのに、よりにもよって殺人鬼の弁護させられるなんて可哀想、とか」


 どうして、話そうと思ったかいまいちわからない。


 でもこの答えこそ、彼が求めているものに思えた。


「だろうなぁ。俺の担当になるやつがいないから、国であみだくじしたわけだし」


 遠岸楽は、口角を上げる。映画や小説で笑って人を殺す殺人鬼が出てくるけれど、そういった異端の笑みではない。マラソンでゴールした人が浮かべるみたいな笑顔で、どうしていいか分からなくなる。


「本当に……人、殺したんですか?」


 私はおそるおそる問いかけた。彼は、怯えた顔でこちらを見る。


「はぁ……?」


「私たちのことを……助けたり、お寺の見張りをしようとしたり……人を殺したようには思えないので」


 ニュースで見ていた彼の人物像と、今の遠岸楽はかけ離れている。記憶が失われ暴力や狂気の衝動がなりを潜めているなら、まだ理解できる。でも、そうじゃない。


「下らねえこと聞いてんじゃねえ、殺すぞ」


 柔らかだった声色が一瞬にして凍てついた。


 視線は鋭いものへと変わり、先ほどの質問が彼にとって何らかの作用があったのだと理解する。


「いいか、俺がお前たちのことを助けたのは、お前らに利用価値があったからだ。事件のことを聞くためにな。寺の見張りは、馬鹿痛めつけられる格好のチャンスだからだ。舐めた口聞いてたら幽霊だろうが容赦しねえぞ」


 遠岸楽は、そう言い残すと窓へ向かってふっと消えた。


 脅迫を受けた。


 でも、恐怖より違和感の方が勝っている。


 遠岸楽は一体、なんなのか。疑問が拭えないまま、私はハッとして縁川天晴の後を追ったのだった。


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― 新着の感想 ―
でっかいわんこみたいな子が好きなので天晴くんの行動ににこにこしてしまいます。可愛い〜!! ほんとに、火の無い所に煙は立たないって言うけれど、めちゃくちゃ立ちますよね。わかります。 みんな実際のことより…
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