おつかれの夜の、甘い誘惑
火曜の夜、家に帰ってきて、
パン屋の紙袋をテーブルに置いた瞬間、
ふわっと甘い匂いが漏れ出した。
「……明日の朝に食べるんだからね」
そう言い聞かせながら、
コートを脱いで、
お風呂に入って、
髪を乾かして、
いつもの夜のルーティンをこなす。
でも、
部屋のどこかに漂うあの香りが、
ずっと私を呼んでいた。
紙袋の中には、
具だくさんのフォカッチャと、
カスタードいちごデニッシュ。
どっちも“今日を頑張った自分へのご褒美”
みたいな顔をしている。
「……ちょっとだけ見るだけ」
そう言いながら紙袋を開けた瞬間、
甘い香りがふわっと広がって、
もうダメだった。
まず目に入ったのは、
いちごデニッシュ。
カスタードがとろっとしていて、
いちごの赤が夜の部屋でやけに鮮やかに見える。
「これは……無理だよね」
気づいたら、
フォークを取りに行っていた。
ひと口食べる。
——サクッ、とろっ。
生地の層が軽くて、
カスタードが甘くて、
いちごが少し酸っぱくて、
全部がちょうどいい。
「……あぁ、幸せ」
明日の朝の楽しみが減ったはずなのに、
後悔はまったくなかった。
気づけば、
フォカッチャにも手が伸びていた。
ベーコンと玉ねぎとオリーブがぎっしりで、
温めると香りが一気に広がる。
夜なのに、
食欲がまた目を覚ます。
ひと口かじると、
具材の旨みがじゅわっと広がって、
パンのもちっとした食感が追いかけてくる。
「……これも正解」
結局、
明日の朝のパンは全部なくなってしまった。
でも、
紙袋が空になったテーブルを見ながら、
なんだか満たされた気持ちで
ゆっくり深呼吸した。
「まあ、水曜の朝はまた考えよう」
そんなふうに思える夜だった。




